御主人が枕を新調した。
  ふかふかの、柔らかい、茶色い枕。
  ただ、その枕は通常の枕とは全く以て異なる形状をしていたので、俺としては突っ込みどころ満
 載だ。




  Life of Horse 13





  どうもお久しぶりです、O.ディオです。
  皆さんおいかがお過ごしでしょうか。
  俺はいつも通り、賞金稼ぎマッド・ドッグの馬をやっています。

  さて、新しいもの好きの御主人は、本日、新しい枕を購入した。
  基本的に根無し草で、野宿続きの事だってざらじゃない賞金稼ぎが、なんで枕なんか買ってるん
 だよう、という疑問もあるかもしれないが、何を言ってるんだ野宿続きだからこそ枕は必需品なん
 じゃないか。
  まあ、どこぞの茶色い賞金首なんかは、中身も入ってないような荷物袋を枕代わりにするってい
 う貧乏人特有の荒業をやってのけるだろうが、優雅な御主人は、自分の頭で着替えや食料を押し潰
 すなんていう品のない事はしない。
  荒野で横になっても痛くないように、きちんとした枕を持っているのだ。
  ただ、勿論荒野で使うのだ。それなりに汚れたり擦り切れたりする。だから、御主人は定期的に
 枕を取り替えている。
  御主人が、こういった寝具を購入する条件は、至って簡素だ。
  賞金稼ぎとして名を馳せた御主人は、金をケチって荒野での安眠を投げ捨てるなん馬鹿な真似は
 しない。金など購入条件にはなりもしない。それに、消耗品である枕に対して、デザイン性だのな
 んだのを求めたりもしない。
  御主人が枕に求めるもの。
  それは手触りである。
  誰もがご存知かとは思うが、賞金稼ぎマッド・ドッグは手触りの良い物が好きだ。そして御主人
 が手触り良しと認めるものは、ふかふかなものである。
  羽根布団よりも肉厚の毛布のほうが好きだし、セーターだってカシミアの物が好きだ。きっと、
 馬もふかふかのほうが良いと思っているに違いなかった。 
  だから、俺もその期待に応えるべく、しっかりと食事を取って、毛並みもつやつやにするように
 心掛けているのだが、生憎とふかふかではなく、ぷよぷよになるという事態しか招いていない。ふ
 かふかとぷよぷよの弾力性の違いが、現在のところ大きな難関となっている。
  まあ、そんな俺の苦労はどうでもいい。
  とにかくご主人は、自分の欲求を満たす枕を探し周り、そしてその果てに望む枕を見つけ出した。
  ふかふかで、程よい弾力のある、滑らかな肌触りの枕。
    色は茶色。
  求める物が手に入った御主人は、非常に満足そうであったが、そのブツを眼にした俺は、とりあ
 えず眼が真ん丸になった。
  いや、茶色という時にこの世で一番小汚い存在を示す色が、とある小汚いおっさんをイメージし
 ただとか、そんな程度の低い話ではない。俺だって、茶色が別にあのおっさん固有の形容詞として
 発動するわけがない事は重々承知している。
  そうではなくてですね。
  俺は意気揚々と御主人が俺の背に積んだ物体を、ちらりと振り返って見て、御主人が枕と称して
 いるブツに、脚っぽいものが四本生えているのを確認した。
  そして、なんだか前方が丸っこくて、後方に向かうにつれて、徐々に先細りしていく体型である
 事を。
  その体型に一番近い物体を俺は知っている。
  トカゲだ。
  全体的にくびれの少ないトカゲだ。
  まさか、その体型としっかり生えている手足に気づかず、御主人が枕としたわけはあるまい。そ
 れとも枕として売りに出されていたのだろうか、そのトカゲ……の、ぬいぐるみ。
  ぬいぐるみ。
  そう、間違いなく、俺の背に乗せられているのは、トカゲのぬいぐるみだ。
  しかも剥製めいたものではない。円らな眼をした、妙に可愛げのある物体だ。
  何考えてるんだ、御主人!
  こんな、女子供が買うような物体を買うだなんて!
  誰かに買ってるとこ見られたら、あらぬ疑いをかけられるって!
  どんな疑いかは知らないけど!
  けれども、妙に丸っこいトカゲのぬいぐるみを手にした御主人はご満悦だ。理想の肌触りが見つ
 かったとか言って、暇さえあれば、トカゲに頬を埋めたりしている。そんな御主人を、はらはらし
 ながら見つめる俺。
  しまいには、御主人はトカゲと眼を合わせながら、お前がもっと乗れるくらい大きくって動いた
 ら愛馬にするのになーとか言い始めやがりました。
  ふおー!どういう事ですか御主人それー!
  この俺が、そんなトカゲに負けるって事ですかー!
  そんな胴長短足、明らかに御主人の嫌いなメタボリック体型くびれなしのトカゲに、この俺が!
  もしかして、オディオの力でトカゲを大きくして動けるようにしろとか言わねぇだろうな!
  解雇される恐怖に、びくつきながら、俺は御主人の腕に抱かれているトカゲのぬいぐるみを睨み
 付け、このトカゲめ、トカゲめ!と地団太踏む。
  俺が、トカゲのぬいぐるみに不毛なライバル心を抱いている真っ最中、この俺よりも更に不毛な
 おっさんが、御主人の周りをうろつき始めていた。
  茶色いトカゲを抱き枕にしている御主人を、物言いたげな眼で見ている茶色いおっさんが一人。
 同じ茶色仲間として混ざりたいのかもしれないが、生憎とこの茶色いおっさんは、ふかふかではな
 いので御主人の抱き枕になる事はない。

