年がら年中晴天で、空気が乾いたと思われがちな西部だけど、実はそうじゃない。

  もちろん見渡す限り赤茶けた土が広がる場所もあるけれど、移動すれば森だってあるし、場所によっちゃ雪
  
 も降る。

  天気だって晴れの日ばかりじゃない。季節の変わり目なんかには結構雨が降る。

  その所為で、いきなり気温がぐっと下がる事だってままある。




  Life Of Horse 6










  皆さんこんばんわ、O.ディオです。

  雨が降ったり止んだり、せわしない季節ですね。

  出かける時は傘を持って行った方が良いですよ。

  じゃないと、御主人と俺みたいに濡れ鼠になりますよ。


 
  さて、その濡れ鼠になった俺と御主人は、ゴールド・ラッシュに煽られた人間達が無計画に建て、そしてそ
  
 の波が去った後に、あっと言う間に不景気の波に浚われて廃墟となったゴースト・タウンにいた。

  ゴースト・タウンの中でも一際大きな――どうやらホテルだったらしい――に駆け込み、御主人はそこで雨
  
 を凌ぐ事にしたようだ。


 
  用心の為か、ホテルの奥までは入らずにフロントの一画に俺を繋ぎ、置き去りにされたソファの上に座ると、

 御主人は濡れたジャケットを脱ぎにくそうに脱いだ。

  でもさ、こうやって雨を凌ぐ度に思うんだけど、やっぱり傘を持って出かけたほうがよくねぇ?

  傘持ってりゃ、突然の大雨にだって対応出来るぜ?

  御主人だって、そんなジャケットを脱ぎにくそうにしなくたって済むわけだし。

  まあ、傘持って颯爽と荒野を駆ける様なんぞ、どう考えたってお笑いだけど。

  でも、それなら、合羽買おうぜ合羽!

  馬用の!

  俺が着る奴!

  ほら、御主人は濡れても服を着替えりゃ良いだけの話だけど、俺は脱ぐもんがねぇし。

  濡れたら乾くまでに時間がかかるし。

  だから合羽買ってくれよ、合羽。


 
  俺の画期的な提案は、俺が馬だと言う事で当然、御主人の耳には入らない。

  ううむ、俺に喋るだけの力があったなら、御主人にこのアイデアを伝える事ができるのに。



  俺がしきりに残念がっている間、御主人は寒くなってきたなーとか言いながら濡れた服を片付けている。

  しかし俺としては、ジャケットとシャツを拾い上げるよりも先に、早く新しい服を着て欲しい。

  あんた寒いっつってんなら、そんな恰好でうろつくなよ。

  風邪ひくだろ。

  それにいつ何が起こるか分からねぇのに、そんな無防備でどうするんだよ。

  大体、今この時に、あのおっさんが現れたら―――。



  バタン。



  思っていると、さっき俺達が入ってきた扉が大きく開け放たれた。薄暗いホテルのフロントに、それよりも
  
 ほんの少し明るい光が差し込む。その中心に背の高い影が立っている。

  くたびれた帽子とポンチョ。

  それを見て、俺は口元が引き攣るのを感じた。


  
  なんだ、この、お約束な展開!

  ってか、どうしてこのだだっ広い荒野で、ゴースト・タウンで、ピンポイントでこのホテルに入って来るん
  
 だよ!

  どう考えても、御主人が此処に入るのを見てやってきただろ!



 「なっ!キッド!なんで此処に………!」



  驚いたように御主人は叫ぶけど、御主人はそろそろ自分がストーキングしている相手に、逆ストーキングさ
  
 れている可能性を考えた方が良い。

 
 
  ってか、あんたいつまでシャツ脱いでんだよ!

  早く服着ろよ!

  襲われるぞ!

  サンダウンもまじまじと舐めるように見てんじゃねぇ!

  御主人の肌はあんたみたいな変態に見せる為にあるんじゃねぇんだから! 



