こんばんわ、O.ディオです。   こちらは夜です。   むっちゃ天気が良くて、星が綺麗です。   あ、流れ星。



 Life of Horse 2



  さて、今日、俺と御主人は賞金首を一人仕留めた。本来なら、こう、すっと終わる仕事だったん
 だけど、これがそうもいかなかった。
  御主人が狙いを定めたのは、一組の男女を殺した男だった。手配書を見る限りでは、頬のこけた、
 風采の上がらなさそうな男。
  殺しなんて大それた事ができるような風体じゃなかったけど、大方、かっとなって銃を撃っちま
 ったんだろうなぁってのが俺の見解。
  で、呆れた事にこのおっさん、子供がいんの。で、子供連れて逃げ回ってるらしい。どうしよう
 もねぇ父親だな、まったく。
  でも、父親としてどうしようもなくったて、犯罪者としては素人中の素人。御主人は、せいぜい
 煙草代くらいの考えでこのおっさんをとっ捕まえようと考えていた。煙草がきれたなぁ、仕方ない、
 その辺のへちょい賞金首捕まえてその賞金で煙草買ってくるか、くらいのノリ。そして実際、煙草
 を買うついでになるくらい、あっさりと見つかった。いや、だって、あんまりにも怪しげな小屋か
 ら気配がだだ漏れだったんだよな、見つからないほうがおかしいって。
  それで、ま、御主人はその小屋に踏み込んだ。俺は外で御留守番。けど、声は聞こえる。

 「止めて!お父さんを撃たないで!」
 「お前は下がっていなさい!」

  最初に聞こえたのは、父親を庇う子供の声と子供を守ろうとする父親の声だった。

 「あー、わりぃけど、大人しく捕まってくんねぇかな。ガキの前で脳みそ吹き出して死にたくねぇ
  だろ、あんたも。ガキにトラウマ植え付けたくなかったら、大人しくしろよ。大体、ガキ連れて
  逃げられるわけねぇだろ。」

  御主人、あんた、以外とグロい事言ってるよ? 
  でも、これに答えたのは父親じゃなくてガキのほう。

 「違う!父さんは何も悪い事してない!」
 「いや、一般人を殺した時点でわりぃ事してんだよ。」

  いちいち律儀にガキに答えている御主人。だが、ガキは尚も反抗する。

 「お父さんはあの人達を殺してなんかない!あの人達を殺したのは、ラジルだ!」

  ガキの絶叫にも似た声を聞くと同時に、俺は嫌な予感がして、今にも潰れそうな小屋の外で忙し
 なく蹄を鳴らした。俺の苛立たしげな音に、御主人の声が重なった。

 「ラジル?ラジルって、賞金首のラジル・ドリーか。」

 「そうだよ!あの女の人はラジルの恋人だったんだ。けど、男の人と一緒に逃げて、それでラジル
  に殺されたんだ。父さんはそれを見てて、罪を擦り付けられたんだ!」

  御主人が小さく溜め息を吐く。

 「おいおい。それを信じろってか?大体、それなら保安官のところ言って話をすりゃいいだけじゃ
  ねぇか。わざわざ逃げ回る必要はねぇはずだぜ。」
 「わ、私も出来ればそうしたい。」

  ようやく、父親が口を開いた。

 「だが、ラジルがそれをさせてくれない。奴は、私を見張っている。保安官のところへ真実を話し
  に逃げ込めば、その瞬間私は撃ち殺されるだろう。私だけじゃない。この子も…………。」

  弱弱しい語尾。だが、そんなものに気をとられちゃいけねぇ。俺は蹄を打ちならす。御主人は、
 気が付いているんだろうか。
 
 「俄かには信じられねぇ話だな…………だが…………。」

  耳を突くような轟音。次いで聞こえたのは大人二人分の重みが地面に落ちる音だ。御主人の火薬
 の匂いと、血の臭いが重なる。

 「ったく。勘弁してくれよ。俺は煙草を買いたかっただけなんだってのに。」

  ぶつぶつ言いながら御主人が小屋から出てきて、さっきからずっと小屋の周りをうろついていた
 人相の悪い男達の死骸を見下ろす。御主人の後ろから、手配書より一層頬がこけた男と―――あら
 ま、可愛いらしいお嬢ちゃん。