 「なんだよ。」

  トカゲを抱きしめた御主人は、じぃっと自分を見ているおっさんに、むっつりと不機嫌そうに問
 うた。
  御主人が不機嫌になる理由は良く分かる。こんな無愛想で犯罪者顔なおっさんに見つめられたら、
 誰だって不機嫌になる。まあ、このおっさんは犯罪者顔というか、すでに賞金首なわけなのだけれ
 ども。
  犯罪者顔な賞金首サンダウン・キッドは、御主人から糾弾を受けても、めげる事なく御主人と御
 主人が抱き締めているトカゲを見ている。同じ茶色だから自分も抱き締められる権利があるとか思
 っているに違いない。

 「……なんだ、その茶色い物体は。」
 「あんたも、大概茶色いけどな。つーか、見て分かるだろ。枕だよ。」

  いいえ、どう見てもトカゲのぬいぐるみです。
  ふかふかなんだぜ、と言ってトカゲに顔を埋める御主人に、サンダウンは非常に物言いたげな顔
 をしている。

 「このふかふか感がたまらねぇんだ。もっとでかいのもあるみたいだから、そっちは塒に置いて、
  ベッド代わりにするつもりだ。」

  なんですと。
  俺は初めて耳にする御主人のトカゲ計画を聞いて愕然とする。冗談抜きで、御主人は何処からか
 巨大なふかふかのトカゲを探し出して、この俺を差し置いて愛馬にするつもりなのかもしれない。

 「……ベッド。」
 「ああ、あんたくらいの大きさらしいぜ。ベッドって言うにはちょっと小さいけど、まあ簡易ベッ
  ドだと思えば問題ねぇ。何よりもふかふかだしな。あんたも見習って、図体でかいだけじゃなく
  て、ふかふかになってみせたらどうなんだよ。」

  どうせ5000ドルの賞金がある以外には価値がねぇんだし。

 「………。」

  御主人の台詞に沈黙するサンダウン。その表情は読めないが、ふかふかではなくもさもさの男は、
 下手をしたら御主人の言葉を本気で検討している可能性がある。
  だが、このおっさん、どうやってもさもさからふかふかに進化するつもりだ。
  まさか俺みたいにぷよぷよ経由の進化狙いか。止めとけよ、ぷよぷよな中年男なんか、眼も当て
 られねぇぞ。
  っていうかよ、あんたがふかふかになったら俺が困るんだよ。御主人が身の危険も感じずにあん
 たに抱きついたり頬ずりしたりする可能性があるから!
  御主人があんたに抱きついて貞操の危機が迫るくらいなら、今のままトカゲに抱きついてたほう
 がまだましだ!