行く宛が出来たと朗らかに笑う、記憶にあるよりも若いマスターを残して酒場を後にする。彼らが
どうなるのかはこれ以上は知ったことではない。
 酒場では何かを得る事は出来なかったので、持ってきていた葉巻を口に咥えて何処か別の街に行っ
て入用な物を調達するか、と考える。すると、サクセズタウンで酒場の他に唯一人が住んでいる保安
官事務所の扉が開いた。酒場に入る前の、薄くこちらを窺う開き方ではない。いや、こちらを窺うも
のではあったが、こそこそと隠れる態ではなかった。
 出てきたのは、保安官だった。マスターやアニーと違い、こちらは記憶にあるままの姿だ。その身
に降り積もった苦労が、随分と老けさせているのかもしれない。
 こちらを見て、どうもと手を上げる保安官に、マッドは小さく頷く。

「旅人かね?」
「いや、賞金稼ぎだ。」
「この辺りには、お尋ね者もいないだろう。」

 なんだってこんなところに、と訝し気な保安官に、昔に来たことがあって様子を見に来ただけだ、
と返す。別に、間違ったことは言ってない。昔と言って良いかは別にして、確かに『前』に此処に来
たことはあるのだ。そして、此処で死んだ。
 そういえば、『前』は墓はどうなったんだろう、と思う。大方、この町のどこかに葬られたのだろ
うが、死んだ後のことだ、どうでもいい。

「あんたは、なんだってまだ此処にいるんだ?」

 州知事から選任された保安官ならば町が終わりを告げる前に別の町に異動になるだろうし、町の有
力者に選ばれたならそれこそ最期まで付き合う必要はない。
 そう言ってやれば、保安官は首を竦めた。

「そこまで器用には生きられなくてね。町を見捨てるなんて事は、息子がいる前ではできなかった。」

 不器用な上に無意味な責任を背負う性質らしい。
 マッドは保安官に葉巻を一本差し出し、そして背を向けた。サクセズタウンには、もう用はない。
この町が、再び息を吹き返すことはないだろう。別に交通の要所というわけでもないし、金の欠片も
ない。『前』のこの町の終わりがどうであったのか、マッドは知らないが、今回は砂に埋もれて死ん
でいく運命だろう。
 ふと、これから何年か後に起こるはずだった、クレイジー・バンチの襲撃はどうなるのだろう、と
思った。
 サンダウンはまだ保安官を辞めていない。サクセズタウンは消え去る。クレイジー・バンチは、今
何処にいるのだろう。
 第七騎兵隊の悲劇は起きたから、きっとO.ディオは生まれているはずだ。死者の恨み辛みを背負
った黒馬は、荒野の何処を彷徨っているのか。
 すでに『前』とは大きく異なっている。ディオの存在がどうなっているのか、それがいつどこで萌
芽するのか、もう分からなくなっている。




「何があったんだ?」

 久々にサンダウンのいる町に行くと、少しばかり騒然としていた。手ぶらで保安官事務所を除けば、
青い目が驚いたように僅かに見開かれた。

「珍しいな。」
「何が?」
「……誰の首も持っていない事が、だ。」

 人を首狩り族か何かのように言う男に、生首ぶら下げて欲しいのか、と呆れたように返す。何処か
の部族には、自分が殺した事の証明に生首だか顔の皮だかを剥ぎ取るのがいるらしいが、ただの賞金
稼ぎが生首をぶら下げるわけもない。
 サンダウンが言っているのは、マッドが死体確認の依頼やら賞金受け取りの手続き依頼の紙を持っ
ていないという事だ。

「別に、俺だっていつも誰かの後を追っかけまわしてるわけじゃねぇよ。」

 今回は、そこまでワーカーホリックではない。もちろん、必要な分は撃ち落としているし、その必
要な分だけでも十分すぎる金額になるのだが。『以前』ほど、獲物を追いかける事に餓えてはいない。

「で、俺の質問には答えはしねぇのか。」
「………若い連中が騒いだだけだ。」
「銃を持ち出して暴れるのを、騒いだだけ、と言えんのか?」
「酒場にいた賞金稼ぎ連中がすぐに取り押さえた……あの賞金稼ぎはお前の知り合いらしかったが。」

 じろりとサンダウンがマッドを見て、ああ、とマッドは肩を竦める。知り合いの賞金稼ぎに、この
町の酒場やら宿に色々と世話になっていると、幾分誇張交じりで話した事がある。おかげで顔見知り
の賞金稼ぎ共がこの町にちょくちょくやってきて、銃を持ち出した騒ぎならば取り押さえるくらいに
はなっているらしい。

「何の真似だ?」
「何の事だか。」

 サンダウンの問いただすような眼差しを、葉巻をふかすことで躱す。確かに何かあったら頼むとい
う意味合いで連中には話したが、そこまで上手く動いてくれるとは思っていなかった。

「そういえば、自警団は?」

 結成したのか、と聞けば、サンダウンは首を振る。それが駄目なのが、分かってるのか。

「自警団の一つも作れない保安官が、町の治安に一役買ってやってる賞金稼ぎに文句を言うのか。随
分とお偉い事で。」

 皮肉をたっぷりと効かせてやれば、無表情が微かに揺れ動いた。一応、その辺りの認識はあったら
しい。何かを言おうかと悩んでいるのか、唇が幾分が震えていたが、結局サンダウンは何も言わなか
った。
 その様子を鼻で笑って、保安官事務所を出て行こうとして、ふと思いついた。

「おい。」
「?」
「新しい手配書は入ってねぇのか。」

 サンダウンの答えを聞く前に、マッドは手配書の山を漁りだす。サンダウンが呆れたような気配を
醸し出したが、無視する。

「新しいのは、特には。」
「うるせぇよ。」
「……………。」

 サンダウンがもそもそと答えるのを黙らせる。もしかしたら、マッドが見落としていただけで、昔
の手配書に紛れていたのかもしれない。
 新しいのから、色の変わった昔のものまで、ぺらぺらと捲っていく。気をつけていたつもりではあ
ったが、サクセズタウンに行った後の今とでは、気のつけようも違う。

「何を探している?」
「クレイジー・バンチ。」
「………知らん。」
「或いは、O.ディオ。」
「………聞いた事もない。それは一体どういう連中だ?」
「俺が死ぬ前兆だ。」

 言い切ってやると、サンダウンが息を呑んだ。

「奴らがこの町に現れたら、俺とあんたは奴らを迎え撃つことになるだろうよ。そして奴らの頭であ
るO.ディオを殺し終わった後、あんたは俺の心臓を撃ち抜く。」
「………………意味が分からん。」

 サンダウンは、たっぷり時間を置いた後、そう言った。

「ならず者どもを、私とお前が迎え撃つまでは理解できる。だが、その後、私がお前を殺す理由がな
い。」
「俺が、そうさせるんだ。」

 手配書には、奴らの顔はなかった。顔はろくに覚えてはいなかったが、見ればこれだと分かる自信
があった。ということは、まだ奴らは暴れていないのか、それとも賞金首にならないように上手く立
ち回っているのか。
 奴らが、そこそこ大きく賑わっているこの町を標的に選ぶかは、甚だ疑問だ。奴らは、果たして自
分達の前に現れるのか。自分達は、現れた奴らを、撃ち殺せるのか。自分は、サンダウンに銃を向け、
サンダウンから銃を向けられるのか。

「まあ、今回は、そんな事は願わねぇよ。」

 何を言えば正解なのか、という顔をしているサンダウンに、マッドは小さく呟いた。