人間は心細い見知らぬ土地に放り出されれば、例えがどれほど嫌いな相手でも、その時隣にいれ
 ば安心するものなのだろう。
  サクセズ・タウンに一人置いて行かれたサンダウンが、逢いに来ないマッドに口を尖らせるも、
 きっとそれに類する意識が働いているからだろうし、且つサンダウンの中身が十九歳の子供だから
 余計にそれに拍車をかけるのだろう。
  マッドの知るサンダウンならば、一人である事に心細さは感じないだろうし、感じたとしても制
 御する事に長けているはずだ。
  しかし、マッドよりも幼い時分にまで逆行したサンダウンは、いつの間にか当初の不信の眼を掻
 き消して、マッドに向けて駄々を捏ねてマッドを困惑させている。

  マッドが知らぬうちに不信の色を掻き消したのはいい。けれど、マッドが逢いにくるのを待ち侘
 びて、痺れを切らした時には荒野を捜索し始めた男に、マッドは、自分は変な刷り込みをしてしま
 ったのだろうかと頭を抱えた。




 11.Pray





  刷り込みの一種なのだ、これは。

  夜中にこっそりと訪れたはずのサクセズ・タウンで、何故かマッドは到着した途端サンダウンに
 捕まった。一体何処から見てたんだと思っている内に、あっさりと手を取られて宿の一室に放り込
 まれて、マッドは何だこの状態はと一人突っ込む。

 「俺は賞金稼ぎだぜ?一緒の部屋なんかにいて良いのかよ。」
 「今更それを言うのか。」

  この町に来るまでの道中一緒だった癖に、と言われてしまえばマッドには返す言葉がない。サク
 セズ・タウンにいる間に、この町の住人がどう考えてもサンダウンを捕える事が出来るような人間
 達でないという事を思い知ったサンダウンの中で、マッドへの不信がひっくり返るのはそう時間は
 掛からなかったようだ。
  敵同士だった人間が、心を寄せ合った時、長年の友情を遥かに超える友になるというのは古今東
 西良く聞く話だ。まして一人きり見知らぬ土地に放り出されたのなら、一番最初に手を差し伸べた
 人間に縋りたくなるのも当然だ。
  けれど、マッドの視線に気づいて時折不機嫌になる男のそれを見て、何かを間違えたと思わずに
 はいられない。

  サンダウンの不機嫌の理由が、サンダウンの知らない未来の自分の姿ばかりを語られて、自分自
 身の事を見てくれない事だと知れた時は、その内容に納得もした。確かに、今のお前はこうなのに、
 と言われても十九歳の時までの記憶しかないサンダウンにとっては『今』は十九歳の時の事なのだし、
 知りもしない時間の事を口にされても不愉快になるだけだろう。
  それについては悪いと思ったし、謝った。

  しかし、それでもサンダウンの不機嫌具合は治らない。それどころか、マッドにべったりとひっ
 つく時間が多くなったような気がする。そしてそれについてマッドが何かを言えば、更に不機嫌に
 なるという悪循環だ。
  何だか、以前と立場が逆転してしまったような現状に、本来ならば追いかける側のマッドは酷い
 疲れを感じる。追われる事に慣れていないマッドは、サンダウンにこうして求められると、どうし
 て良いのか分からない。
  それに、マッドとしては困るのだ。サンダウンが独占欲の塊のようにマッドに触れたがるのは、
 例え刷り込みだとしても、今後――記憶が戻った後の事を考えれば、決して望ましい事ではないだ
 ろう。それが、サンダウンがマッドに向ける銃の狙点を鈍らせるのならば、尚更。
  しかし同時に、寂しいのだと子供じみた口調で告げられたら、手を振り解けない。無駄に面倒見
 の良い自分の性格が、この時ばかりは嫌になる。

 「マッド。」

  マッドといると落ち着くのだと言って――且つこうしていると記憶が戻りそうだと性質の悪い台
 詞を吐く男は、マッドを腕に抱きこんでいる最中、急に不機嫌な声でマッドの名を呼んだ。

 「何を、考えている………。」

  氷点下の声で、暗に自分以外の事を考えているなと告げた男は――当り前だお前の事ばかり考え
 ていられるか――ぎゅうっとマッドにしがみ付くと、そのままベッドに押し倒すと言う暴挙に出た。
  あらぬ嫉妬をして恋人を困らせるといった状況と大差ない事態に、意外と情熱的だなと頭の片隅
 でどうでも良い事を考えながら、それでもこの現状は宜しくないと思い怒鳴る。

