サンダウンは、マッドが用意したミートパイと人参のグラッセを、もぎゅもぎゅと食べていた。
 照りつける日差しは八月もそろそろ終わろうかと言うのに、いまだに弱まる気配はなく、そんな中
 荒野を馬に乗って駆け巡るなど自殺行為だと思ったサンダウンは、死に場所を探しているという自
 分の肩書きを捨てて、こうしてお気に入りの小屋で寛いでいる。
  その小屋を寛げるような状態にしたのがマッドであるだとか、目の前にある料理も全部マッドが
 作ったものだとか、その辺の事はすっぽりとサンダウンの中からは抜け落ちている。
  もさもさの毛深いおっさんである為、毎年この時期になると夏バテを起こしているのだが、今年
 はマッドの献身――というか傍目から見たらサンダウンがたかっている――により、夏バテも起こ
 さず、涼しい小屋の中で優雅にゼリーなんぞを食べている。
  食欲不振の欠片もみせずに、もぎゅもぎゅと晩御飯を食べ終わったサンダウンは、デザートのミ
 ルクゼリーに手を伸ばして、む、と顔を顰めた。
  別に、自分の今の状況が、賞金首として――というか、大の大人として――おかしい事に気づい
 たわけではない。
  対面に座って、同じように食事を取っているマッドの皿から、一向に料理が減っていない事に気
 づいたのだ。

   


  Vichyssoise




  少し手を付けただけで、ミートパイも人参のグラッセも、まるで減っていない。
  マッドもそれ以上食べるつもりはないのか、ナイフとフォークを置いて、冷やした紅茶ばかりを
 飲んでいる。
  それに対して、食べないのか、とサンダウンが問いかけると、マッドは物憂げな眼でサンダウン
 をて、いらねぇ、と答えた。

 「欲しけりゃやるよ。」

  面倒くさそうに告げたマッドの言葉を有難く受け止め、サンダウンはマッドの皿に手を伸ばす。
 そして、本日三つ目のミートパイを口にする事になったのである。なお、サンダウンは実はもう一
 切れある事を知っていたが、それは明日の朝に取っておこうと考えている。
  とにかく、マッドの分のミートパイとグラッセを、もぎゅもぎゅと食べる事が出来たサンダウン
 は、自分が意地汚いとかそんな事は全く思っておらず、むしろマッドが食事にほとんど手を付けて
 いない事を心配に思っている。
  マッドの分を食べ終わってからでは、全く以て説得力はないが。
  しかし、思い返せば朝ご飯も食べていなかった。パンケーキが積み重ねられており、勝手に自分
 で取っていく形式だったからその時は気づかなかったが。そうか、あれは全部自分一人で食べてし
 まったのか。どおりで昼はあまりお腹が空いていなかったはずだ。
  今日の朝、一人で十枚のパンケーキを平らげたおっさんは、勝手に納得した。そして、マッドが
 ミルクゼリーはちゃんと食べた事に気づいて、少しだけ残念に思った。
  とは言え、マッドの食欲があまりない事に変わりはない。
  何処か面倒くさそうにソファに座って、ぱらぱらと本を捲っているマッドに、サンダウンは視線
 を動かして、うぞうぞと擦り寄った。その瞬間、マッドが更にうざそうな表情をした事に、サンダ
 ウンは気づいていない。気づいたとしても無視する。
  もさもさのむさ苦しいおっさんに擦り寄られたマッドは、既に自分が賞金首である事を忘れてい
 るらしいサンダウンを睨み付けた。
  が、お腹いっぱいで満足しているサンダウンには、効果がない。大体、サンダウンをお腹いっぱ
 いにしたのはマッドの手料理なのだから、今更睨み付けても効果などあるわけもない。せいぜい、
 何をすねているんだ愛い奴め、くらいの感想しか、サンダウンは持たない。

 「食事を残していたな……食欲がないのか?」
 「その残り物を平然と平らげて言う台詞かよ、それが。」

  当然の事ながら、マッドは今更何言ってんだこいつ、と言わんばかりの表情でサンダウンを見た。
 が、サンダウンには効果がない。

 「ソファでゴロゴロして、夏バテか?」
 「だったら、いっつもソファでゴロゴロしてるてめぇは一体なんなんだよ。大体、てめぇは毎年毎
  年夏バテ起こしてんだろうが。」
 「今年は起こしてない。」

