「あんた、強いのか?」
「お前こそ。」

 若い賞金稼ぎの問いかけに、サンダウンはうっかり言い返してしまった。
 やれやれ、と顔を覗き込めば、サンダウンから何らかの反応を引き出した賞金稼ぎは、にんまりと
笑っていた。




High Card





 伏せられたカードを前に、サンダウンは己の浅はかさを呪う。自分は存外もう少し思慮深いほうだ
と思っていたが、どうやら違うらしい。それとも、眼の前にいる賞金稼ぎが策謀長けているのだろう
か。
 どういうわけだが、賞金稼ぎマッド・ドッグとカードゲームに興じるはめになったサンダウンは、
いや、どういうわけか、ではないな、と溜め息を吐く。
 切欠ははっきりしている。
 サンダウンがまずい事をマッドに言ったからだ。



 賞金稼ぎマッド・ドッグが、サンダウンを捕まえようとしつこく追いかけて回っている事は、西部
にいる人間にとっては周知の事実だろう。
 そして本人達にとっては、いちいち何度邂逅したかなど覚えていないくらいに、荒野で遭遇してい
る。追いかけている云々の話ではなくなりつつある状況で、サンダウンはマッドに問いかけた。

「楽しいか。」

 危機として銃を抜く賞金稼ぎは、にんまり顔で答える。

「ああ、楽しいね。」

 自分よりも強い連中を追い詰めて撃ち落すのが限りなく楽しいと言ってのける、サドでもマゾでも
なく、ただただ根っからの猟犬気質の男に、サンダウンは、そうか、と答える事しかできない。とい
うか、どんな答えが返ってきても、サンダウンには、そうか、という答えしか返せない。気の利いた
返しなど、マッド相手はおろか、女相手にもできた試しがないのだ。
 むっつりとした返事を返したサンダウンとは対照的に、マッドは軽やかにサンダウンに聞き返す。

「あんたは楽しくねぇのか?」
「ああ。」

 即答した。
 これがいけなかった。
 あ、と思った時には、たった今までにんまりしていたマッドの表情は一瞬で翻り、額に青筋を浮か
べた怒りの形相となる。

「んだと?てめぇ、この俺様との決闘がつまらねぇだと?」

 いや別につまらないとは言っていない。というかその前に、サンダウンには決闘を楽しむような嗜
好はない。趣味が違う以上、楽しい事と楽しくない事に差があるのは仕方がない事だろう。
 けれども、サンダウンの言い訳が声になることはなかった。そもそもサンダウンは、思考回路と口
が直結していないのだ。なので、思った事が言葉になるのに時間がかかる。
 一方で、明らかに思考回路と口が完全別稼働のマッドは、考えるよりも先に――たぶん、何も考え
ずに喋っている、とサンダウンは思っている――怒り狂った言葉を吐き始めた。

「あれか、てめぇほどの銃の腕があったら、よほどの相手じゃねぇと楽しくねぇってか?でもって、
この俺だと役不足だってか?言っとくけどな、てめぇみたいな逃げてばっかりの変人の相手をしてや
るのは、この世でこの俺くらいしかいねぇんだからな。そこんところをよくよく理解してから、言い
やがれ。俺は、むしろてめぇに感謝されて然るべきなんだぜ。」

 一瞬で吐き出された台詞に、サンダウンはどうやったら瞬く間にこれだけの言葉を生産できるのだ
ろう、と今の状況では間違いなくどうでも良い事――そして口にしたならますまsマッドの怒りに火
を注ぐであろう事を考える。

「なんとか言いやがれ!」
「………。」

 無言のサンダウンに、マッドが無茶ぶりを仕掛けてきた。

「大体、銃以外にあんたが何で勝負できるってんだ、ああ?まさかその顔で、祭り縫いの速さ勝負と
かじゃあねえだろうな。」
「………どこからそんな勝負が出てきた。」
「適当に言ってみただけだ。で、あんた、何だったらできるんだ。」



 そういう事で、マッドとサンダウンは対面でカードを見合っているわけである。
 ギャンブラー達が最も好むカードゲームが名前に挙がったのはどういうわけだったか。単純に、こ
れなら誰にでも出来るだろうと、マッドが提案したのだったか。
 もはや考える事を薄らと放棄しているサンダウンは、どうやら機嫌が戻ったらしいマッドが、嬉々
としてカードを捲っているのを見る。

「………得意なのか。」

 先程を同じような意味合いの質問をする。
 すると、マッドが顔を上げて再び問い返す。

「あんたこそ。」
「………どう思う。」

 今度は、聞き返した。
 マッドは、サンダウンの問い返しににやりと笑う。
 
「そうだなあ。あんたは表情が変わらねぇから、そういった意味では得意だろうな。けどよ、他人と
のやり取りが下手だから、別の意味では苦手だろうよ。」
 
 例えば、と、すうとマッドの表情から表情らしきものが掻き消える。ただ、黒々とぽっかり空いた
眼だけをサンダウンに向け、
 
「今、俺が何を考えているか、分かるか?」
 
 変幻自在の顔。マッドの顔事態が別の何かに変わるのではないから良いが、それにしてもさっきま
で騒いでいた人間とは別人だ。
 サンダウンは、舌打ちしたい気分になったが、それを喉元で押しとどめる。
 だから、楽しくないのだ。
 マッドの無表情が、次第に再びにんまり顔に変わる。つき先頃の怒り顔も、無表情も掻き消して。
マッドの表情はあまりにも多すぎて、普段はそれが正直にマッドの思考を示していると知っているの
だが。 
 マッドの思考回路と、舌先は完全に独立していると思ったが、表情も同じだ。表情も、思考回路と 
は完全に切り離されている。
 だから、楽しくないのだ。
 マッドとのやり取りは、例え現実問題勝てたとしても、精神的には完璧に負け戦なのだ。
 一度として完全な本心が、分かった試しがない。
 カードを掻き集めたとしても、てんでばらばらな物ばかりを集めている気分だ。