帳尻合わせは唐突だった。いや、帳尻合わせと言うには、少しばかり悲劇が多分に含まれていた。
それは、『前』と大きく変えてしまった代償なのか、マッドには分からない。
 まず、ビリーが家出した。本来ならサンダウン・キッドに憧れるはずだったあの子供は、賞金稼ぎ
に憧れるようになり、賞金稼ぎの後を追って街を飛び出した。狼狽える元保安官をサンダウンが宥め、
追いかけるために別の賞金稼ぎ達が馬の準備をしていた時、悲報は届いた。ビリーが追いかけていっ
た賞金稼ぎごと、あの正義に目を輝かせた少年は、クレイジー・バンチの波に飲み込まれた。彼らは
偶々、クレイジー・バンチが馬車への略奪行為をしているところに行き合い、巻き込まれたのだ。生
き残ったのは馬車の御者だけで、命からがら逃げてきた男の口からその悲劇は語られた。
 ぐらりと崩れ落ちた元保安官は、誰にも支えられることなく、ただただ嗚咽を漏らした。その隣を
マッドはするりと通り過ぎる。

「マッド。」

 サンダウンがその背に声を掛けてきた。何をするつもりだ、と問う男にマッドは振り返らずに答え
た。

「死体はそのままだろう。探してくる。あんたは死体を入れる馬車の準備でもしてな。」

 荒野で倒れた連中の死体など、そのまま干からびるかコヨーテか狼か取りだかに食い散らかされる
のが世の常で、マッドも自分が死んだ時はそうなるだろうと知っている。けれども、ビリーはそんな
事、考えもしなかっただろう。自分が死んだ時のことなんて、欠片も思わなかったに違いない。死を
覚悟できるほどの年齢ではなかったはずだ。
 そういえばあいつは一体何歳だったのだろう、とマッドは『今』ではほとんど顔を合わせる事がな
かったビリーの事を考える。クレイジー・バンチが現れたということは、『前』に会った時と同じく
らいの年齢にはなっていたのか。
 マッドはゴールドの手綱を取り、他の賞金稼ぎを数人引き連れて、御者から聞いたクレイジー・バ
ンチに襲われた場所を目指す。行く途中、賞金稼ぎが少し驚きを含んだ声でこう言った。

「あんたが、死んだ奴の死体を探しに行くなんて。」

 死んだらそれまで。それは賞金稼ぎなら誰もが思っている事だ。だが、

「賞金稼ぎなら同じ穴の貉だ。放っておくさ。だが、ガキの死体は、寝覚めが悪ぃ。」
「ああ、あのガキ。」

 合点がいった、と言うように賞金稼ぎ達は頷く。ビリーもビリーで自業自得なのだが、それを口に
するほど自分達は人でなしではなかったようだ。そのことに、マッドも少しばかり驚く。

「親父のほうは立ち直るかね。」
「さあな。」
「一人っきりのガキだろう。でかくなってりゃ割り切れる事もあるだろうが、まだまだチビッ子だっ
た。」
「…………。」

 そこまでは、マッドは知らない。ただ、元保安官の中で溜まった何がしかの感情が、クレイジー・
バンチに向かった時、何が起こるだろうかと考えた。 
 その後、乾いた草むらの少し窪んだところで、打ち捨てられた馬車を見つけた。その周りに荷材と
ともに散らばる死体も。三人の見知った賞金稼ぎと、商人風の男、そして少年。埃まみれで、中には
馬に踏み散らかされたのだろう、身体がおかしな具合にねじ曲がっているものもあった。

「連中は、いないか。」

 マッドは予断なく周囲に目を光らせながら、死体に近づく。幸いにして、クレイジー・バンチはこ
の獲物達はしゃぶりつくした後らしく、影も形もなかった。
 ついてきていた賞金稼ぎ達が何人か、街に戻っていく。死体を運ぶための馬車を呼びに行ったのだ。
 マッドはその場に残り、ゆっくりとビリーに近づく。動かない。ビリーの顔を思い出そうとして、
失敗した。見下ろした子供の顔は、埃だらけで良く分からない。この世界では、ほとんど話したこと
もない、子供の一人だ。見れば手がおかしな方向に捻じれている。連中にやられたのか、それとも馬
に踏まれたか。マッドは膝をつき、その腕を下の位置に戻す。ぽきり、と乾いた音がして、真っ直ぐ
に戻った。
 それから馬車がきて、その荷台に死体を詰め込んで、死体でいっぱいになった馬車の後について、
街に戻った。
 街に戻ると、葬儀の準備が整っていた。死体を清めるために葬儀屋が死体を連れて行く。父親であ
る元保安官がすすり泣きながら葬儀屋の腕に抱かれたビリーに取りすがる。それを遠目で、おそらく
葬儀の手配をしたのであろうサンダウンが、眺めていた。