  偉そうに言う賞金首に、賞金稼ぎは苛っとした。
  喉元まで、誰のおかげで今年の夏は快適に過ごせてると思ってやがるんだ、と思う。サンダウン
 の為に果物やらゼリーやらを買ってきては、食べやすいように調理している自分のおかげではない
 のか違うのか。
  賞金稼ぎが、賞金首の為にやる事ではないという事実は、この際置いておくとして。

 「そうか、夏バテか……。」
 「なんで、俺が夏バテしてるって話になってんだよ、てめぇの頭の中で。」
 「……違うのか?」

  しかし食欲がないだけのようだし、と首を傾げたサンダウンは、はっと思いつく。

 「つまり、妊娠……。」
 「違う!夏バテだ!」

  悪気はないのだろうし根は真面目なのだろうが、何故か話をおかしな方向に持っていく傾向にあ
 る賞金首の暴走を止める為、マッドはとりあえず夏バテである事を認めた。

 「そうか……夏バテか……。」

  毎年夏バテを起こしているが、今年は起こしていない賞金首は、何故か何処となく嬉しそうに呟
 く。いつもきちっとしているマッドが、決闘だのなんだの賞金稼ぎとしての本業以外でサンダウン 
 の手を煩わせるような事態になったのが、サンダウンとしては面白いのかもしれない。
  要するに、いつも一般生活において口うるさいマッドが、夏バテを起こしてべったりしている事
 に、優越感を抱いているのだ。
  自分は、普段からべったりしている癖に。
  しかし、どれだけ優越感を感じようが、サンダウンは根は真面目な人間である。稀におかしな方
 向に突き進む事はあっても、それは悪意からではない。なので、マッドが食欲がない事について、
 夏バテと原因が分かったが、心配は心配なのである。

 「……だが、何か少しでも食べた方が良い。」  

  食欲がないという気持ちは、毎年夏バテになっているサンダウンには良く分かるが、しかし食べ
 なければ身体が弱ってしまう。
  勿論、マッドは食事の量が減った程度ですぐに倒れてしまうような弱い人間ではないが、けれど
 も食べない分何処かに負担がかかっているはずだ。

 「うるせぇなぁ。そんな事くらい分かってるに決まってんだろうが。毎年、夏バテのあんたの面倒
  誰が見てると思ってんだ。」

  それはそうだ。
  しかし、それならば夏バテの克服法くらい分かっているはずだろう。サンダウンに夏バテになっ
 ても食べれるような物を食べさせていたのだから、それをマッドも食べれば良いのだ。

 「あのなあ……もう作るだけでいっぱいいっぱいなんだよ。これ以上動きたくないっつーか。そりゃ
  あ、てめぇみたいに食うだけなら良いだろうよ。けど、俺は作るところから始めねぇといけねぇ
  んだからな。食うだけのてめぇと一緒にするんじゃねぇ。」

  そう捲し立て、ぽってりとソファに転がったマッド。
  その姿を見て、サンダウンはこのままいけば間違いなく夜の方面にも影響が出てくると感じ取。
 ったなお、夜の件に対しては、マッドの中ではサンダウンが夏バテであったら良いと思っている。
  しかし、腹の底からマッドは自分のライバルであり、相棒であり、恋人、もとい嫁であると思っ
 ているサンダウンは、その件に関しては譲るつもりはない。なので、夏バテで夜の営みが減るのは、
 好ましくない。自分が夏バテの時でさえ悔しい思いをしたのだから。
  なので、サンダウンとしてはマッドに何か食わせねば、と思うのだ。念の為に言っておくが、こ
 れは善意だ。別に、夜の営み云々をなしにしても、心配は心配なのだ。説得力はないかもしれない
 が。
  しかし、マッドにしてみれば、だったらその善意を行動で示さんかい、というところである。夜
 の営み云々の件も含め、マッドはサンダウンの態度と行動と言葉を、それほどまでに自分に旨みが
 あるものだとは信じていない。サンダウンの善意は、サンダウンが真面目な人間である事を加味す
 れば真実のものかもしれないが、如何せん、それに行動が伴わないのがサンダウンという男なのだ。
  とりあえず、色々と自分で思いつめた挙句、明後日の方向に飛んでいく傾向の多いおっさんが、
 マッドを涼ませる為に、氷風呂に入って冷やした身体を全裸で押し付けてくる前に、マッドは自分
 からサンダウンに要求をする事にした。

