手下どもはどうした、と低く唸るO.ディオに、マッドは鼻先で笑い飛ばす。

「銃弾を数発くれてやって、その後金をばらまいたら、さっさとずらかりやがったぜ。お前、手下に
ちゃんと分け前をやってるか?」

 くつくつと笑うと、O.ディオの顔が醜く歪んだ。とてつもない形相を浮かべている男に、『前』
よりも随分と凶悪になったなあ、と思う。それはやはり、『前』の記憶があるからか。

「なあ、お前は『前』と変わろうとは思わなかったのか?」

 ふと気になって聞いてみると、O.ディオは壮絶な顔で笑みを浮かべた。

「思ったぜ?だから、こうしてる。」
「ああ、つまり『前』よりうまくやろうっていう方向になったわけか。」

『前』と同じ道を歩まぬようにしよう、ではなく、うまいことやってやろう、という方向に。その為
なら、どんな非道も平然とやる。不安材料は即座に消し去る。そういう方向に向かっているわけだ。
マッドはゆっくりと頷き。ぽい、と葉巻を捨てた。その仕草にO.ディオが身構える。その様子に、
もう一度笑いを零した。

「そんなに、びびるなよ。いくら『前』は俺とキッドの野郎にしてやられたからって、そこまで身構
えるもんじゃねぇ。何せ、ほら、『前』と違って俺は一人だ。」

 まあ金に眼が眩んだ手下を持ったO.ディオも、ただ一人きりなわけだが。

「安心しろよ。今回は、キッドは何処にもいねぇ。」
「嘘を吐け。」

 知ってるんだぞ、と脅すような凄んだ声でO.ディオが言う。
 あの男が街で保安官をしている事を。
 そう言うO.ディオを見て、マッドはやはり笑ってしまった。

「あれは、俺のキッドじゃあねぇよ。」

 自分もO.ディオも、気が狂いそうなほど『以前』のままなのに、サンダウン・キッドだけは違う
のだ。それでも、自分達を撃ち殺すだけの技量はあるのだ。腹立たしい事に。そうでなければ、マッ
ドは一人でこんなところに来たりはしない。

「なあ、O.ディオ、そろそろ決めちまおうぜ。この世界で生きて行くか、それとも『前』と同じよ
うになるか。」
「何ふざけた事ぬかしてやがる。」
「ふさけちゃいねぇさ。俺は聞くべきことを聞いてるだけだ。たぶん、今が世界の分岐点だ。此処で
死ぬか、それとも生きるか。」
「は、だったら答えは出てるなあ。お前が死んで俺が生き残る。そんだけの話だ。」
「ああ、それは無理だな。俺が死んだら、お前も近いうちに死ぬさ。俺がお前を撃ち殺しに行った事
は、みんな知ってるからな。俺が帰ってこなかったら、それこそ討伐隊でも編成されて、お前も手下
も皆殺しだろうよ。」

 そしてその先陣を切るのはサンダウンだろう。

「つまり『前』と俺とお前の死が前後するだけなわけだ。分かるか?『前』はお前を殺した後、俺は
キッドに殺されたからな。」

 マッドの告白に、O.ディオが眼を剥いた。仲間割れでもしたのか、という問いかけに、違うと首
を振る。

「俺が、それを望んだからさ。でもまあ、『今回』は別にいいかなって思ってな。」

 だってマッドのサンダウンは、此処にはいないのだ。きっと、地獄の何処かで葉巻をふかしながら
漂っている。

「だからよ、結局此処で殺し合いをしたところで、『前』と結果は変わらねぇんだ。」
「んなもん、やってみねぇと分からねぇ。」
「分かった時点ではもう遅いと思うがねぇ。」

 口から唾を飛ばしながら喚くO.ディオに、マッドは気だるげにバントラインを抜いて見せる。O.
ディオもガトリング砲を掲げる。だが、そんなデカブツが素早く撃てるわけもない。
 マッドはたった今まで、O.ディオに第三の道があることを告げなかった。マッドがO.ディオを
撃ち殺す事。それはたぶん、さほど難しい事ではない。
 現に。
 マッドの目の前でO.ディオが崩れ去った。眉間に一発。O.ディオがガトリング砲を撃つよりも
速く、その眉間を撃ち抜いてさえしまえば良い。ガトリング砲なんて早撃ちに向かないものを得物に
したO.ディオが悪いのだ。あとはディオの手下の多さだけが気がかりだったが、銃声と金をばら撒
いてやると、ならず者らしくへらへらと笑いながら何処かに行った。まだその辺をうろちょろしてい
たとしても、敵討ちとかそういう事を重んじる面構えでもなかったから、まあ大丈夫だろう。
 マッドは撃ち殺したO.ディオの死体を見下ろす。そして、はて、と思う。『前』はディオは馬に
変わったと思うのだが『今回』は変わる気配がない。
 つまり、とマッドはバントラインを腰にしまい、彼らの塒を後にしながら考える。『今回』O.デ
ィオは馬ではなく、最初からO.ディオとして産まれたという事か。最初から、憎しみを背負うため
だけに生み出されたのか。
 思いついて顔を顰める。くだらねぇ。生み出された瞬間から役割を決められてるなんてそんな事、
心底くだらない。それともO.ディオは最初からそのためだけに、今度こそ自分達を殺す為だけに、
この道を選んだのか。だとしたら、やはりくだらない。  マッドは長い付き合いになりつつあるゴールドの背に跨り、一気に荒野を駆けだした。
 これからどうするかは、まだ、考えていない。

「とりあえず、」

 馬上で呟く。とりあえず、しばらくは死なないようにしねぇと。O.ディオを殺した後、マッド・
ドッグもやっぱり死にました、だけは勘弁願いたい。そんなふうに帳尻が着くように動いてはいなか
ったが、どこで何が起こるか分からないのがこの世界だ。いや、今までの世界もそうだったか。むし
ろ、それが普通だ。そう思うと、今さっきの決意が馬鹿らしくなった。

「酒が、飲みてぇ。」

 祝い酒、と言うよりも、これまでの世界との決別の意味を込めて、とにかく飲みたい。ただ、飲む 
相手はもう何処にもいないけれど。
 一瞬、隣を通り過ぎて行った風が、どうしようもないくらいに乾き切った砂の気配を孕んでいたけ
れども。それは、多分、気の所為だ。そう思う事にした。