サンダウンは、食べるのは上手だと思う。
  もしゃもしゃと、さっきマッドが作った目玉焼きと、キャベツと人参のホワイトソースあえを、
 一滴の黄身もソースも、一片のキャベツも残さずに平らげるのを見ながら、マッドは思う。
  サンダウンに食事を作るようになって――もとい施すようになって、はや数ヶ月。その間、作っ
 た料理は数え切れず。その料理が欠片でも残るような事は、キノコを除けば一切なかった。そして、
 その食べかすが、ご自慢の――というわりには手入れなど一切されていないようだが――髭に付く
 という事も、今のところ起きていない。

  
  

  Apple Pie




  実際のところ、どうやったらこんなふうに皿に一欠も残さずに食べられるのだろうか、とまるで
 舐められたかのように綺麗な皿を見下ろして、マッドは次に今はソファの上でのんべんだらりとし
 ているサンダウンを見る。
  だれているサンダウンを見ながら、そんなにだらける暇があったら掃除くらいしろよ、と言いた
 くなるのを堪えつつ、妙に綺麗な皿を再度見下ろした。
  舐めているわけではないのは、明白だ。なんせ、これまでに何度も顔を突き合わせて食事をして
 いる。もしも本当に、サンダウンが食べ終わった後に皿を舐め回していたなら、マッドは問答無用
 で怒鳴りつけるか、あるいは本気で今後サンダウンを追いかけるのを止めようか悩んだ事だろう。
  だが幸いにして、サンダウンは皿を舐めているわけではなかった。
  普通に、フォークとナイフとスプーンを駆使して、きれいさっぱり食べ上げるのだ。飢えていた
 のかと思うくらいに。
  どうしてこんなに綺麗に食べ上げるのか。
  やっぱり飢えているのか。それともそういうしつけに厳しい家庭環境だったのか――それならキ
 ノコもみっしり食わせんかい。或いは単純にサンダウンの性格によるものなのか。 
  謎は尽きない。
  だが、最終的に行きつく疑問といえば、サンダウンはどんな料理でも、きれいさっぱり食べ尽く
 す事が出来るのか、という事であった。おそらく、そんな疑問に行きついたマッドも、大概暇だっ
 たのだろう。

 「おい、キッド。てめぇ今日の晩、食いたいもんはねぇのか。」

  洗い物を終え、次は部屋の掃除だと意気込んだマッドは、とりあえず掃除をするのに一番邪魔な
 ソファの上のサンダウンを払い落とす。そのついでに、サンダウンの好みの食事のリクエストにつ
 いて聞いてみる。これで食べやすい物とかだったなら、話は早いのだが。

 「……お前の作る物なら。」

  なんでも、と続けようとするおっさんを、マッドはサンダウンの下に敷いてあるクッションを引
 っ張る事でソファから払い落した。
  どうやら、聞くだけ無駄だったようだ。
  床にべったりと落ちたサンダウンを振り返らず、マッドはサンダウンの匂いが染みついていそう
 なクッションを日干ししにいく。これで匂いが取れたら良い。
  その後、ソファを動かして部屋の隅に追いやり、サンダウンをソファから落とす時にサンダウン
 をぶつけてしまったテーブルもどかす。そしてその下に強いていたカーペットも日干しする為に、
 ずるずると外に引き摺って行く。勿論、その上に落ちていたサンダウンを途中で払い落す事は忘れ
 ない。

 「……酷くないか。」
 「何がだよ。」

  床を拭いていると、床に転がったままのサンダウンがそんな事を言い出した。なのでマッドは顔
 を顰める。

 「俺は至って普段通りだ。別に酷くねぇ。それどころか、あんたに晩飯のリクエストまで聞いてや
  ったんだぜ?」
 「……なんでも良いというのか。」
 「それで、俺を指差したり、俺を食いたいとか言うのは止めろよ、おっさん。」