 「こいつらは、ラジルの………。」

  顔を歪めて呟く父親は、娘の肩をぎゅっと抱き締める。

 「やはり、逃げ場はないのか…………。」

  苦しげな父親の声に、俺は御主人が盛大に舌打ちする音を聞いた。
  うん。なんとなく、あんたが次に口にする事は予想できるよ。

 「ちっ………分かったよ。ラジルってのをとっ捕まえりゃいいんだろ、ラジルってのを!」

  うん、そう言うと思ったよ。
  御主人にしてみれば多分、この親子に脅されたような気分なんだろうけど、俺にしてみればこの
 流れでこう言わない御主人っていうのは想像できないわけで。ってか、よくそんなお人好しな性格
 で、賞金稼ぎなんて世知辛い世界を生きてこれたよね、ほんと。
  ぽかんとする親子を置いて、俺の手綱を引いて御主人はずんずんと歩いていく。そして一回後ろ
 を振り返り。
 
 「あんたらは、今まで通りどっかに隠れてろ!」

  その後は眼も眩むような慌ただしさだった。
  御主人は顔なじみの保安官に掛け合って、ラジルを罠に掛けた。別に、俺を倒した時みたいな、
 凶悪な罠じゃない。せいぜいラジルをおびき寄せ、そこで自分の犯行を話して貰おうっていうだけ。
  ただ、このおびき寄せに時間がかかった。俺も御主人も、寝る暇を惜しんで三日間ラジルにつき
 っきりで、ラジルに気があるように装わなくちゃならなかった。そして、おびき寄せられたラジル
 は、ならず者にありがちな自己顕示欲で自分の今までやってきた事をぺらぺらと喋った。
  相手が御主人だったってのもあったのかもしれない。御主人に狙われるくらい――御主人は有名
 人だから――自分も大物になったんだって、いい気になったんだろう。
  でも、残念ながら、そこにいたのは御主人だけじゃなかった。保安官も物陰に隠れてラジルの話
 を聞いていた。
  後は撃ち合い。
  結果は御主人の圧勝。



  その後は濡れ衣を着せられた親子に感謝され、頂戴した賞金で美味しいもの――俺の場合は人参
 ――をたらふく食べ、三日分の睡眠をとる―――はずだった。
  街に着くなり御主人が身を翻し、再び荒野に舞い戻らなければ。
  その命令に俺が従わなければ。
  その先にサンダウンさえいなければ!
  あのおっさん!
  なんてタイミングが悪いんだ!

  三日間ほとんど寝ていないのに、サンダウンを見つけるや否や、御主人は一気に元気になった。
 そしてお約束通り決闘するべく、銃を抜き、サンダウンを追いかけたのだ。
  いや、それにしても御主人、あんた、元気だよね。三日間徹夜明けで、普通、決闘なんで出来ね
 ぇよ。いや、若いっていいね。
  けど、俺が思っているよりも御主人は元気じゃなかった。サンダウンに銃を弾き飛ばされた後、
 御主人はサンダウンを罵るよりも先に欠伸をした。もう限界、とかなんとか呟きながら、俺に括り
 つけている毛布を引っ張りだすと、それに包まって眠ってしまった。
  そして、今、眠っている御主人の腹側には小さなたき火が燃えている。そのたき火を挟んだ対面
 には、何故かサンダウンが。いや、サンダウンは御主人と決闘する前から、此処を今日の野営の場
 所と決めていたらしいんで、この場合いるのがおかしいのは俺と御主人だ。けど、そんな事を突っ
 込む気力は、今の俺にはない。俺だって疲れてる。 

  でも。 
  でも!