  うろたえる御主人と俺を余所に、突然の闖入者は好き勝手に上がり込み、雨水を滴らせた帽子とポンチョを
  
 脱ぎ捨てると、自分の愛馬を中へと引き入れた。

  このおっさん、此処に居座るつもりか。

  ここ以外にも雨が凌げそうな家はたくさんあるのに、よりによって、賞金首のくせに賞金稼ぎのいる此処で
  
 雨を凌ぐつもりか。

  そんなに御主人の側にいたいのか。

  なんて分かりやすいおっさんだ。



  呆れている俺など眼中にない様子で、俺の隣に奴の愛馬を繋ぐと、サンダウンは再び御主人を舐めるように
  
 見つめる。

  その視線に気付いて、俺は御主人に向かって盛大に突っ込んだ。

 
 
  だーかーらーっ!

  なんであんた服着ねぇんだよ!

  臍やら乳首やら曝して、何の大サービスなんだよ、それは!

  
  
  俺の突っ込みの後、サンダウンが満足したのかふいっと視線を逸らし、呟いた。



 「風邪をひくぞ。」



  おお、変態がまともな事を言った。

  俺が感動している間に、御主人はようやく自分の状況に気付いたのか、慌てて新しいシャツを着込み始める。

  肌を隠していく御主人に、俺はやっと安堵の溜め息を吐いた。



 「なんでてめぇが此処にいるんだよ。他にも空き家はたくさんあっただろ。別に此処じゃなくても良いじゃね
 
  ぇか。」



  俺が当然のように思った事を、御主人も思ったらしい。

  ただ、俺としてはそれは出来たら小一時間くらい問い詰めたい質問事項なわけだが、御主人の場合は適当に
  
 口を突いて出る言葉を垂れ流しているだけで、あんまり質問の態を成してない。

  それに、多分サンダウンから答えが返ってくる事も期待してないんだろう。

  だが御主人の考えに反して、サンダウンは口を開いた。



 「お前こそ、何故、こんな所に。」

 「『何故』?」



  御主人は思わずと言ったふうにサンダウンを振り返る。その瞬間に、きちんと釦が止まっていなかったシャ
  
 ツの裾が翻り、白い腹がちら見えする。

  頼むから、ちゃんとボタンは止めてください。



 「ああ俺だって本当だったらどっかの街で酒でも飲んでたさ!でも、どっかの誰かを追いかけてた所為でこん
 
  な所まで来る事になっちまったんだよ!」



  吠える御主人は、暗に――というかほとんど直に――サンダウンの所為だと言っている。

  その台詞を聞いて、俺は心配になってきた。

  まさか御主人、『てめぇの所為で服が濡れて身体が冷えたから責任とりやがれ』なんて、気でも狂った事言
  
 わねぇよな。

  頼むから、それだけは止めてくれよ。

  そんな事を言ったが最後、このおっさんは嬉々として、責任を取ろうとするぜ。

  どうやって責任をとるかって?

  そんなもん聞くだけ野暮だ。

  だが、俺の心配を余所に、御主人は続け様に言葉を吐く事が出来なかった。

 

  くしゅん。


 
  小さくくしゃみをしたからだ。

  ああほら、言わんこっちゃない。

  あんなカッコでうろつくからだ。

  だから早く服を着ろって言ったんだ――実際のところは、おっさんから身を守る為に言ったという割合のほ
 
 うが高いけど。



 「くそ………あんたの所為だ。」

 「……………大丈夫か?」



  呻く御主人に、危険極まりない事にサンダウンがじりじりとにじり寄っている。

  しかし御主人はそれよりも、サンダウンから出た心配するような発言に眉根を寄せている。



 「はっ、あんたが俺の心配をしようってか?」

 「…………身体が冷えている。」

 「誰の所為だよ。」



  御主人の腕を取ったサンダウンに、俺が内心で『ふぬおおおお!』と絶叫している間にも、二人の会話は続
  
 いていく。

 

