俺の眼の前で、ご主人がくるりと一回転した。
  その瞬間、白い裾が翻って、ご主人が何だか妖精のように見えた。

  ご主人はいつ見てもスタイリッシュでクールな美人だ。黒のジャケットをピシッと着こなして、
 非常にカッコいい。黒い服をここまで着こなす人間を、俺は見た事がない。

  しかし本日のご主人は、いつもの黒のジャケットではなく、珍しく白くもこもことした恰好を
 している。むろん、黒ではなく白を着たからといって、ご主人の美しさが損なわれる事はない。
  ただ、美人の種類が変わるだけだ。

  本日のご主人はふわふわと綿菓子みたいで、非常に可愛らしい。




  Life of Horse 9  







    皆さん、ご無沙汰しております。
  O.ディオです。
  そろそろ食欲の秋の季節ですね。俺としては人参の収穫が非常に気になります。

  さて、季節の変わり目で、徐々に暑さも和らぎ、朝夕はめっきりと冷え込む事も多くなった今日
 この頃、ご主人は新しい服を新調しに街に出かけた。
  ご主人の服の趣味は、非常に宜しい。
  派手過ぎず、しかし地味過ぎず、シックに、上品に。
  成金貴族のように、指輪を全部の指に嵌めこんだりせずとも、見栄えの良さを見せつける事は出
 来るのだというお手本のようだ。
  いや、ほんと、どこぞの薄汚い茶色のおっさんにも、見習ってほしいくらいだ。

  そんな趣味の良いご主人は、最新の流行のチェックにも余念がない。
  それはご主人の趣味もあるんだろうし、酒場で娼婦と話す時のネタにもなる。そしてそれがもと
 で、何かの情報を入手できる可能性もある。服一つでそこまで考えているなんて、流石は俺のご主
 人だ。今度、あのヒゲの馬に逢ったら、自慢してやろう。

  俺は勝ち誇ったような気分になりながら、店の前でご主人が出てくるまで待っているのも暇なの
 で、店の扉の隙間から服を選んでいるご主人の後姿を眺める。すらりとしたご主人の姿は、どれだ
 け上品な店の中にいても様になる。
  そんなご主人が服を選んでいるのは、店にとってもプラスになるのだろう。店員達もあれこれと
 気を遣っている。

  ご主人は、色んな服を眺めながら、自分の気に入ったものを選んでいるようだ。
  ご主人の趣味は知っている。ジャケットは黒とか濃い茶色、或いは茶色に見えるくらい渋みの強
 い赤。シャツはただの白よりも縞模様、それも銀糸が織り込んであったりと只者ではないのが良い。
 そして首にはタイ。と言ってもネクタイではなくてリボンタイが好み。でなきゃスカーフ。色は、
 こちらは人目を引くくらいにきつい色――赤とかが良い。
  後、ベストなんかも偶に着る。ベストは一色よりも色んな色が混ざってるほうが好み。格子模様
 だったり、前と後ろで色が違ってたり。
  と、まあ、ご主人はお洒落だ。
  尤も、賞金稼ぎなので、ベルトとかホルスターとかは、むちゃくちゃごついけれど。ジャケット
 の中には、今も厳ついナイフが何本も引っ掛かってるだろうしな。狩りに出る前のご主人なんか、
 そのまま戦争にでも行けそうな格好してるんだぜ?俺も、鞍にナイフやら銃弾やら仕込まれるしな。
  でも、それを差し引いてもご主人は、お洒落だ。
  うむ、それだけは間違いない。

  しかしどうやったら、あの何本もあるナイフを、あたかも持っていないかのようにジャケットの
 中に仕込めるのだろう。俺の見る限り、ご主人の後姿からはナイフを持っているようには見えない。
  宇宙の神秘だ。
  ヒゲの剃り後も見当たらないほっぺたも、宇宙の神秘だ。