 「馬鹿、止めろ!」
 「黙れ、どうせまた記憶が戻った後の事を理由にして逃げるつもりだろう。」

  苛々とマッドを見るサンダウンに、子供の我儘を垣間見たような気がして、マッドは溜め息を吐
 いた。
  サンダウンが、記憶が戻る戻らないという話を聞いて不機嫌になる理由は承知したし、承知した
 以上マッドも出来る限り触れないようにしているつもりだ。しかし、マッドとしてはやはり記憶が
 戻った後の事も考えねばならないわけで。
  そんなマッドにサンダウンは苛立ちを隠しきれない。

 「何故だ。」
 「いや、何故って言われても。そもそも俺にとっちゃ、お前らを区別する事自体が無理だし。お前
  の延長線上にあいつがいるんであって、切り離して考えろって言われても。」

  というか何が『何故』なのか会話の流れからして理解できなかったんだが。
  それに、いつまでしがみついているつもりだ。マッドはもぞもぞと動いてベッドとサンダウンの
 隙間から抜け出そうと試みるが、それはサンダウンの腕によって呆気なく阻まれた。

 「俺と切り離す事ができないのならそれでいいだろう。」

  阻む腕と一緒に落とされた言葉に、マッドが眉を寄せていると、サンダウンは立て続けに言う。

 「どうせ俺がしている事だ。ならば記憶が戻った後も同じ事だ。どちらも俺なんだから。」
 「いやその論理はおかしいだろうがよ。」
 「どこがだ。」
 「どこがって何もかもがだ!」

  知らない間に自分がしていた事を、あっさりと受け入れられる人間などいないだろう。それがま
 だ自分の意に沿った事であるならば兎も角、今のサンダウンのように、どう考えても普段はしない
 ような事をマッドにしている場合は、後悔してマッドに対して気まずい思いをするのがオチだ。仮
 に平然と受け入れたとしても、その後には結局何も残らないし、その可能性は限りなく低い。

 「マッド。」

  サンダウンが、名前を呼んだ後、妙に逡巡したように口籠った。その様子に、何だよ、と問い掛
 けると青い双眸が曇っている。

 「俺の記憶が戻った時、こうしてお前に触れた事を後悔すると、本気で思っているのか?」
 「当たり前だ。記憶が戻るかもしれねぇって、てめぇが言うから傍にいる事は許してやってるけど、
  しがみついたり抱きついたりした事も含めて絶対に後悔するだろうよ。」
 「…………それなら、お前は?」
 「は?」

  質問の意味が分からず、マッドは思わず聞き返した。

 「お前は、俺が傍にいるのは、嫌か?」

  ゆっくりともう一度問われて、マッドはようやく意味に気付き、しかし言葉を失った。
  そもそもサンダウンがこんなに近くに来る事は今までなかった。追いかけて、逃げられるのが当
 たり前で、一緒の時間を持った事はほとんどない。だから、傍にいる事が嫌だとかそんなふうに感
 じるまでの事がないというのが本心だ。
  ただ思うのは、サンダウンの記憶が戻った時の事ばかりだ。

  だって、記憶が戻った時に、その表情がマッドを見て凍りついたら。或いは平然としてマッドを
 置き去りにしたら、その時は。

  そこまで思考を巡らせて、マッドは息を呑んだ。
  つまり、自分が、恐れているのは。

  固まっていると、大きなかさついた手が頬に触れた。そして逃げるよりも先にサンダウンが口を
 開く。

 「そんな顔をするな…………。」
 「は?そんな顔ってどんな顔だよ。」

  表情を曇らせているのはそっちの癖に。
  息を呑みこんだ後の硬い声でそう告げると、サンダウンの表情は更に翳った。

 「………お前に触れた事を後悔するような男など、放っておけ。」

  曇った顔で言われた言葉に、マッドは先程自分が思い至った思考を忘れて呆気にとられる。
  ってか、その男って、あんたの事なんですけど。
  が、そんなマッドの咄嗟の思いは言葉にされる事はなく、しかもサンダウンに抱き締められた所
 為で、その他諸々の言葉も何処かに吹き飛んだ。出てくるのは、ひ、とか、う、とか、そこからど
 う話を進めて良いのか分からない声ばかりだ。
  そしてサンダウンはそれを意に介さず、苦々しげに吐き捨てる。

 「俺では、役不足、だと?」

  本当に?

 「少なくとも俺は、お前に追われて、逃げる事しか出来ない男とは違う。」

  囁かれる言葉に、マッドの奥で警鐘がなった。
  これはもう、刷り込みの限度を越えている、と。これ以上何かをすれば、今まで作り上げてきた
 関係が壊れてしまいそうだ。何よりも、マッドが。
  けれど、サンダウンは恐れを知らぬ子供そのままで、あっさりとマッドの警鐘を無視した。

 「…………マッド、嫌か?」

  俺では。