 「雨に打たれただけか?」

 「あ?なんだよ、それ?」

 「具合が悪いわけではないんだな?」

 「んなわけねぇだろ。」

 「そうか…………。」



  勝手に納得したサンダウンは、俺の予想とは違ってあっさりと御主人の腕を放した。

  俺の脳内展開では、そのまま御主人の肩を抱いて引き寄せようとするはずだったのに。

  それに備えて身構えていた俺の覚悟は一体。

  御主人もサンダウンの一連の行動に納得がいかなかったのか、顔を顰めている。



 「なんだよ、あんた、おかしいぞ。」

 「……………。」

 「俺の具合が悪い方が良かったってのかよ。」

 「違う。」



  殊更語気を強めて否定するや、サンダウンは今度こそ御主人の肩を掴むと、御主人の背後にあったソファへ
  
 と御主人の身体を押し倒す。
 
 

  って、おい!

  どさくさにまぎれて何してくれてやがるんだ、このおっさん!
 


  が、馬の叫びなど、当然、人間達に聞こえるはずがない。御主人を自分の身体の下に組み敷くという、煩悩
  
 万歳!な状況を作る事に成功したおっさんは、挙句の果てに御主人の頬を気持ち悪いくらい優しく撫でている。

  そして、聞こえるかどうかというくらいの声で囁いた。



 「………雨が降ると、いつも大切なものが失われていく。」
 
 「え…………?」

 「お前に、問題がないのなら、それで良い。」



  へ………?

  何、このシリアス展開。

  ってか、さっきサンダウン、さらりと愛の告白をしませんでしたか。



 「………俺はそんな簡単にくたばらねぇぞ。」



  いやいや御主人、あんた突っ込むとこ、そこじゃねぇ。
 
  告白された事に何らかのリアクションをしようよ。

  それとも気付いてないだけか?
 
  それに、頬を撫でてるサンダウンの手に自分の手を重ねない!

  おっさんを喜ばせてどうすんの!
 
 

  わたわたする俺とは対照的に、そんな御主人の台詞を聞いたサンダウンはといえば、軽く口元と眼元を緩ま
  
 せ、そうだなと呟いて落ち着いたものだ。

  そしてその状態で特に御主人の身体の上から引くつもりもないようだ。

  御主人は御主人で、サンダウンの手に自分の手を重ね、まるで頬ずりするようにサンダウンの手を押さえて
  
 いる。



 「マッド…………。」

 「なんだよ………。」

 「……………もうしばらく、このままで。」

 「仕方ねぇな。」


 
  ふおおおお!

  突っ込みどころ満載な展開すぎて、何処から突っ込んでいいのか分からん!

  仕方ねぇなじゃねぇ!とか御主人に触るんじゃねぇ変態!とか色んな言葉は思いつくが、なんか突っ込んで
  
 はいけない空気だ。

  醸し出されている空気が、突っ込みを求めていない!

  つーか、なんか、いたしてる現場を見るよりも恥ずかしいんですけど!



  完全に俺を蚊帳の外に置き去りにした賞金首と賞金稼ぎは、ソファの上で身体をぴったりとくっつけ合って
  
 いる。それだけで特に何もしていないのだが、やっぱりなんか恥ずかしい。

  それともなんですか。

  さっきさらりとなされた愛の告白に、御主人は是と返事した事になるんですか、これは。

  そして今俺の眼の前にいるのは、いちゃつく恋人ですか。









  ……………ぬわぁあぁああああ!

  駄目だ!
 
  絶対に許さん!

  サンダウンなんぞ、俺は御主人の恋人だとは認めんぞ!

 
 
  叫ぶ俺を完全に無視する形で、人間二人は抱き合っている。

  そんな二人を尻目に、サンダウンの愛馬が諭すように言った。



 『そろそろ、諦めろ。』