 「なんだ、これ?」

  宇宙の神秘を体現したご主人の声が、不意にした。見れば、ご主人はハンガーに掛かった一枚の
 布を引っ張っている。それを同じような形をして、そして色の違うものが、他にもたくさんある。
 
 「なんでこんなにポンチョがあるんだよ?」

  どうやら、ご主人は摘まんでいるのはポンチョらしい。
  しかし、それらはどう見ても俺が知るポンチョではないようだ。俺の知るポンチョは、ご主人が
 追いかけている髭面で薄汚い概ね茶色い賞金首が着ている、襤褸雑巾と紙一重の布だ。
  今、ご主人が持っているポンチョは、白い毛糸を複雑に編みこんで模様を付けていたり、黒と灰
 色の縞模様で首回りにはレースが付いていたり、ピンク色の布を薄く梳いて裾にふわふわのボンボ
 ン飾りを付けていたりと、非常に可愛らしいものだ。
  あのおっさんが着ているものとは、雲泥の差があり過ぎる。
  こんな可愛らしいものをあのヒゲが来たら、ただの変態だ、犯罪者だ。従って俺はこれらの物体
 をポンチョとは認めない。

  俺がそう勝手に決めている時、店の主人がご主人の疑問に答えた。

 「ああ、最近ポンチョが流行りなんだよ。ま、ポンチョ自体は日除けやら風除けやら、防寒に昔か
  ら使われてるんだけど、とあるデザイナーがこういう可愛いらしいデザインのポンチョを作って
  ね。それで、女子供にも人気が出るようになったんだ。」
 「ふぅん………。」

  まじまじと、手にした灰色のもふもふのポンチョ――いや、あれはポンチョではない、別の何か
 だ――をご主人は見つめる。

 「どうだい?あんたも一着買ってみたら。」
 「ああん?俺が?」
 「男でもそういうの着る奴多いんだよ。」

  なんだと!?
  男なのに、そんなポンチョにあるまじき可愛い物体を着る人間がいるだと?!
  まさか、それはあのヒゲじゃあないだろうな!
  そんな事したら、あのヒゲにそれを売った人間も犯罪者だぜ?!

 「あー、でも、これ俺には可愛すぎねぇか?」

  いや、ご主人には似合うだろうよ。あんたが着たって別に犯罪にはならねぇ。いや、別の意味で
 犯罪になるかもしれねぇけど、別に俺はかまわねぇ。
  ただ、あんた以外の西部の荒くれ者が着るのは、特にあのヒゲが着るのは、猥褻物陳列罪に値す
 る。
  だからって、俺はご主人にもそれを買う事はお勧めしないけどな!だからあんたがそれを着たら、
 別の意味で犯罪なんだって!つーか、今でもその尻とか太腿とか腰とかで、犯罪者予備軍を作って
 るのに、そんな可愛い物を着たら、余計に犯罪者を増やすだけじゃねぇか!
  主に、あのヒゲとか、ヒゲとか、ヒゲとか!

 「大丈夫。あんたには似合うよ!」
 「そうかぁ……?」
 「ああ。」

  こら、そこの店主!余計な事言うんじゃねぇ!
  
 「ま、一着くらいなら買っても良いか。」

  やーめーろー!
  ご主人、頼むから、止めて!
  あんたが、ポンチョなんか着たら!
  ポンチョなんか着た暁には!
  あのヒゲが『お揃い』とか言って、喜ぶだけだから!
  だから、止めて!

  俺は心の中で必死に叫んだ。祈った。喚いた。
  しかし、ご主人に俺の祈りは微塵も届かず、ご主人は白のふわふわの飾り付きのポンチョを一着
 買った。そして、俺の前でそれを着てみせる。
  珍しい白の服に身を包んだご主人は、それはそれは可愛らしかった。美人のご主人に、その白い
 ポンチョは非常に良く似合っていた。犯罪を誘発するんじゃないかと思うくらいに。いや、きっと、
 誘発する。幸いにしてご主人は強いから大概の犯罪は防ぐ事が出来るけれど。
  でも、しかし!
  今ここであの薄汚いポンチョ男が現れたら!


