ベッドに横たわるマッドの身体には、艶めかしく荒縄が這っていた。蜘蛛の糸のように身体を這
 って縛り上げるそれは、マッドの手首を頭上高くで一纏めに括りつけたかと思えば、その首に緩く
 首輪のように巻きつき、胸を這ったかと思えば腰に絡みついている。そして両の脚に螺旋を描くよ
 うに巻きついて、閉じられぬようにとベッドの隅に括りつけてあった。
  明らかに淫らな意図を持って身体を縛る荒縄に、マッドはその意図通りの切ない吐息を零す。そ
 れは、既に立ち上がっている彼の欲望にも荒縄が寄り添っている所為もあるのかもしれない。
  抵抗を奪われて秘所を曝すような姿を強要されたマッドを、それを強要させたサンダウンは楽し
 そうに見下ろす。

 「や、やだ……見るな……!」

  自分のあんまりな姿を見下ろされて、マッドは顔を赤くしてサンダウンに請うた。けれどサンダ
 ウンはマッドの姿を嬉しそうに見るだけで、マッドの願いを聞き入れてくれる様子はない。それど
 ころか、マッドの白い内腿をそっとなぞり、その感触にマッドが身を捩るのをやはり楽しんでいる。

 「い、やぁ……!」

  自分のその状況に耐えられず、マッドは思わず息を吐く。すると、ふとサンダウンの手が止まり、
 マッドの顔を覗き込む。その青い双眸は、笑みを湛えながらも、何かに怯えるかのように震えてい
 た。

 「嫌、か………?」
 「あっ………!」

  そっと胸をかさついた指が這い、マッドはぴくんと身体を揺らす。赤く色付いた胸の突起を人差
 し指の先で撫でながら、サンダウンは問い掛ける。

 「嫌か?本当に?」
 「う……。」

  サンダウンの声は、微かな怯えをもってマッドの耳に届いた。その声に、マッドの胸が小さく痛
 む。愛しい人にこんな声を出させたいのではないと薬に侵された頭が囁いて、マッドは頬を赤くし
 たまま首を横に振った。

 「い、嫌じゃない……けど……っ。」

  脚を大きく開かされたこの状況は、とてもではないが受け入れられるものではない。が、嫌では
 ないとマッドが告げた瞬間、サンダウンは心底嬉しそうに笑って、マッドに圧し掛かってきた。

 「や……いや……!」
 「嫌、ではないんだろう?」

  そう言って、サンダウンは赤く熟れてとろとろと蜜を零している先端に、軽く口付けた。途端に
 マッドの身体は跳ね上がる。敏感になった部分を触れられて、マッドは悲鳴のような声を上げて首
 を打ち振るった。

 「いやっ……いやっ……!」
 「嘘を吐くな……お前が、私に触れられて嫌なはずはない。」

  お前も、あの薬を飲んだから。
  そう。マッドは惚れ薬を飲んでいる。それ故にサンダウンを見れば心がときめいて、触れられた
 だけで悦びに蕩けそうになる。サンダウンが望む事ならばどんな事でも受け入れたいし、サンダウ
 ンに愛されたい。
  けれど、そんな薬に侵された頭を以てしても、今の自分の状況は恥ずかし過ぎた。
  淫らな意図を持って身体を這う荒縄に、脚を閉じないようにと開かされて、自分でも知らないよ
 うな場所を露わにされて。サンダウンでなければきっと許さないであろう辱めに、マッドは気が遠
 くなる。
  そんなマッドを、サンダウンは少し困ったように見下ろす。

 「マッド……そんな顔をしないでくれ……。」
 「あ、あんたが、こんな事するから……!」
 「私は、お前が恥ずかしがっている姿が見たいだけだ。」

  きっぱりと言ってのけた男も、また、マッドと同じく薬で頭の螺子が数本ぶっ飛んでいる。お前
 がこの事を忘れないように、と残酷そのものの台詞を告げた男は、その言葉を達成するべくマッド
 への辱めに余念がない。
  惚れ薬を飲んだサンダウンは、毎日のようにマッドを襲った。
  マッドが後ろで達するまで執拗に奥を責め立て、限界まで反り返った雄を紐で縛りつけてそのま
 まの状態で何度も達かせ、欲を吐き出したくて堪らない細い場所を細い何かで犯される。最初の一
 週間で、マッドの身体はあらん限りの辱めを受け、全身の性感帯を掘り起こされ、そして身体の奥
 によって感じる快楽の深さを教え込まれていた。
  が、サンダウンはマッドの身体に快感を刻むだけでは飽き足らず、様々な痴態を強要してくる。
 行為の最中に雄への自慰を強制させられる事や騎乗位などは可愛いもので、酷い時にはマッドは自
 分で自分の秘部を慰めなくてはならない。が、既に身体は指などで満足できるはずもなく、最終的
 にはサンダウンが望むように、マッドはサンダウンを求めて腰を振る。泣きながら『入れて』と強
 請った回数は、もう数える気にもならないし数えたくもない。
  が、どれだけ恥辱を味わっても、マッドはサンダウンの望みを叶えてしまう。愛しい男に『欲し
 い』と囁かれてしまえば、例えそれが薬の所為だと分かっていても、それ故に嘘偽りがない本心で
 ある事が分かっている為、マッドはサンダウンの前で身体を開いてしまう。

