それから、サンダウンがこちらに物言いたげな視線を向けるようになった。妙な事を口走りすぎた
かと思わないでもないが、だからと言ってサンダウンが無言でマッドを見据えて良い理由にはならな
い。言いたいことがあれば、きちんと吐けばいいのだ。
 『以前』から、サンダウンはそういうところがあった。マッドがサンダウンの考えているところを
汲むのを待っているようなところが。
 だから、とマッドはサンダウンが治めている街の大通りを一瞥する。人でごった返した通りは、ひ
どく乱雑さを見せていたが、同時にそれは賑わいでもある。
 サクセズタウンとは大違いなその光景に、人が逃げ出さないのは保安官の手腕も大きいのだ、と思
う。サンダウンが保安官として優秀であるところは、誰もが分かっている事だろう。『今』も『以前』
も。
 だから、とマッドは改めて腹の中で呟く。サンダウンが、賞金首にならざるを得なかったのは、サ
ンダウンが必要な事を喋らないという点にも、原因があったのではないか。
 サンダウンがもっと住人達に話をしていれば、ならず者達が押し寄せたところで住人達はそれをサ
ンダウンの所為になどしなかっただろうし、自警団を組んで自分達でどうにかしようとも考えただろ
う。サンダウンがそれでも出て行こうとしたなら、何としてでも止めただろう。
『今回』はどうなるだろうか。
 サンダウンが優秀である事に変わりはない。けれども、サンダウンが保安官である今の時点でマッ
ドが既に現れている。マッドの存在は、サンダウンにどれだけの変化を齎しているだろうか。この街
は『以前』よりも平穏だろうか。強かに生きようとしているだろうか。サンダウンはこの街を守れて
いると感じているだろうか。
 大通りをもう一度一瞥し、マッドは随分と長い付き合いになった愛馬を引き連れ、街を出た。




 干し肉を齧りながら、マッドは川沿いを馬で行く。
 アメリカで金と言えば、おそらく皆がカリフォルニア州を思い出すだろうが、モンタナ州もその二
つ名を宝の州と言うくらいに金鉱脈のある土地だ。そもそも、第七騎兵隊の悲劇が起きたリトルビッ
グホーン族との戦いは、モンタナ州の金鉱脈を巡る争いの一つだった。
 グリージーグラス川沿いを歩きながら、あのインディアン側が勝利を収めたあの戦いの場は、この
近くのはずだと、マッドは周囲を予断なく見渡す。あの戦いの後、インディアンへの排斥運動は強ま
っている。戦いの責任をカスター大尉から外そうと彼の妻が躍起になっていた。夫を神格化し、イン
ディアン達からの一方的な虐殺であると誇張して回ったのだ。おかげで、今まで以上に西部はきな臭
い。インディアンは殺しても良いという風潮が高まり、むしろそれが推奨されている。その結果、イ
ンディアン達も白人に対して激しい敵愾心を抱き、攻撃的な連中はこちらを見れば襲ってくる事だろ
う。
 マッド自身は、白人にもインディアンにも興味がない。マッドは白人ではあるが、出自にいちいち
拘るつもりもない。そもそも出自に拘るのなら西部になんか来るんじゃねぇ、というのがマッドの本
心だ。西部に来る白人なんぞ、金に魅せられたか行き場を失ったかのどちらかである場合が多い。そ
んな連中に、出自もくそもない。だが、そう思えない連中がいるからこそ、今の西部の現状があるの
だろう。
 サンダウンの街は、そういった拘りが少ない場所だ。サンダウン自身が出自だのなんだのに拘って
いない所為もあるだろう。サンダウンが何処の出であるのかマッドは知らないし、興味もない。だが、
あの街にいるとインディアンに会う事もあるから、サンダウンもマッドと同じく出自には興味がない
のだろう。或いは、そういった事に縛られて、世論に縛られて、銃を撃ちたくないのか。
 マッドは、愛馬を促す。愛馬が走り出した瞬間、先程までいた場所に弓矢が突き刺さる。遠くにイ
ンディアン達の姿がちらりと見えた。齧っていた干し肉をぽいと捨て、ついでにソーセージの束も落
としてやると、それを拾うインディアンの姿が見えた。
 彼らの現状がどうであるのか、マッドは聞くところとそこから想像ができる分しか知らない。ただ、
彼らを殺すのも彼らに殺されるのも、今のところはごめんだった。
 だから、愛馬を走らせ、川を上る。インディアン達はソーセージを手に入れると、もう追っては来
なかった。せいぜい手に入った御馳走に満足していればいい。マッドはソーセージよりも、あの戦場
跡を見るほうが大切だ。
 川を上り、川から少し外れた丘陵地へ向かう。小高い丘は短い草に覆われていた。戦いが何年前だ
ったか忘れたが、一見して戦いの跡は見て取れない。草を刈り、土を掘り起こせば、吸い込んだ血の
色でも見えるだろうか。
 愛馬の背から降りて、マッドは草原を歩く。かつり、と足に何かが当たった。見下ろせば、錆び切
った鉄棒――に見えたが、それは銃身だ。草を掻き分ければ、同じようなものがぽつぽつと落ちてい
る。ブーツの先で地面を少し抉れば、潰れた弾丸が顔を覗かせた。

