「おい!これはどういう事だよ!」

  マッドの叫びは至極真っ当だった。しかし眼の前で葉巻を燻らしている男は、何処吹く風で顔を
 真っ赤にして叫ぶマッドを眺めている。
  その小憎らしい顔を張り倒して――平手ではなくできたら拳で――やりたいが、残念ながら、今
 の状況ではそれは叶わない。だから歯を食いしばってぎりぎりと睨みつけてやるのだが、赤い顔で
 はあんまり効果がない事はマッドも承知している。

  しかし今の状態を赤面せずにいられる奴がいるとしたら、それはただの変態だと思う。




  Love and Chain





  やっぱりあの台詞が原因か、とマッドは思う。

  マッドとサンダウンがこうして肌を合わせるようになって、随分と時間が経つ。
  最初は苦痛を感じる事が多かった行為は、サンダウンの尽力のおかげか――そんな尽力はマッド
 としては非常にいらないのだが――徹底的に慣らされて、今は蕩けるような快感が大部分を占める。
  マッドに快感を与える為、サンダウンは色んな事をした。
  あまりにも丁寧で優しく、マッドが嫌がるくらいに執拗に――本当に嫌なのだ本当に――身体を
 解した男の努力は、しかし努力したと言うよりも寧ろ嬉々としてやったので、マッドにしてみれば
 単に好き勝手されただけと言える。

  まあ、とりあえず、サンダウンのそのしつこい愛撫のおかげで、マッドは夜毎快感に身を捩るわ
 けだがしかし。
  サンダウンは、さっきも言ったように、しつこい。本当に、うっとうしいくらいに丁寧で、マッ
 ドが痛みを感じる事を良しとせずに、兎に角快感だけを与える為に、ねちっこいくらいに愛撫を続
 ける。
  それは勿論マッドの身体を思い遣ってのことなのだろうし――サンダウンの趣味も混じっている
 のかもしれないが6割くらいはマッドの事を考えているのだと思いたい――マッドもまあ問題ない
 わけなので別にいいのだがしかし。

 「賞金首と賞金稼ぎがそれってどうなんだ。」

  今更だと思うが、マッドはそう思ったわけである。
  自分達の関係は、何をさておき賞金首と賞金稼ぎの命の綱渡りをするような関係であるはずだ。
 しかし情事に雪崩れ込む自分達を鑑みれば、自分はサンダウンに有り得ないくらい丁寧に扱って貰
 っているわけで。
  あれー?と思うわけだ。
  
  一般的に賞金首と賞金稼ぎの情事と言えば、一方的な搾取だ。返り討ちにあって、結果、その身
 体を弄ばれるというのが、普通だ。
  勿論マッドはそんなのはごめんだ。
  しかし、かといって、緊張感の欠片もない自分達の情事もどうかと思う。
  というかサンダウンの愛撫に毎度毎度流される自分は賞金稼ぎとしてどうなのか。
  そんな事をもちゃもちゃと考えていたわけだがつまり、

 「もうちょっと、賞金首と賞金稼ぎとしての関係を見つめ直してみねぇか?俺らの関係はこんな甘
  ったるいもんじゃねぇだろ?」

  と、事に入る前にそう言った。
  別に、正直なところ、もちゃもちゃと考えた割にはそこまで深い意味で言ったわけではない。
  けれど、どうやら眼の前で自分を見る男にしては、結構重要なポイントだったらしい。なんだか
 虚を突かれたような表情をされた。
  その表情を見て、ああもしかして何か勘違いしたんじゃねぇだろうか、と思った。
  何せ、このおっさん、長年の孤独な放浪生活によって心が荒みきったのか、言葉を素直に受け止
 めずに曲解するきらいがある。
  マッドの台詞を聞いて、この関係を終わらせよう、と言われたと深読みした可能性がある。
  その事に思い至ったマッドが慌てて、そうじゃねぇと言葉を付け足そうとした時、サンダウンが
 口を開いた。

 「なるほど、つまり緊張感を孕んだほうが良い、と。」

  サンダウンの台詞に、マッドは何だか悪寒が走った。
  マッドは確かにそういう意図で言ったのだが、何故か、サンダウンの口から改めてそう言われる
 と、何かが間違っているような気がする。
  そしてその間違いは、次の瞬間、他ならぬサンダウンの手によって思い知らされた。

  その日、マッドがタイではなくスカーフをしていた事も災いしたのかもしれない。
  サンダウンはマッドの首に巻かれた赤いスカーフをあっと言う間に解くと、マッドの身体を押し
 倒し、呆気に取られて抵抗する事も忘れたマッドの両腕をスカーフで縛り上げた。
  この間、時間にして一分も掛かっていないだろう。
  はっと我に返ったマッドが、己の状況に怒鳴った時には時既に遅し。
  サンダウンは嬉々として――それはもう実に楽しそうに――マッドのシャツを肌蹴させていた。

 「おい、このエロ親父!解けよ!」

  下着を取り払われ、流石に羞恥を極めたマッドは顔を赤くしてそう叫んだが、何が楽しいのかサ
 ンダウンは、逃げる事も身体を隠す事も出来ないマッドの様子を満足そうに見やっている。
  葉巻に火を点けたところを見ると、どうやらしばらくの間、今のマッドの状態を眺めて楽しむつ
 もりらしい。
  身を捩って、なんとか縛ってある両腕を解こうとしたり、身体を隠そうとするも、どうやらそれ
 はサンダウンを喜ばせるだけのようだ。
  それどころかサンダウンは

 「望んだのは、お前だろう?」

  そんな事を嘯くおっさんに、マッドは本気で思った。

  ―――この、変態!

  だが、あまりの衝撃もあってか、マッドは口を開閉させるだけに留まる。
  というか、何故あの台詞から此処までの行動に繋げる事ができるのか、マッドには理解しかねる。
  いや、それどころか再びサンダウンの手は不埒に動き始めて、閉じようとしていたマッドの脚を
 広げようとしている。

 「ぎゃー!何しやがるんだ、この変態!」

  羞恥を通り越して、頭の中は極度の混乱で真っ白になる。
  何も考えられない身体は、理性を越えて激しい抵抗を生み出した。
  じたばたと暴れて、それさえもサンダウンは楽しんでいたわけだが、しかし本気の抵抗は心の中
 で大いににやけていたサンダウンの隙を突き、その顔面を蹴り飛ばす事に成功した。
  サンダウンが、豪快にすっ飛んでいく。




 「乱暴な方が良いとお前が言うから。」
 「言ってねぇ!俺は見直そうって言っただけで乱暴にしろなんて言ってねぇ!大体あんたのさっき
  のあれは乱暴って言うよりもただの羞恥プレイ!腕縛って服脱がせてそれを眺めるなんて変態の
  やる事だ!」
 「………つまり腕だけでなくもっと縛ってさっさとやってしまえば良かったと。」
 「違う!ってか嬉しそうに言うな!」

  自分を抱きかかえてまだ何事が言っているサンダウンに、マッドは二度とおかしな事は言うまい
 と誓った。