木に繋がれた俺から少し離れた場所では、御主人が火を起こして、その上に鍋を掛けて中を掻き
 混ぜている。どうやら匂いから判断するに、御主人特製のクリームシチューを作っているらしい。
 今日は寒いから、シチューというのは非常に正しい判断だし、しかも御主人手作りとなると、俺が
 馬ならば、一滴残さず平らげるだろう。
  しかし悲しいかな俺は馬で、御主人のシチューを食べるわけにはいかない。涙を飲んで、そのへ
 んに生えている草を食べる事にする。
  おまけに、そんな俺に追い打ちをかけるかのように、今の御主人の、焚き火を挟んだ体面には、
 髭面のおっさんが鎮座している。完璧に、御主人の作ったシチューに与ろうという魂胆だ。
  どけ、おっさん!
  その場所を変われ!  




  Life of Horse 11




  寒い時期になると、しんみりしてきますね。
  こんばんわ、O.ディオです。
  ヒゲ、もといサンダウン・キッドが、悔しいかな御主人のシチューにありついている間、憂さ晴
 らしに、俺の昔話に付き合ってくれやしませんか。

  昔と言っても、俺が御主人の馬になったばかりの頃なんだけれども。

  その当時、俺は賞金稼ぎマッド・ドッグという男について、何の知識もありませんでした。オデ
 ィオの力を持っていたといっても、所詮、クレイジー・バンチなんていう田舎の暴走族を率いてい
 たに過ぎない俺は、御主人の事なんか何一つ知らなかったのです。
  そんな無知な俺は、御主人がサンダウン・キッドを追いかける度に、ストーカー寸前だな、なん
 て思っていました。

  だって、こんなだだっ広い荒野で、なんであんなに出会う事ができるんだよ!
  どう考えたって、ストーカーなみに付け回したり情報を収集してるとしか思えねぇだろう!  

  と言っても、ストーカーだのなんだのは別に俺は気にしちゃあいなかった。
  いや、ちょっとは気になったけど、ぴぃぴぃ騒ぐほどのもんでもない。
  だって、別に待遇は悪くなかったからな。それに、パイクやダットンの中にも、ちょっと怪しい
 のがいたからな。男が男の尻を追いかけるなんて、別に珍しい事じゃない。
  そんなわけで、俺はストーカーを上に乗せて、荒野を駆け巡っていた。
  そうだと思っていた。

  そんなある日、御主人が俺をまじまじと見つめた。
  もしや、この男、そんな趣味も?
  と、その時は疑った。
  だって、ずっとサンダウンを追いかけてんだもん。変な性癖があると疑ったって、仕方ねぇだろ
 う?

  が、俺のそんな浅はかさを嗤うでもなく、御主人は俺の首に一枚のスカーフを巻いた。 
  赤い赤い、御主人がいつも付けてるようなスカーフだ。つーか、どう考えても、御主人のお古だ、
 これ。事実、何か、葉巻の甘ったるい匂いがする。

 「お。意外と似合うじゃねぇか。」

  俺にスカーフを巻いた御主人は、なんだか満足そうだ。

 「俺の馬だって事がちゃんと分かるようにしとかねぇとな。」

  そう言って、俺の首筋を叩く御主人。
  ストーカーだろうが、何だろうが、こういうところは御主人の美徳だと思う。
  この後、どういう業を使ったのか知らないが、昨日会って適当にあしらわれたばかりの賞金首を
 見つけ出して追いかけるなんていうストーカーであっても。



  そして、御主人はまた、サンダウン・キッドに決闘で負ける。
  けれども殺されるわけじゃない。
  銃を弾き飛ばされて、それで終わり、だ。
  普通に考えれば、それはそれでおかしな話だ。賞金首が賞金稼ぎを殺さないなんて。このおっさ
 んも、御主人にストーカーされるのが嫌なら、さっさと殺しちまえばいいのに。このヒゲはヒゲで、
 良く分からんおっさんだ。
  そのおっさんに向かって、御主人は毎度の事ながら、なんんで殺さねぇんだ、とぐちぐちと垂れ
 流している。その言葉は、良く良く考えてみれば、普通に納得できる言葉なわけだが。
  ただし、サンダウンにはその言葉は届かない。
  届かないまま、そのまま立ち去って終わりだ。
  が。
  本日のサンダウンは立ち去らなかった。立ち去らずに、何故か、俺を凝視している。俺、なんか
 したっけ。それとも、また俺が人間になるとでも思ってんのか、おっさん。自慢じゃねぇが、馬が
 人間になるのはすっげぇ労力使うんだぜ。そこんとこ、分かってんのか、分かってあらぬ疑いを持
 ってやがんのか。