「てめぇは、いねぇのか。」

 やはり、というか、あちこちにある戦いの残滓を見つめ、マッドは呟く。カスター隊の直属の兵士
は全員が死んだという。『以前』は、その恨みを背負った唯一の馬がO.ディオになった。
 あの黒馬。
『今回』は、いたのか、いなかったのか。それとも、別の場所にいるのか。可能性は、ある。O.デ
ィオを誰かが別の場所に連れて行ったという可能性が。
 
「調べてみるべきか。」

 マッドは、背後でひっそりと立っている愛馬に向けて囁く。『以前』とは違い、サンダウンに手綱
を撃たれる事もないため、この愛馬とは随分と長い付き合いだ。静かに佇む愛馬は、マッドの言葉に
何も返さない。
 黒い円らな瞳でこちらを見つめる視線に、マッドは語り続ける。

「誰かが連れて行ったとしたら、誰だ。インディアンか。全滅した部隊の一頭の生き残りだ。特別な
何かがあると思って連れて行くかもな。それとも不気味がったりしねぇか。白人側だったらどうだ。
カスター隊は全滅したが、別隊は生き残っていたな。」

 そして、カスター隊全滅の責任を全部背負わされた男が。
 その男のところに、ひっそりと忍び寄っていたりはしないだろうか。
 マッドは、ゆっくりと首を振る。あくまで憶測だ。調べなくては、何も分からない。なんにせよ、
此処にはO.ディオもクレイジー・バンチもいない。悲劇が芽吹いた形跡を、マッドは見つけられな
かった。だからと言って、悲劇がなかったわけではない。
 ゆっくりとした動作で、懐から小さな緑色の瓶を取り出す。こんな乾いた場所では葉巻は火事にな
る恐れがある。だから、酒だ。
 蓋を開けて、中身をぶちまける。
 だから、どうなるわけでもない。魂とやらが本当にあるのか、マッドは知らない。けれども『以前』
の記憶を持ったマッドが此処にいるならば、少なくとも何処かで記憶は世界に留まっているのではな
いか、とは思っている。『以前』のマッドの記憶は、何億分の一かの偶然で、『今』のマッドの中に
納まった。そして此処には『以前』と同じく、誰の中にも入れずに忘れ去られるだけの記憶が、延々
と巡っているのだろう。
 ならば、その記憶の為に。
 草いきれの中に、つん、とアルコールの匂いが立ち昇った。

「行くか。」

 記憶を持ったままのマッドは、世界には留まらない。