 次は、酒場のマスターが酒の買い付けに向かった時に起こった。買い付けについていったのは、ア
ニーの兄だったが、それもやはりクレイジー・バンチに襲われた。ビリーの葬儀の数日後のことだっ
た。ビリーの事があったから、と護衛を雇っていたのだが、それごとクレイジー・バンチに食い散ら
かされた。
 その悲報を一番最初に知る羽目になったのは、マッドだった。アニーから、マスターと兄が酒の買
い付けに行ったっきり帰ってこないと訴えられ、探しに向かったのだ。その時から、薄々と嫌な予感
が腹の底に広がっていた。そしてそれは、打ち壊された馬車を見て現実のものとなった。ビリーの時
と同じ、蹴散らされた荷材と、その中に崩れる人の身体。銃を抜いているのは護衛のものだろう。酒
箱に寄りかかるように、酒場のマスターと、そしてアニーの兄が倒れていた。事切れているのは、す
でに分かっている。
 手口は、ビリーの時とほぼ一緒。落ちていた薬莢も、ビリーの時と同じもの。珍しいガトリングの
弾。
 世界が変わって、クレイジー・バンチはサクセズ・タウンを搾取できなくなった。その腹いせか、
サクセズ・タウンの生き残りに今まで以上の悲劇をぶちこもうと考えているのか。だから、やり口が
『前』よりも凶悪化しているのか。サクセズ・タウンの搾取に留まらず、やみくもに何もかもを撃ち
殺すような、やり方に。
 マッドはその場に背を向け、街に戻る。死体を運ぶには馬車が必要だ。それを、呼びに行かなくて
はいけないからだ。そしてその際に、アニーには起きた事を話さなくてはならないだろう。気が滅入
りはしないが、諸手を挙げてやりたい仕事でもない。
 ゴールドを駆けさせ、死体が食われないうちにと急ぐ。アニーに話すよりも先に馬車と護衛用の賞
金稼ぎに話をつけ、死体のもとに向かわせてから、アニーに話をする。
 話をした瞬間に、アニーの顔から血の気が失せ、そのまま仰向けに倒れた。咄嗟にマッドが支えな
ければ後頭部を地面に打ち付けていただろう。慌てふためく酒場の従業員にアニーを任せ、マッドは
サンダウンのもとに向かう。
 サンダウンも、薄々何かに気づいていたのか、保安官事務所でマッドを待っていた。

「よお。」

 マッドはひらりとサンダウンに片手を上げて見せ、

「クレイジー・バンチの賞金額って、どうなってる?」
「値上がりし続けているな。今で、四千六百ドル。」
「へえ………。」

 もう少しで、『前』のサンダウンと同じ金額だ。そうやって、帳尻が合わせられていくのだろうか。

「酒場のマスターと、アニーの兄貴が殺されたぜ。」

 言ってやると、サンダウンの眼が少しばかり見開かれた。流石に、誰が殺されたかまでは予想して
なかったのだろう。
 そんなサンダウンに、マッドは掌を突きつける。

「寄越せ。」
「……………?」
「クレイジー・バンチの手配書だ。寄越せ。」

 これ以上の帳尻合わせは、不要だった。
 もしもこれ以上の事が起こるというのなら、次に死ぬのは元保安官か、アニーか、それとも『今』
は会う事のなかったサクセズ・タウンの誰かか、それとも目の前にいるサンダウンか、マッドか。
その、どれもこれもが、マッドには御免被るものだった。
 もしも、サンダウンが賞金首にならないためには、これだけの犠牲が必要だというのなら、それも
全力で否定してやりたいものだった。
 マッドはサンダウンの手の中からクレイジー・バンチの手配書をひったくる。
 手配書の中では、『前』と同じO.ディオの顔がにやついていた。