サンダウンの守る街に向かおうとしていたらしいならず者連中の頭を吹き飛ばし、一服する。ほん
のりと漂う甘い香りに、自分の好みはまるで変わっていないのだな、と苦笑する。自分以外の誰かの
好みはどうなのだろうか、と思い、分かるわけがない、と首を一つ振った。
『今』初めて見たサンダウンの保安官姿は、『以前』のサンダウンとよりも遥かにすっきりとしてい
た。無口であるところは相変わらずだったが、髪も髭も伸ばし放題で手入れなど無意味無駄と言わん
ばかりだったのが、人前に出る事を理解しているからか、見苦しくない程度に仕立てられていた。
 あれが本来の姿なのか、とも思ったが、本来もくそもないな、と思い直した。
 どちらのサンダウンが良いのか、などマッドには分からない。マッドがサンダウンを推し量るとす
れば、それはサンダウンの銃の腕を置いて他なく、そして『今』のサンダウンと『以前』のサンダウ
ンはの技量は同じだろう。
 ただ。
 マッドは煙を一つ吐き出す。その行方を追い求めながら、サンダウンが賞金首でないのなら、銃の
技量など全くの無価値だ。マッドの心臓に入り込んだ鉛玉を、『今』のサンダウンは吐き出せないの
だから。
 マッドは葉巻を地面に落とし、ブーツの踵で火を踏みにじる。サンダウンが守る街を襲うはずだっ
た火種は、毎回毎回、こうしてマッドに踏み潰されている。
 ふと、気になった。

「サクセズ・タウンは、どうなるんだ?」

 サンダウンとマッドの、最初で最後の共闘の場。第七騎兵隊の恨み辛みを被った、あの寂れた街は、
このままだとどうなるのか。
 サンダウンがいなければ、あの街はO.ディオのやりたいがままに蹂躙され続けることだろう。住
人の最後の一人がいなくなるまで。それが、今回の世界の流れになるのだろうか。それとも、マッド
一人で行くことが正しいのか。
 いや、正しさなんぞないのかもしれない。
 マッドは、サンダウンに手綱を撃たれない事によって、随分と長く付き合っている愛馬の馬首を翻
す。こんな状態で、ぐだぐだと考えても、それこそ時間の無駄だ。サンダウンの街は、マッドがなら
ず者を撃ち抜いているおかげで、ここしばらくは平和だ。ならば、マッドがいない間に街が襲われた
ところで、サンダウンの所為で、とはならないだろう。
 もしもなるとすりゃあ、よほどの大群が押し寄せてきたら、だな。だが生憎と、そんな大群の芽は、
マッドに摘み取られている。だから、マッドが少しの間離れて、サクセズ・タウンに向かう事に問題
など何一つとしてなかった。




 結論から言えば、サクセズ・タウンは、既に、ほぼほぼゴーストタウンと化していた。『以前』マ
ッドが訪れた時よりも寂れていて、あと二組の家族が立ち去れば、この街は砂に飲まれるだろう。
 二組――酒場のマスターとアニーの兄妹、それと保安官とビリーの父子だった。彼らが家と兼用し
ている酒場と保安官事務所以外は、扉の隙間に砂が入りこんでいた。
 サンダウンと最期の撃ち合いをした酒場の前の広場は、タンブル・ウィードの山が溜まりこんで、
この広場に人が足を踏み入れる事も稀なのだという事を語り続けている。
 栗色の愛馬は、随分な歳になりつつある。しかし思慮深そうな眼差しは『以前』の愛馬達にはなか
ったものだ。そういえば、サンダウンの馬も同じような眼差しをしていた。荒くれ馬を好む自分にし
ては、こういった馬を選ぶ事も、それに長く乗り続ける事も珍しい。
 好みは変わらない、と思っていたのだが、存外違うものなのだろうか。愛馬の鼻先を軽く叩き、酒
場の前に手綱を繋ぐ。
 保安官事務所の扉が薄く開き、そこに子供の顔が覗いていた。記憶にある顔よりも、かなり幼く見
えるのは、今回はずっと早くにこの町を訪れたからだ。まだ、よちよち歩きのビリー・ボーイ。今、
マッドを見たところで、次に会う時――あればの話だが――には覚えていないだろう。
 話しかける必要もないので、マッドはそのまま酒場に滑り込む。火の気などほとんど感じられない
カウンターの奥には、酒瓶はほとんど置かれていない。ごそごそと箱の中に物を詰めていた男――こ
れまた、マッドの記憶の中にある彼よりも若い――は、はっとして顔を上げた。

