男が悲鳴を上げた。
  銃を弾かれ自らの力を誇示する術を失った男は、無様に尻もちをつき、後退りする。
  ずりずりと砂が脚やら手に付くのも構わず、口から唾を飛ばし、命乞いするような言葉を連続さ
 せる。
  許してくれ俺が悪かったお前も分かるだろあんなに金があるんだ少しくらいそのお零れを貰った
 っていいじゃないか。
  サンダウンが聞いてもいない台詞を喚き続け、自衛のために腕は宙を掻く。悪名名高い列車強盗
 爆発犯が聞いて、呆れる。

 「ひっ………。」

  無言で額に押し込められた銃口に、情けない呼吸が洩れた。
  だがその呼吸は、続け様に吐き出された銃声によって掻き消された。




 
 繋いだ手なら離さない





  荒野に無残な姿で転がった男に、サンダウンは冷たい一瞥をくれる。
  サンダウンが撃ち殺した男は、最近立て続けに起こった列車強盗の主犯だった。その手口は悪辣
 どころか、残酷としか言いようがない。列車に爆弾を仕掛け、乗客達を脅し金銀を奪った挙句、若
 い女達を凌辱し、最後は仕掛けた爆弾を爆破させるのだ。自分の身に危険が迫れば、仲間を平然と
 売り飛ばす。その手口と被害の大きさからその首に掛けられた賞金額は昇り続け、今では4000ドル
 を越えている。
  そして、今、マッドが追いかけている賞金首。
  名前だけは知っていた。だが、取り立て興味を引く存在ではなかった。昔の自分が内側で喚き立
 てているが、それを押し込めてしまえば、自分とはまったく関係のない存在だ。しかし、数日前、
 うらぶれた酒場で耳にした言葉が、あっさりと行動を翻させた。

 『また、あの列車強盗の賞金が上がったってよ。』
 『ああ、なんでも4000ドルを超えたらしいな。このままだとサンダウン・キッドの5000ドルを越え
  るんじゃねぇか?』

  ひそひそと囁かれる内容に微かに反応してしまったのは、自分の名前が出たからにすぎない。本
 来ならそのまま聞き流してしまうはずだった会話を、聞き続けたのは出てきたもう一つの名前の所
 為だ。

 『マッド・ドッグの奴が狙ってるらしいな。もう手下の何人かは捕まえてるらしいぜ。』
 『あいつ、サンダウンを追ってるんじゃなかったか?』
 『さぁ………?諦めたのかねぇ………?』
 『ま、別に賞金首なんざ大勢いるんだ。サンダウンを追いかける必要もねぇしな。』

  それっきり別の話題に映った男達を置き去りに、サンダウンは酒場を立ち去った。
  しかし頭の中では凄まじい勢いで様々な思惑が駆け巡っている。
  男達の言葉に思い当たる節がなかったわけではない。ここ最近、姿を見ていないという事実が、
 じりじりと迫ってくる。
  マッドが、サンダウン以外にも賞金首を追っている事は知っている。彼は賞金稼ぎだ。そんな事
 は当然、承知している。
  しかしどれだけ大勢の賞金稼ぎを追っていても、サンダウンの気配が迫れば、どんな時であろう
 ともその熱をサンダウン一点に向けてやって来る。
  マッドは、何が起きても、サンダウンを引き剥がそうとしないはずだ。
  それは、無言のうちに取り決められた契約だ。

  それが、諦めた、と?
  サンダウンを諦めて、他の高額の賞金首を追うようになった、と?

  冗談ではない。
  あれほどまで執拗に追いかけておいて、あれほどまで鋭い熱でサンダウンを世界に繋ぎ留めなが
 ら、勝手にそれを振り解くなど、許せるはずがない。一方的な契約破棄を黙って見過ごしてやるほ
 ど、サンダウンは優しい人間ではない。仮にその契約が、サンダウンが勝手にマッドに背負わせた
 ものだとしても。

  マッドを見かけなくなったのはいつからだ?
  一週間、二週間、それとも、もっとだろうか。
  最後に姿を見た時、彼は特に変わりなかった。
  では、サンダウンを追うのを止め、列車強盗に心変わりしたのは、いつからだ?
  その列車強盗の何が、お前の琴線を捉えた?

  サンダウンが列車強盗を追いかけたのは、もはや、保安官時代の影を引き摺ったからではない。
  彼が追う男の影を、消し去りたかったからだ。




  マッドよりも早く見つけた列車強盗は、人間の最も醜い部分を寄せ集めたような男だった。だが、
 醜いという点では、サンダウンも負けてはいない。たった一人の人間の眼を、再びこちらに向ける為
 に、その醜い男を殺すのだ。サンダウンのほうが、もっと醜くて、罪深い。

  ―――お前が追いかるような男ではない。

  あれだけの事をしておきながら、最期は命乞いを口にし、無様な姿を見せつけた男。
  マッドがその手を伸ばすような男ではない。
  手を伸ばすようならば、それよりも早くその手を掴んで引き寄せる。
  他の人間に、その手を伸ばす様など見たくもない。
  マッドが心底追いかけるのは、自分だけで良いのだ。
  目移りするなど、ましてやサンダウンを諦めて手を離すなど、あってはならない。
  傲慢すぎる指先は、何が起きてもその手を離さないし、離そうものならきっと殺してでも繋ぎ留めるだろう。

  誰を追いかけたとしても、最後は私に戻れ。



  乾いた大地に、激しい馬蹄が響き、サンダウンの背を打つ。
  灼熱よりも尚高い熱が、爆ぜるように広がった。
  振り返らずとも分かる。
  突き抜けて黒い影が、全世界を背負って、サンダウンにその手を伸ばす。







 




 
 
 
   






TitleはB'zの『愛のままに我儘に僕は君だけを傷つけない』から引用