「……………。」



 俺を見たサンダウンの顔が微妙に――しかし多分、内心では盛大に――顰められた。



 あんた、何さその顔。

 そりゃまあ、あんたにとっちゃ俺は邪魔者かもしれねぇよ。

 でもさ、この俺がいなきゃ、御主人はあんたの前に現れる事だって出来ねぇんだぜ?

 だったら、歓迎しろとまでは言わないまでも、そんな嫌そうな顔するこたねぇだろ?

 

 大体。



「んだよ、その顔は?せっかく人がわざわざ長々と続く逃亡生活を終わらせてやろうってのに、んな

 嫌そうな顔するんじゃねぇよ。」



 ほらみろ。

 俺に向けられた眼差しを自分に向けられたと勘違いした御主人が、機嫌を損ねちまったじゃねぇか。






Life Of Horse 5

 





 皆さん、お久しぶりです。

 O.ディオです。

 体調など崩されていませんか?

 俺は相変わらず、御主人と一緒に相変わらずの生活を続けてます。
  



 
 珍しい事に一週間の期間を空けて――普段は平均したら1日置きに逢ってるようなもんだ――御主
 
 人はサンダウンを見つけ出した。

 俺としては遂に何処かで行き倒れたんじゃないかと考えていたんだが、その考えは甘かった。

 いや、よくよく考えてみれば、あの図太いおっさんが、そう簡単に行き倒れるわけがねぇ。

 なんだかおかしな力――渋い面の下に途方もない煩悩を隠してやがるからな――で死線を乗り切っ
 
 たに違いない。



 で、そのおっさんを1週間ぶりに見つけた御主人は、それはもう意気揚々と追いかけた。

 普通の賞金首だったら、それは口から泡吹いて逃げ出すような状況だろう。

 が、サンダウンは残念な事に――全く以て残念な事に、普通の賞金首ではなかった。

 銃の腕が立つとかそんなレベルの、『普通じゃない』という話じゃない。

 賞金首どもが名前を聞けば震え上がる御主人を見ても、表情一つ変えない――というか、邪な視線
 
 を向けているおっさんは、

 『普通じゃない』のではなく『変態』だ。



 その変態――誰が何と言おうと俺は変態と言い続けてやる――は、颯爽と現れた御主人を見て、微
 
 妙な表情の変化で喜びを見せ――御主人が気付いていない事が幸いだ――俺を見て一瞬で不機嫌に
 
 なった。



 この変態め…………。

 あんた、俺がいなかったら御主人に何してくれやがるつもりだったんだ。

 ってか、俺がいたって好き勝手な事するくせに。

 これまでだって、あんな事やこんな事をしてきたじゃねぇか。

 俺のいる眼の前で。



 そして俺は、はっと大変な事実に気がついた。

 御主人が一週間ぶりにサンダウンを見つけて意気揚々としていると言う事は、逆に考えればサンダ
 
 ウンも御主人に一週間ぶりに逢ったわけだ。

 つまり、この一週間サンダウンを見つけられなかった御主人の機嫌が宜しくなかったのと同じよう
 
 に、サンダウンも御主人に逢えなくて鬱々としていたに違いない。

 こと、御主人に関しては煩悩の塊のような男だ。

 一週間の間に積もり積もった煩悩が、どんな方向に弾け飛ぶのか、俺には見当がつかない。

 というよりも、想像するだに恐ろしい。 

 

 駄目だ、御主人、逃げよう!

 今、このおっさんに近づいたら、あんた本当に嫁にいけない身体にされる!
 
 いや、あんたは男だから嫁に行く必要はないけど!

