けぶる砂煙の向こうに、誰かの悲鳴と息を呑む音を確かに聞いた。
 それらの音に、薄れる意識の中で、しょうもない、と嘲笑う。

「これで良かったのか。」

 詰るような男の声に、鼻先で嗤ってやれないことだけが、気がかりだった。
 これ以外に、どんな結末があったのか、と。この砂埃だらけの荒野のど真ん中で、意地の張り合い
の果てなんぞ、これ以上にないだろうに。それ以外の結末を願うには、誰も彼も、金色の波の過ぎ去
った後の草臥れた色合いに、毒され過ぎていた。




Backward Flow




「………また、お前か。」

 サンダウン・キッドが、呆れを多分に滲ませた声を放つ。
 それは、マッドが銀行強盗として賞金を懸けられた男を、とある町の保安官事務所に突き出した時
の事だった。賞金稼ぎが賞金首を保管官事務所に突き出すなんぞ、別に今に始まったことではないだ
ろうに。

「………………。」

 相も変わらず無口な男は、マッドを上から下まで見やってから、小さく溜め息を吐く。

「お前の連れてくる数が、おかしい。」
「仕事熱心と言ってほしいね。」

 マッドは片方の口角だけを持ち上げて、皮肉っぽく笑う。マッドにも、他の賞金稼ぎよりも賞金首
をとっ捕まえているという自覚はある。それだけ腕が良いのだ、と。

「別に何の問題もねぇだろう。俺は金が手に入る。あんたは仕事が減る。どっちも良いこと尽くしだ
ろうが。」
「……………。」

 何か文句でも、と首を傾げると、青い眼差しが胡乱気にこちらを見やる。呆れたような、困惑して
いるような視線。こんな視線は『以前』は見る事がなかっただろう。この世界は、こうやって少しず
つずれていくのかもしれない。それが、果たしてマッドの意志が反映されてそうなっているのか、そ
れともずれる為の世界なのか、マッドには分からない。

「じゃあな。たぶん、近いうちにまた来るぜ。」

 マッドは帽子をひらりと上げて、かぶり直す。踵を返したその背中に、見たことのないサンダウン
の視線を感じた。それはそうだ。見送るのはいつもマッドだったのだ。




 それは『以前』の話だ。
 サンダウン・キッドは保安官で、銃の腕は右に出る者のいないほどの腕前で、けれどもそれが、な
らず者を呼び寄せて街に喧騒を呼び込み、だから自分で自分の首に賞金を懸けて逃げ出した。
 その話を知っている者は、多くはないが、知っている者は知っている。
 マッドは知っていた。知っていたけれども賞金稼ぎとしてサンダウンを追いかけた。心裡は、おそ
らくサンダウンの街に押し寄せた連中と、大して変わりないだろう。マッドは、自分が高尚な心臓を
持っているだなんて思っちゃいない。
 ただ、無辜の罪人気取りのサンダウンの追いかけて、殺すか殺されるかの瀬戸際を走っていたかっ
ただけ。

「互いで互いの心臓を撃ち抜けるのが、俺にとっては一番幸せなのかもしれねぇ。」

 顔に葉巻の煙を吹きかけながら言ってやれば、いつもは無表情の髭面が、盛大に顰められた。吐か
れた台詞にか、それとも煙にか。
 冗談さ、と喉の奥で嘘を吐いてやれば、サンダウンは顰めた顔を少しばかり解いた。マッドとの心
中が嫌だったのではなく、マッドの命を削り取る事に躊躇いがあったからだ、と気が付いたのは、何
度目かの決闘の後、踵を返して逃げるサンダウンの背中を見送った時だった。
 結局、心中は回避された。ただし、サンダウンの望まぬ形での回避だった。
 きっと、サンダウンの中にはマッドを殺さずに逃げ切れる、あわよくば微かな友情めいた腐れ縁を
だらだらと続けられるという期待があったのだろう。それまでの積み重ねと、直前の共闘が、サンダ
ウンの望む形に落ち着くように動いていた。

「これで良かったのか。」

 サンダウンの望みを蹴り上げたマッドの心臓には、鉛玉が撃ち込まれている。それに対して、サン
ダウンが問いかける。
 その問いかけは、いついかなる場所でも、世界を打破する問いかけだ。惰性で回り続ける独楽に対
して別の方法はないのかと模索する。人生を見返した時に誰もが一度はするであろう問いかけ。
 それを、マッドは一度もしてこなかった。だから、たぶん、この世界はサンダウンが望むであろう
形に積み重なったのに、マッド一人がそれに背を向けたから、サンダウンの望みを叶えられなかった。
そしてサンダウンは、マッドに、これで良かったのか、と必死に問うのだ。
 もちろん、これで良かったのだ。
 この世界は、それで。
 マッドは溢れる自分の血の熱さを握りしめ、緩やかに眠りについた。




「あんたが、俺を殺すのさ。」

 もはや馴染みになりつつある保安官事務所で、マッドはサンダウンにそう吐き捨てた。

「ここから南西に行ったところにあるサクセズ・タウンって寂れた町で、あんたは俺と決闘して、俺
の心臓をそのピースメーカーから吐き出した鉛玉で撃ち抜く。」

 唐突に言われたサンダウンは、一瞬動きを止め、怪訝そうにこちらを見ている。

「………夢の話か?」
「夢?はっ、違いねぇや。」

 確かに『以前』はそれを夢見ていた。サンダウンの心臓を撃ち抜く事も夢だったが、サンダウンに
撃ち抜かれる事も、また夢だった。つまり、やはり心中したかったのか。マッドはそう思い至って、
笑う。

  「なあ、キッド。あんたは今の生活に満足してるか?銀の星を胸に灯し続けたいっていうんなら、無
闇に銃を抜くんじゃねぇ。荒野には、俺みたいに自分を試してみたいっていう馬鹿がごまんといるん
だ。そんな連中にしてみりゃあ、あんたみたいに銃の頂点にいるような奴は、格好の撒き餌なのさ。
向こう見ずな連中を街に引っ張りこみたくなけりゃ、秀でたところは隠せ。ならず者どもの騒ぎを鎮
めるには、自警団でも作って街に住んでる奴らをちゃんと戦えるようにしろ。甘やかすと人間っての
は最後まで甘えるぜ。」

 それだけ言って立ち上がると、サンダウンは目を見開いてこちらを凝視していた。『以前』のサン
ダウンならば決してしなかった表情。
 一瞥して置き去りにする。
 サンダウンがどういう道を辿りたいのかは分からない。それは、マッドも同じだ。同じような最期
を迎えたいのか、けれどもそれがこの世界に相応しいのかが分からない。そもそも、全く同じ道を辿
る事に、何の意味があるのだろうか。