  今宵、御主人は正体がないくらい眠り込んでいる。それは疲れの所為もあるだろうが、それ以上
 にサンダウンが近くにいるからじゃなかろうかと俺は見当をつけている。自分が眠っていても、サ
 ンダウンがいれば、悪党どもを何とかしてくれるだろう。そういう妙な安心感があるんだろう。御
 主人はサンダウンを長い間付け狙っているけど、その付け狙った分だけサンダウンの事を信用して
 いる。寝首を掻くような人間じゃないと分かってるんだろう。
  うん、それは確かだろうよ。
  けど、別の意味での身の危険については、警戒を解いて欲しくねぇよ!
  あんた、サンダウンに対して無防備すぎなんだよ!
  あんたは気づいてないけど、このおっさんは、あんたに対して間違いなく下心を持ってんだよ!
  馬の勘は当たるんだよ!
  ああ、ちくしょう!
  俺、今晩眠れねぇよ!
  悶々としながら御主人とサンダウンの気配を探りつつ、夜空を眺めて流れ星を数えてみたりする。
 今日はむっちゃ天気がいい。冥王星の果てまで見えそうだ。流れ星も腐るほど見つかる。
  しかしそれが失敗だと気付いたのは、背後で何やら怪しげな気配がしてから。
  数える、という行為は、あれだ、物凄く眠気を誘う。羊のあれと一緒で、お星様を数えていても
 おんなじらしい。俺はいつの間にやら、うとうとしていた。
  勘違いするなよ。断じて、眠ってはいない。うとうとしただけだ。
  そんな事よりも、俺の背後―――御主人が眠っている辺りから怪しげな気配が立ち昇っている。
  ああ、いちいち見なくても誰だか分かるよ。
  この場にいるのは馬二頭と、人間二人。
  人間のうち一人は熟睡してるし、馬二頭はそんな節操なしじゃねぇ。
  となると残るは一人しかねぇだろ!
  俺は首を捻って御主人のほうを見る。

  やっぱりあんたか、サンダウン!

  毛布に包まって無防備な寝顔を曝している御主人の傍で、渋い面したおっさんが覆い被さるよう
 にしてその寝顔を見つめている。
  それはもう、うっとりと。武骨なかさついた指先で、御主人の頬を撫でたりしてくれちゃって。

  はん、そりゃあ俺の御主人は美人だからな!
  放浪生活の長いおっさんにとっちゃ眼の保養だろうよ!
  ああせいぜい眺めるがいいさ!
  けどな、その不埒に動く手はいただけねぇ!

  御主人の眦やこめかみの線をなぞり、頬の柔らかさを堪能しているおっさんは、どう見たって変
 態だ。どれだけ切なげな眼で御主人を見たって、俺の中ではむっつり確定だ。俺はサンダウンを蹴
 り飛ばそうと考えたが、しかし御主人に張り付いているサンダウンを蹴飛ばせば、御主人も一緒に
 蹴ってしまう。その瞬間、俺は御主人の手によって馬刺しとなる事決定だ。
 ぐぬぅと唸り、俺はサンダウンの愛馬に眼を向ける。奴なら何かいい方法を知っているかもしれな
 いと思ったのだが、あの野郎、遠い眼で星を眺めてやがる。完全に己の主人の暴走を無視する事を
 決めた表情だ、あれは。
  そうこうしているうちに、サンダウンの御主人への無体は更にエスカレートしていく。頬をなぞ
 っていた指が、事もあろう事か、寝息を立てて薄く開いた御主人の唇に触れたのだ。それどころか、
 あどけない御主人の寝顔に自分の髭面を近づけていくじゃありませんか!

  このおっさん!
  むっつり!
  変態!
  シミーズ!
  俺の御主人に何してくれやがるつもりだ!

  我慢の限界が来た俺は、勢いよく立ち上がると、天高く嘶いた。
  ヒヒーン、と。
  瞬間、流石と言うべきかなんと言うべきか、今の今まで眠り込んでいた御主人の眼がかっと見開
 かれ、腹筋をばねにして弾かれたように身を起こしたのだ。
  ガツン。
  鈍い音がした。
  まあ、予想通りの展開だ。
  勢いよく跳ね起きた御主人の前頭部が、思いっきりサンダウンの顔面を打ったのだ。

 「〜〜〜〜っ!」

  頭を抱えて何が起きたのか分からないというように眼を瞬かせる御主人と、鼻先を抑えて蹲るサ
 ンダウン。サンダウンに至っては鼻血くらいは出たかもな、ざまみろ。
  その後、何事もない事が分かると御主人は再び寝入り、興を殺がれたらしいサンダウンも、のろ
 のろと眠る準備を始めた。
  こうして俺は御主人の貞操を守る事に成功し、心置きなく身を休める事が出来たのだ。



  そして、次の日。
  俺は御主人の『そろそろケリを着けようぜ』という、いつもの台詞で眼を覚ます事になる。