マッドがクレイジー・バンチの痕跡を見つけられないまま、いくつかの帳尻合わせが立て続けに起
こった。
 一つは、サクセズタウンのマスターとアニーが、サンダウンのいる街に現れた事。既にその街に存
在している酒場で働き始めた二人は、マッドりが教えた他の街にも行ってみたそうではあったが、ど
うも空気が合わなかったらしい。特別治安の悪い街ではなかったが、しかしアニーが何度が男に絡ま
れたした事もあって、そうそうに見切りをつけていったらしい。
 言ってはなんだが、ちょっと男に絡まれた程度で逃げ出していては、行く宛なんぞなくなってしま
う。そう思ったマッドを察してか、付き纏われたんだよ、とアニーは口を尖らせた。ひょろい男だっ
たが、いっちょ前に銃を持っていた。アニーに会う時はいつもその銃をちらつかせて、虚勢を張って
いた。随分と口説くのが下手な男だ。銃は力の象徴だが、嫌う女だっている。アニーは銃そのものを
嫌いはしないだろうが、好きでもない男が銃をちらつかせていく先々に現れたなら、それはぞっとし
ないだろう。男が付き纏っているというだけでは、保安官は動いてはくれない。アニーが昔からその
街に住んでいるならば話は違ったかもしれないが、新しくやって来た女の言い分はあっさりと流され
てしまった。止まらない男の付き纏いにマスターもアニーも恐怖を感じ、街を転々としてきたのだと
いう。

「この街にもやって来るかも。」

 そう、暗い眼をして呟くアニーに、マッドは首を竦めて、件の男の様相を聞く。ちょっと賞金稼ぎ
連中とサンダウンに情報を流しておこう。その後、身の程知らずなひょろい男が、賞金稼ぎに馬で追
いかけまわされて泣きながら何処かに駆け去って行ったとかいう噂話を聞いたが、マッドにはどうで
も良い話だ。
 二つ目は、サクセズタウンの保安官とビリーも、この街にやって来た事。保安官は保安官を引退し
て、元保安官になっていたが。一応、そこそこの退職金をもらえたらしく、駅馬車が何かをやって、
のんびり暮らそうか、なんて事を言っていた。
 じわりとサンダウンの元に集まる『前回』の世界の住人達。この四人以外の姿はまだ見ていないが、
クレイジー・バンチとの戦いの場面が、サクセズタウンからこの街に変わっただけという事だって有
り得る。
 奴らがその姿を見せ始めたのは、本当にいつ頃だったのか。サクセズタウンでのサンダウンとの共
闘がいつだったのかは、分かっている。それはマッドが死んだ時と同じだからだ。その時まで、まだ
四年近い年数がある。しかし、それが早まる事は、ないのだろうか。
 マッドは、それはないだろうと思っているが、それは決して確定ではないのだ。何せ、既に色々な
出来事が変化してしまっている。クレイジー・バンチに関しても、変化している可能性は多大にある
のだ。

「マッド。」

 珍しい事にサンダウンが話しかけてきた。これまでは、物言いたげな視線を煩いくらいに飛ばして
くるだけだったのに。
 酒場の一角を一人きりで占領しているマッドの前に、のっしりと座り込む。『前』なら賞金稼ぎと
賞金首が顔を付き合わせて酒を飲むなんてどういう状態だと周囲から好奇の眼差しで見られただろう
が、『今』のサンダウンはまだ保安官のままだし、別に関係も悪いものではない。だから、せいぜい
マッドに何か頼むことでもあったのか、程度で済ませられる。尤も、サンダウンが頼むほどの事なん
てどんな事だろう、と詮索されかねないが。
 いずれにせよ『前』よりは大分大人しい周囲の視線を払いのけ、マッドは顔を上げる。サンダウン
のスカイブルーの眼が、むっつりと不機嫌そうだ。随分と感情豊かになったものだ。表情は変わって
いないが眼が雄弁に何事かを語っている。それに気が付いたのは『今』になってからだ。『前』もそ
うだったのだろうか、と記憶を辿ってみるが、思い出せない。
 マッドが覚えている『前』のサンダウンは、砂色の髪と空色の眼だけを持って静かに佇む荒野の化
身だった。

「………クレイジー・バンチとやらについて調べてみた。」

 口を開かないマッドに代わって、先にサンダウンが話し始める。『前』のサンダウンなら、こんな
事はなかった。サンダウンは、マッドが話に任せて黙り込み、時折思いついた時にのみ相槌を打つ程
度だ。此処にいるサンダウンは、マッドが覚えているサンダウンではないのだな、と今更ながらに思
った。

「何か分かったのか」
「…………いいや。」
「だろうな。」

 サンダウンの言葉に、分かっていたとマッドは頷く。マッドの情報網にもクレイジー・バンチは捕
まっていない。まだ、存在していないのか。それともこの先も存在しないのか。

「第七騎兵隊。」

 マッドは、呟くように告げる。何、とサンダウンが首を傾げる。

「そっちの生き残りが本命かもな。」
「………カスター隊は全滅したはずだが。」
「他の部隊は生き残ってるのがいたはずだろうが。それと、カスター隊も人間以外では生き残ってる
のがいるかもな。馬とか。」
「………馬。」
「馬ってのを甘く見るもんじゃねぇ。あいつら、人の顔は良く覚えてやがる。」
「馬が、復讐をするとでも………。」
「その程度で済めばいいな。」

 O.ディオの行動原理は一体何だったのか。あの時、サクセズタウンでは第七騎兵隊の恨み辛み憎
しみが、あの黒馬の背に乗り込んだのだという事になったのだが、その果てに街を襲うというのは、
一体どういう理屈だったのだろうか。カスター隊の恨みならばインディアンに向くべきではなかった
のか。それとも、自分達の死の裏側で、のうのうと生きている人々への怒りが、略奪という行為に結
びついたのか。

「てめぇは、街を守ることだけ考えてりゃあ良いんだ。」
「………さっきまでの、思わせぶりな台詞は。」
「半分以上独り言だ。てめぇが勝手に調べるのは止めやしねぇが、それで本業に差し支えるってのは
いただけねぇからな。」

 サンダウンの街は、今のところは平穏に満ちている。時折小競り合いは起こるが、それは街を訪れ
ている賞金稼ぎ連中が拳骨をかましてどうにかなる程度のものだ。 
 しかし、未だに自警団を結成していないのは、どうかと思う。

「いい加減に街の連中にも、自衛ってのを覚えさせるんだな。賞金稼ぎ共が手を出してんのは、気ま
ぐれでしかねぇぞ。俺達は、基本、金でしか動かねぇんだから。金にもならねぇ小競り合いの仲裁も
ならず者連中の返り討ちも、やりたくない時はやらねぇよ。」

 ならず者に賞金が懸けられていれば話は別だが、ならず者が襲ってきた時に賞金稼ぎ達が出払って
いたら、もうどうしようもない。
 気まずそうに黙り込んだサンダウンを一瞥し、マッドは立ち上がる。マッドの知るサンダウンは、
こんな表情は作らない。マッドの知らない顔をしたサンダウンに、マッドは吐き捨てる。

「俺に頼ってんじゃねぇぞ。保安官殿。」

 銀色の星が、ちらりと瞬いた。その輝きは、無視する事にした。