  そして、その期待を裏切らないのが、件のポンチョ男であり、ヒゲであり、薄汚れた茶色いおっ
 さんである。


  何故か、賞金稼ぎであるご主人の前に、ふっつーに、まるで狙っているんじゃないだろうかと思
 うくらい、ふっつーに現れる賞金首サンダウン・キッド。
  てめぇちょっとは逃げる素振りくらい見せんかい、オラオラ。ご主人の前にピンポイントで現れ
 るなんて、絶対にてめぇご主人の行き先知ってるだろ、知っててやってるだろ。

  俺の心の中での糾弾は、しかし悲しいかな、俺が馬故に人間には聞こえない。だから、ご主人の
 可愛らしい姿に惹かれてやってきた――としか思えない――おっさんが近付いてくる歩みを止める
 事も、ご主人がそのおっさんから逃げる事もなかった。

  現れたサンダウンは、ご主人の姿を見て、眼を瞠ったようだった。今の御主人の姿は、いつもの
 クールな美人とは違って、別の可愛らしさを醸し出してるからな。しけたおっさんには目の保養に
 なるだろうさ。
  でもこのおっさん、絶対に身の程知らずにも『お揃い』とか思ってる!絶対に思ってる!
  言っとくけどな!ご主人のポンチョとてめぇの薄汚れた襤褸雑巾を一緒だなんて思うなよ!ご主
 人のほうがプリティーなんだからな!てめぇなんかと一緒にすんじゃねぇぞ!

  俺が心の中で叫んでいる間に、サンダウンはご主人の姿についての疑問を投じた。

 「なんだ、その、格好は……。」
 「あん?最近の流行だって言うから、着てみただけだ。間違ってもてめぇの真似したわけじゃねぇ
  ぞ。」

  そうだそうだ!ご主人は流行の最先端を行ってるんだ!てめぇとは違うんだ!

  俺は必死にそう叫ぶ。馬語で。
  しかし、むろん、それはサンダウンにもご主人にも届かない。サンダウンはつかつかとご主人に
 歩み寄り、そしてあろう事かとご主人の肩を今にも抱き締めそうな勢いで掴んだ。
  ふぬぉおおお!このヒゲ!誰の許可を得てご主人に触ってんだ!お揃いだとか思って、何しても
 良いとか考えてんじゃねぇだろうな!ご主人は流行の最先端を行ってるだけで、年がら年中ポンチ
 ョ着てるてめぇみたいなポンチョ同盟とは違うんだぜ!

 「脱げ……。」
 「……は?」

  が、次の瞬間、サンダウンの口から出てきた言葉は、俺の予想からは斜め上に外れたものだった。
 俺はぽかんとし、ご主人もぽかんとしている。

 「良いから、脱げ。」
 「ちょ、おい!何すんだよ!」

  ぐいぐいとご主人のポンチョを引っ張って脱がそうとするサンダウン。何すんだ、このおっさん!
 ご主人がポンチョ着てるのが気に入らねぇってのか!何様だ!てめぇポンチョの神様にでもなった
 つもりか!

  『お揃い』とか言わなかった事は幸いだが、でもご主人からポンチョを脱がそうとするおっさん
 の行動はいただけねぇ。つーか、何がそんなに不満なんだよ。ご主人がポンチョを着る事の、何が。

 「ポンチョなんか着て、お前はせっかくの腰と尻を隠すつもりか………!」
 「…………。」

  悪びれも恥ずかしげもなく、そう、きっぱりと言い放ったサンダウンに、俺は絶句した。
  ご主人は、完全に固まっている。


  この日、ご主人のバントラインが、いつも以上の速さで、そしてあらん限りの罵詈雑言を伴って、
 サンダウンに向かって火を吹く事は、誰の眼に見ても明らかだった。