  先回りして自分を対象から外すと、サンダウンが薄っすらと不貞腐れたような顔をした。何故だ、
 とぶつぶつ声が聞こえるが、無視する事にする。というか自分を対象に含めたら、それこそ美味し
 く頂かれている事は眼に見えている。いや、そもそもいつでもサンダウンは好き勝手しているだろ
 う。リクエストも何もない。リクエストなんか聞いたら、それこそ裸エプロンとかさせられそうだ。
 それを考えれば、サンダウンの変態行為を止めるという意味では、こうやって先制してサンダウン
 の行動を止めるのは、非常に重要な事だ。
  きゅっきゅっと床を拭きながら、自分の先制攻撃によくやったと自分を褒めていると、背後から
 まだ、ぶつぶつとサンダウンが何事か呟いている。放っておいたら、匍匐前進でにじり寄って来る
 か、転がって来そうだ。
  そんな、呪詛めいた、というよりも不貞腐れたサンダウンの声は、このまま放っておくと夜にな
 るともっと大変な事になりそうな気がする。それは苦笑いでは済まされない事なので、早いうちに
 機嫌を直しておく必要がある。何故マッドがそんな事をしなくてはならないのか、という疑問は残
 るが仕方がない。

   「後で、林檎剥いてやるからよ。」

  昨日、サンダウンが何処からともなくどっさりと持ってきた林檎を思い出しながら、マッドは言
 う。両腕に抱え込んだ林檎を、サンダウンが皮つきのまま、もしゃもしゃと丸かぶりしていた事も
 思い出す。このおっさん、林檎の皮も剥けないのか、と。マッドは別に林檎なんぞ食べたくもなか
 ったので、自分の分を剥く必要もないからと剥いてやらずに、そのまま放っておいたのだが。
  しかし、マッドの申し出を、サンダウンは別段嬉しそうでもない表情で聞いている。林檎の皮な
 ど、どうでも良いのか、このおっさんは。
  だが、サンダウンは林檎の皮についてではなく、林檎そのものについて言及した。

 「……あの林檎は、酸っぱいぞ。」
 「ああん?あんた、昨日普通に食ってたじゃねぇか。」
 「酸っぱかった。」

  無表情で食べていたから気付かなかったが、どうやら酸っぱかったらしい。酸っぱい、とうつ伏
 せになって顔だけ動かしながら訴えるサンダウンに、そんな林檎持ってくんだよ、とマッドは腹の
 中で呟く。

   「じゃあ、パイにしてやるよ。それなら大丈夫だろ。」

  パイにすれば酸っぱさは半減し、甘味が強くなる。酸っぱい、と訴えるサンダウンにそこまでし
 てやる必要は全くないのだが、床を磨き終えたマッドは、サンダウンが持ってきた林檎を剥きにい
 った。

 「おい、キッド!てめぇカーペットとクッション中に入れて、ソファとテーブル元に戻しとけよ!」

  俺はアップル・パイを作るのに忙しい、と言い残して、マッドは片付けをサンダウンに任せる事
 にした。




  サンダウンが持ってきた――何処で拾ったのか――酸っぱい林檎の皮を剥いてくし型に切り、芯
 を抜く。それを砂糖で煮詰めればすぐに甘くなるのだ。それをパイ生地で包んで焼けば、アップル
 ・パイの完成である。
  菓子屋で売っているような本格的なものではないが、しかしパイ生地はサクサクしているし、林
 檎だって、サンダウンが訴えたような酸っぱいものではない。サンダウンも満足するだろう。とい
 うか、そわそわと台所の周りを行ったり来たりしているから、既に満足しているのかもしれない。

 「ほらよ。」

  出来上がったアップル・パイを差し出すと、何故かワンホール丸ごとがサンダウンの前に奪い去
 られた。別に構わないが、何となく腑に落ちない。別に構わないが。
  マッドが紅茶を飲んでいる前で、サンダウンはもしゃもしゃとアップル・パイを頬張っている。
 どうやら気に入ったらしい。サンダウンは酸っぱいものよりも甘い物のほうが好きな事は、周知の
 事実である。なお、サンダウンの横に置いてある紅茶は既にミルクティに変貌しているので、あれ
 も甘ったるい事に間違いはない。マッドとしては、そんな甘いものだらけの人生はご免だが。
     それにしても。
  紅茶を飲むその眼の端で、マッドはサンダウンがアップル・パイを食べつくしていく様を見る。
 サクサクと音を立てて食べていくサンダウンの様は、普段と全く変わらない。普段と変わらず、髭
 にパイ生地の欠片が付く事も無ければ、パイ生地がボロボロと落ちる事もない。
  パイ生地はサクサクしているのが決め手だが、何重にも薄い層が重なっている為、フォークを突
 き刺せば生地が割れて、ボロボロと崩れて行くのだが。
  サンダウンはそれを起こさない。
  どうやるんだ、あれ。
  皿にもパイ生地の欠片が残っていないのを確認しつつ、マッドは綺麗になくなっていく皿の上を
 見て、首を捻った。