  俺が、ふん、と鼻息を荒くしていると、サンダウンは俺から眼を逸らして御主人を見つめる。穴
 でも開きそうなくらい見つめている。
  しかし、愚痴を垂れ流している御主人は、自分のストーカー対象に見つめられても気付かない。
 ぶつぶつと何かを言いながら、そのまま野営の準備に入り始めた。確かに日は暮れかけているが、
 非常に脈絡のない行動だ。偶に、時々、概ねの場合において、俺は御主人の事が心配になってくる。
  つーか、眼の前に自分よりも強い賞金首がいるのに、なんでそんなに堂々と野営を始めようなん
 ていう気になるんだ。
  そしてもう一つ気になる点がある。
  なんで、サンダウンは立ち去らねぇんだ。というか、なんで、そのままちゃっかり御主人の野営
 に潜り込んでやがんだ。
  謎の行動をする賞金首に、俺が物も言えないでいる――まあ馬だから喋れるわけがねぇんだけど
 ――間に、サンダウンはしっかりと焚き火の前を陣取っている。そして御主人と酒盛りを始めるお
 っさん。何を考えているのか、非常に訳が分からなんですが。
  いつも撃ち合っている賞金首と賞金稼ぎの酒盛りという珍妙な物を眼にした俺が、薄気味悪く思
 っている間に、御主人がふらふらと身体を揺れ動かしたと思うと、ぱたん、と毛布に包まって倒れ
 た。どうやら眠ったらしい。
  それを見たサンダウンは、しばらく御主人の様子を窺っていた。顔を覗きこんだり、身体中を眺
 め回したり、あまつさえ、頬を指で突いたりしている。
  何してんだ、このおっさん。
  思う存分御主人が眼を覚まさない事を確認したおっさんは、不意に立ち上がり、御主人の荷物袋
 ではなく、何故か俺のほうに近寄ってくる。いや、もしや金目の物を奪おうとしているのかと思っ
 たんだけど、違うようだ。
  金目の物なんて鞍の鋲しか持ってない俺に近寄るサンダウンの表情は、険しい。なんだか喧嘩を
 売られているようだ。

  おうおう、まさかまだ俺が人間になって悪事を働くなんて思ってんじゃねぇだろうな。
  言っとくが、今の俺は馬の生活に満足してんだ。
  もう一回人間になって、手下達を養うなんて面倒な事する気はねぇぞ。
  金が掛かるんだ、ああいうのは。
  今の俺に、そんな甲斐性があると思ってんのか。

  俺が自慢にもならない事を言っている間――馬語なので、サンダウンには通じていない――サン
 ダウンは俺を険しい表情で見ている。睨みつけていると言っていい。
  俺がいよいよ、威嚇の唸り声を上げ始めた時、サンダウンは唐突に俺に向かって腕を伸ばした。
 その手は、俺の首に向かっている。
  もしや、締め殺す気か――馬の首を人間が締められるわけがねぇんだけど。 
  俺が身構えた瞬間に、サンダウンは俺の首から、掠め取っていった。
  俺が御主人から貰った、赤いスカーフを。

  は?

  いきなりスカーフを奪われた俺は、ぽかんとする。
  が、おっさんは大真面目だ。大真面目に、御主人のお古のスカーフを見つめている。じぃっと見
 つめている。
  と、思った瞬間、いきなりそれを自分の顔に近付けている。近付けて頬ずりした。そしてふんふ
 んと匂いを嗅いでいる。

  ……あのう。

  俺は恐る恐る、声を掛けた、馬語で。
  が、サンダウンは馬語など聞き入れず、御主人のお古のスカーフを頬ずりしたり匂いを嗅いだり、
 ぎゅうっと抱き締めたりしている。
  そして、最終的に、それを自分の懐に入れた。

  ぅおい!
  それ、俺の!
  俺が御主人から貰った奴!

  しかし、明らかに窃盗という罪を犯した賞金首は、そんな罪は自分の過去の罪状に比べれば些細
 な事なのか、顔色一つ変えていない。
  顔色一つ変えずに、再び御主人の近くに寄っていき、御主人の寝顔を見つめている。

  この時、なんだか、俺の中で色々なものが腑に落ちた。
  だだっ広い荒野で御主人がサンダウンを見つけ出す事とか、サンダウンが御主人を撃ち殺さない
 事とか、様々な物事が一気に組み合わさって、合致する。

  ああ、そうですか。
  あれですか。
  御主人があんたを見つける事に長けてるストーカーなんじゃなくて、あんたが御主人を待ち伏せ
 してるんですか。そんでもって、ずっと追いかけて欲しいから、殺さずにいるんですか。そんでも
 って、俺を睨んでたのは、俺が御主人のお古のスカーフを付けてたからですか。

  変態だ。

  ごめん、御主人。
  御主人の事をストーカーだなんて言ってごめんなさい。
  御主人は全然おかしくない。間違ってなんかない。
  御主人が全ての生命の安全の為にサンダウン・キッドを捕まえようとするのは、何一つ間違って
 いない。むしろ正し過ぎる。
  間違ってるのは、今、俺の眼の前で御主人のスカーフに頬ずりをしていた、この茶色い変態だ。

  俺が、色々な事にショックを受け、真実の眼を開かされたその次の日。
  俺の首にスカーフが巻かれていない事について、俺は御主人から散々責められた。
  そしてその後ろでは、何食わぬ顔で、窃盗犯が葉巻をふかしていた。