「すいません、お出しできるものは、ほとんどないんですよ。」

 きまり悪げに呟くマスターの言葉を無視して、さくさくとカウンター席に座ると、それでも水だけ
は出してきた。

「辞めちまうのか。」
「ええ。人のいない街ですしね。もうちょっとしたら、私らも別の街に行こうかとおもってるんです。
当てがあるわけじゃないんですけどね。でも、此処で暮らしていくことは難しいでしょうし。」

 妹もね、とちらりとマスターが視線を外す。視線の先を見れば、まだ女になり切れていないアニー
が、兄と同じように箱に色々なものを詰め込んでいた。こちらを警戒するように見ている彼女を一瞥
し、薄汚れたグラスの中に入れられた水を眺める。

「何かあって、人がいなくなったのか?」
「いやあ、違います。よくある、ゴールド・ラッシュの波が引いてしまって、人が来なくなったって
いう街の一つですよ。一時は近くの鉱山で金が採れたんですけどね。列車を引こうなんて話もあった
くらいには賑わったんですけど、金なんかあっという間に掘りつくしちまって。そうなっちまえば、
他に何かあるわけでもなし、人がいなくなるのも早かった。」

 それでも、以前は西の果てに向かう旅人達がやってきたものだが、ここ数年はそれもなくなり、な
らず者もやってこない。
 宿は真っ先に店じまいし、若者達もゴールド・ラッシュの波を追いかけて西に向かった。

「うちも、妹がそろそろ長旅できそうになったんで、どこかの街に行こうと。」
「簡単には行かねぇぜ。」

 出鼻を挫くつもりはないが、念の為にそう言っておいた。長旅云々ではなく、当てもなく流離う事
が、だ。根無し草のマッドでさえ、定期的に街に立ち寄って、顔馴染みに会って、ホテルに泊まる。
それさえしなかったのが、サンダウンという男だ。街には食料などの必要最低限を買うためだけに立
ち寄り、何物にも寄らず、乾いた土の上に横たわる。
 そんなことが、マスターとアニーにできるとは思えなかった。金も少なく、知り合いもいないとな
れば、猶更。
 分かっているよ、とマスターが伏し目がちに呟く。
 けれども、他に方法はないのだ。この街と共に砂に還るには、マスターにもアニーにも、まだまだ
命の残数があった。
 どこか良い場所を知らないかい、と切実に問うてくる男に、マッドは何と答えればよかったのか。
あまりにも嫌な予感が、ひたひたと後頭部を叩くのに、マッドは目を瞑れば良かったのか。マッドが
捻じ曲げたはずの世界が、どうにかして帳尻を合わせようとしているような気がした。
 マッドはマスターの問いにはすぐに答えず、葉巻に火をつけて煙を吸い込んで、吐き出し、その尻
尾が空気に溶け込むのを待った。そして、いくつかの街の名前を出す。その中の二つ三つは、マッド
の顔馴染みのやっている店がある。
 マッドは隠れている、まだまだ女の匂いの乏しいアニーを見やる。まだ、色を売るには早い。だか
ら、そういう店は省いている。だが、最悪そういった店で働くことも考えねばならないだろう。
 マッドの顔馴染みの店が、この二人を受け入れるかどうかは、マッドにも分からないのだ。
 マッドが吐き出した街の中には、サンダウンの街の名前もあった。