クリームシチュー。クリームコロッケ。フレンチトースト。ミルクゼリー。玉ねぎと海老のグラ
 タン。プレーンオムレツ。野菜のキッシュ。ババロア。鮭とほうれん草のホワイトパスタ。ヨーグ
 ルトケーキ。スクランブルエッグ。

  マッドはここ数日。実に色々な卵料理と牛乳料理を作ってきた。この世にある全ての卵と牛乳を
 使った料理を制覇したんじゃないかと思うくらいだ。
  その甲斐あってか、見渡す限り白の世界を見せつけていた大量の牛乳と卵の数は、かなり減った。

  しかし。

  マッドはちらりとソファでごろごろとしているサンダウンを見やる。
  これだけ卵と牛乳料理が続いて、何も思わないのか、このおっさん。





  Eggnog






  マッドは牛乳入りの紅茶を呑んで、やっぱり甘いな、と顔を顰めた。
  マッドは基本的には紅茶には何も入れない。そんな事をしたら、折角の茶葉の匂いが分からなく
 なってしまうと言うのもあるし、何よりも牛乳を入れたらその分甘みが増してしまう。
  決して甘いものが苦手ではないけれど、それほど好きでもないと言うのが正直なところだ。
  けれどもサンダウンは、マッドが普段は避ける、所謂ミルクティというものをいつも平気な顔を
 して――髭面のおっさんの癖に――飲んでいる。
  というか、この男は紅茶にもコーヒーにも牛乳を入れる。
  牛乳がなくては飲めないのだと言うように。
  その男は、連日繰り返される牛乳料理に、特に何の疑問も抱いていないようだ。
  確かに食わしてもらっている身としては文句を言える立場にないのかもしれないが、しかし牛乳
 料理の連続に気付いている気配もないのは何故だ。
  いくらなんでも分かるだろう、疑問に思うだろう、付き纏う牛乳の存在を。
  卵は毎日食べるものだから良いとしても、牛乳は毎日飲んでも三食みっちり料理として現れんだ
 ろう。 
  延々と続く牛乳料理に文句一つ言わずに平らげる男に、マッドはある意味感嘆の念を込める。そ
 れどころかサンダウンは、連日続く牛乳料理に文句一つ言わない事に不信を覚えたマッドが、『お
 前何か思う事があるんじゃねぇのか。』と問うたところ、『美味い。』と平然と返してのけた。
  どうやらこの現状に文句は微塵も持っていないようだ。

  牛乳をストレートで飲み干すおっさんは、そもそも牛乳自体が好きなのだろう。
  いやそれ以前に、このおっさん、牛乳なしで物を食べる事できんのか。
  むくりと湧き起こった疑問に、マッドは首を傾げる。

  紅茶にも入れていた。コーヒーにも入れていた。というか、サンダウンの手に掛かった紅茶とコ
 ーヒーは牛乳を入れたと言うよりも、牛乳の紅茶、或いはコーヒー割りである。要するに、牛乳の
 割合のほうが高い。
  お前それ意味あんのかと、小一時間問い詰めたくなる液体を呑み干す男は、きっと己の所業に一
 滴の躊躇いもないに違いない。
  きっと、パンを牛乳に浸して食べる事が正式の食べ方になっているに違いない。苺とか果物も牛
 乳にどぶ漬けして食べるんじゃないのか、おっさんのくせに可愛らしい。
  その様子をうっかり想像して、マッドは薄気味悪くなって慌てて打ち消す。
  いやいや、いくらなんでもそこまではしないだろう。なんでもかんでも牛乳入りで食べたり飲ん
 だりしないはずだ。
  サンダウンは酒も好きだけれど、酒には牛乳を入れずに単体で飲んでいるじゃないか。
  もぞもぞとソファの下からバーボンの瓶を取り出す男の姿に、なんでこんなに無精なんだと腹を
 立てつつもほっとする。
  だらしなく寝そべって酒瓶を傾けるサンダウンに近寄り、マッドは苦々しげにそれを見下ろした。

 「おい、寝そべって飲むんじゃねぇよ。」

  零したらどうするんだ、と詰め寄るとサンダウンはようやく酒瓶から口を離した。
  しかしだらしない事に変わりはない。
  こいつと一緒に暮らす女は大変だなと――既に四日間一緒に暮らしている自分自身の事は棚に上
 げ――マッドはサンダウンが腹の上に掛けている毛布を奪い取る。

 「てめぇの食べ零しの所為で黴が生えねえ内に、干してやるよ。」

  そう言ってエプロンを着けたまま――最近では外している時間のほうが短い――マッドはエプロ
 ンの紐をひらひらとさせて、毛布を抱えて物干しのもとへと向かう。
  その後ろ姿を眺めてから、サンダウンは台所にある卵と牛乳に視線を巡らせる。
  そしてその手の中にはバーボン。
  いや、酒は別に何でも良いのだ。必要なのは、卵と砂糖と、そして牛乳と。
  マッドを見れば、物干しに毛布が変に引っ掛かったのか、四苦八苦しているようだった。
  それを尻目に、サンダウンは懐いていたベッドから身体を引き剥がし、のそのそと台所に近づい
 ていった。




  ようやくマッドが毛布を干し終え、部屋の中に戻って来ると、先程までサンダウンが転がってい
 たソファは空っぽになっていた。
  やっと活動を開始したのかと思って部屋の奥を見れば、そこには台所を占拠している図体のでか
 い男の姿があった。
  この四日間食事を作ろうともしなかった男が何をしているんだと思い、マッドが眼を凝らして見
 れば、グラスになんだか怪しげな液体が注ぎこまれている。
  ふわふわとしたクリームイエローの液体からは、ほんのりとした甘い匂いと、僅かなアルコール
 臭が漂っている。
  一瞬脳裏を過ぎった名前に、マッドはしかしぶんぶんと首を振って打ち払う。
  が、その拍子に図らずとも眼に入れてしまった卵の殻で、己の予想が当たっていた事を証明して
 いた。
  しかしそれでも最後の望みを懸けて、黄色の液体を作りだしたサンダウンに問い掛ける。

 「キッド……そりゃ、なんだ?」
 「………エッグノッグだ。」

  マッドの予想通りの言葉を吐いた男に、マッドはくらりと目眩がした。
  エッグノッグとは、クリスマス時期に良く飲まれる卵と砂糖と牛乳を混ぜ合わせた飲み物の事だ。
 クリスマス時期でなくとも、風邪などを引いた時には栄養補給として飲まれる事もある、所謂卵酒
 のようなものだ。そしてそれには、ブランデーやウィスキー、ラム酒を混ぜる事もままあるが、し
 かしそうではなく。
  確かにこれはアルコールと牛乳を混ぜ合わせたレシピとして古くからあるものだがしかし。

 「あんたの中には、牛乳と切り離して考えられる食材ってないんか!」

  牛乳と卵のアルコール割りで満たされたグラスを平然と傾ける男に、マッドは吠えた。





  アルコールが牛乳のお供になった事を邪道だと吠えるマッドは知らない。
  これより遥か未来、カルーアミルクなるアルコール飲料が生み出される事を。