 
 
 内心じたばたする俺を余所に、御主人は賞金首相手にどうかと思うくらい無防備にサンダウンに近
 
 づいていく。

 サンダウンの不機嫌な表情に、御主人も不機嫌なのが唯一の幸いだ。

 これで嬉々として近寄られたら、サンダウンも嬉々として何しでかすか分かったもんじゃない。

 急激に下がっていく温度だけが御主人の身を守る中、サンダウンが低く口を開いた。



「まだ、その馬に乗っているのか。」

「馬?」



 唐突な言葉に、御主人が不機嫌さを吹き飛ばして不思議そうに首を傾げる。

 そりゃそうだ。

 いきなり馬の事なんか言われても、困るだろうに。

 ってか、その馬って、俺の事ですよね?



「ディオがどうかしたのかよ?」

「…………危険だと思わないのか。」



 危険?

 なんでこの俺が危険なのさ!

 いきなりのあらぬ疑いに、俺は鼻息を荒くする。

 そんな俺に構う事なく、サンダウンは続ける。



「いつ、また憎しみを背負って、以前のように悪事を働くか分からない。それを手元に置いておくの

 か。」

「あのなぁ!そんな簡単に何度も馬が人間になったりして堪るかよ。」


 
 そうだそうだ!

 あんな事、そんな簡単にできるか!

 

「大体、俺の側にいるのに、憎しみなんか簡単に背負うわけねぇだろ!」



 いや、それには頷きかねる。

 俺はあんたの側にいて、何度かサンダウンに怒りを覚えて、その度に人間になりたいと願いました。 



「……お前に、それを確約できるか?」


 
 御主人の言葉に、恐ろしいくらい冷静にサンダウンは言葉を返す。



「馬が人間になるなど確かに誰も思いもしない。だが、実際にあった事だ。そしてそれが二度と起こ

 らないと、お前に言い切れるのか。」

「それは…………。」



 言い澱んだ御主人と俺を見比べるサンダウンの眼差しは、驚くほど冷たい。

 もしかして、このおっさん、この場で俺を撃ち殺す気なんじゃないか。

 ぶるりと身を震わせた俺から視線を逸らし、サンダウンは御主人のすぐ前に立つ。



「そして、再び憎しみが集まった時、真っ先に餌食になるのはお前だ。」

「な…………。」



 あまりの言葉に御主人は絶句した。

 それは俺も一緒だ。

 自分でも思いもよらなかったサンダウンの言葉に、立ち尽くすしかない。

 呆然とする俺の前で、サンダウンの手が御主人の髪を乱暴に掴んで、御主人の視線が逃げないよう
 
 に固定する。



「わかっているのか?お前はいつ馬に犯されてもおかしくないんだぞ。」



 ………………。

 ………………はい?

 なんだか、俺の名誉を著しく損ねるような事を言われた気がするんですが。



「ならず者どもが獲物にどんな仕打ちをするか、知らないわけでもないだろう。それともお前は、犯

 されても良いと?」



 いや、確実に言った。

 俺の名誉を傷つけるような事をこのおっさんは言った。

 見れば御主人も口をぱくぱくさせて、言葉にならない声を上げている。



「っ………だ、誰が、犯されたりするか!俺は男だぞ!」
 
「男でも関係ないだろう。お前を抱きたがる者は多い。」

「抱きっ……!?」


 
 ああ、このおっさん、純粋に御主人の事を心配してるわけじゃねぇんだ。

 要するに、御主人が自分以外の誰かに食われないか心配なんだ。



 
 ………………ふざけんじゃねぇ!




 俺、あんたみたいに無節操じゃねぇよ!

 あんたみたいに、御主人に邪な感情抱いてねぇよ!

 この世にいる馬が、全部あんたと同じ考えで行動してるなんて思うなよ!

 ってか、さっきの台詞は全部あんたの願望じゃねぇのか!

 つーか、そんなしょうもない理由で、俺はあんたに不機嫌丸出しの眼で見られてたのか。

 だったら、お邪魔虫と思われてたほうが、まだましだったよ!





 ふつふつと怒りに燃える俺の前では、御主人とサンダウンがまだ何事か言い争っている。

 


 
 なんだろう。

 今、俺は本気で、人間になれそうです。