 「とりあえず、今日はてめぇが飯作れよ。あと、出来れば掃除も。ってか家事全般。」

  主婦の休日を地で行くマッドの台詞に、しかしマッドを妻だと思っているサンダウンは何の疑い
 も持たずに頷いた。
  しかし、むさ苦しいおっさんは、別に料理が出来ないわけではないけれども、得意と言うわけで
 もない。夏バテを起こしているマッドの為に、一体どのような食事を作れば良いのか。サンダウン
 に夏バテ専用料理のスキルは搭載されていない。
  思いつつも、夏バテのマッドを放置しておくわけにもいかず、サンダウンはごそごそと食糧庫を
 漁る。すると出てきたのはジャガイモだった。後は牛乳。
  この二つで、一体何を作れと言うのか。
  それ以外の材料についても、ごそごそと探してみたのだが、生憎とサンダウンに扱えそうな物は
 なかった。サンダウンは、ズッキーニの調理方法など知らない。
  仕方なく、ジャガイモを剥いて茹でる事にする。
  せっせとジャガイモを剥いているサンダウンを見ながら、マッドがジャガイモとサンダウンの茶
 色の所為で、そこだけ茶色の世界だな、と思っているのは別の話である。

 「つーか、あんた一体何作る気だ?」
 「……イモのスープ。」
 「……夏バテに効果あんのか、それ。」

  マッドは、なんとなくだが、非常に胃に溜まりそうな物を想像してしまった。しかも、材料とし
 ては間違っていないのだが、またサンダウンの傍に牛乳が置いてある。
  しかし、サンダウンは堂々と言い放つ。

 「私に、これ以上の事は出来ない。」
 「なあ、料理作ろうとすんのは良いんだけどよ、一言だけ役立たずって言っていいか、なあ。」

    別に、冷たいトマトとバジルのスープや、ローストビーフを期待したわけではないが、イモを浮  かべただけのスープでドヤ顔はされたくない。

   「せめて、イモはすり潰せ!そんでもって、牛乳に混ぜろ。最後に冷やせ!」
 「む………。」

  せっかく人が料理を作っているのに口出しをし始めた賞金稼ぎに、賞金首はむっとする。意地で
 もイモは固形のまま維持してやろうという考えが頭を擡げ始めたサンダウンからは、徐々にマッド
 の為にという部分が消え始めている。
  そのサンダウンの考えを読んだ――微妙なサンダウンの表情が読めるのは世界広かれどマッドだ
 けである――マッドは、無表情のふりをしているサンダウンに怒鳴る。

 「てめぇは一体誰の為に料理を作ろうと考えやがってたんだ!他人の事を考えて作るんなら、せめ   て旨いもんを食わせてやろうと考えろよ!それが礼儀じゃねぇのか!」
 「ぬ………。」

  マッドの怒鳴り声に、サンダウンはしばらく考え込むかのように黙り込んでいた。が、やがて何
 かを思いついたかのように口を開いた。

 「つまり……お前は、私の為に料理を作っている時は、私に旨いものを食わせてやろうと考えてい
  るわけか………。」
 「………は?」

  そうかそうなのか、と妙に納得しているサンダウンの周りに、薄らとピンク色の空気が漂い始め
 ている。
  それを感じ取ったマッドは、サンダウンが、また、おかしな、しかも自分にとって都合の良い方
 向に思考を走らせ始めた事を悟った。
  恐らく、此処でマッドがお前の為じゃないとか、自分が食べるついでだ、とか言っても、照れて
 いるだけだと思われてしまうだけだろう。
  夏の暑さ以上に鬱陶しい思考回路を読み取ってしまったマッドは、これ以上何かを突っ込んでも
 意味がないどころか藪蛇であると学習している。夏バテに拍車が掛かりそうな事態を避けるべく、
 マッドはもう一度ぽってりとソファに沈み込む事にした。