 「マッド……どうして欲しい?」

  先端を弄りながら後孔をなぞられて、マッドは喘いだ。縛られた身体は何故かいつもよりも反応
 が早い。ひくつく身体を持て余してマッドが黙っていると、サンダウンはうっとりとして、マッド
 の抵抗できない身体を撫でる。

 「あ、ああ………。」

  腰のくびれたところからゆっくりと胸までを撫で上げられて、マッドは小さく喘ぐ。その声にサ
 ンダウンは口付けを一つ落とし、マッドの頬に手を伸ばす。

 「……それなら、一昨日の晩のように、筆で犯して欲しいか?」
 「い、いやだっ!」

  サンダウンの囁きに、マッドは顔を真っ赤にして首を振る。一昨日、マッドの身体は水をたっぷ
 りと含んだ筆で散々弄ばれたばかりだった。奇妙な感覚を与えるそれは、マッドの敏感になった胸
 を責め嬲った。白い肌に線を引いて、乳輪から乳頭までを執拗に撫でまわされた。そしてそれらは
 胸だけでなく、尻の谷間や臍の周りにまで及び、更には陰茎はおろか、秘部全てを撫でまわされ、
 マッドは幾度も絶頂へと押しやられた。
  その時の事を思い出し、マッドは必死で首を横に振る。

 「やだ、や………っ!」

  いっそ怯えているようにさえ見えるマッドに、サンダウンはふっと笑い、優しくマッドに問い掛
 ける。

 「では、どうして欲しい?言わねば、あの時のように犯すぞ。」
 「ふっ……やぁ……。」

  マッドはサンダウンの言葉に涙を零す。マッドは出来る事ならこんなふうに犯されたくはない。
 一ヶ月間どうしても愛し合ってしまうというのなら、もっと優しくして欲しいかった。もちろん、
 サンダウンも優しく抱いてくれる時もある。その時は、まるでまどろむような気分になって、マッ
 ドは夢現の間でサンダウンの腕の中で漂うだけで良い。
  だが、サンダウンはそれだけでは許さずに、マッドに激しい痴態を求めるのだ。自分をいつでも
 思い出せるように、と。マッドにはもう十分すぎるのに。

 「も、もういいだろ……っ!もう……!」

  涙混じりの声を上げて、マッドはこれ以上はしなくても良いと告げる。これ以上しなくても、サ
 ンダウンから与えられた快楽は、十分にこの身を穿っている。
  が、それを聞いたサンダウンの表情が、すっと消えた。そして、無言でマッドの脚を縛る荒縄を
 解き、マッドの脚を自由に動かせるようにすると、膝裏を持ち上げる。
  その行動の意味を十分に理解しているマッドは、ひっと喉の奥で叫んだ。

 「だ、駄目だ……いや……!」
 「まだ、足りない……マッド……。」

  こんな辱めは嫌だと懇願するマッドを、サンダウンはそれを丸ごと無視して、身体を推し進めて
 きた。今日はまだ、後ろは慣らされていない。けれどもいつもサンダウンに穿たれているそこは、
 サンダウンを拒む事なく受け入れた。

 「ああっ…ひ、ぃあっ……!」

  圧迫感に悶えるマッドは、しかしそれはすぐに快感に置き変わる事を知っている。容赦なく奥を
 責め立てるサンダウンは、まるで掠奪者のようだ。豊かなマッドの国に攻め入り、暴虐の限りを尽
 くして奪っていく。けれども薬に狂うマッドはそれを悦んで受け入れる。

 「あ、ぁあんっ……ぃ、ぃいいっ、やぁ……!」
 「マッド……良いんだろう?」
 「んふ、ぅあっ……ああっ!」

  サンダウンの声に、マッドは先程まで『駄目』と『いや』を繰り返していた事を忘れて頷く。
  恥ずかしい、けれどもその辱めにさえ感じてしまうのは、それが愛しい人だから。そんなマッド
 の思いは、当然の事ながら同じく薬に狂っているサンダウンには手に取るように分かる。脚の縄は
 解かれたものの、まだ身体には卑猥に荒縄が絡みついているマッドの身体を抱き締め、一突きごと
 にマッドの身体に達するような快感を与える。

 「ああっ、ひぃ、ぁ……あ、うあっ!」
 「マッド……お前が自ら求めるまで、足りない……。」
 「そん、な……はぁ、んんっ!」

  あくまでもマッドに欲しがらせようとするサンダウンに、マッドの心が震えたのは、悦びの所為
 だったのか。サンダウンに求められて、悦んでいるのか。
  だが、それを明確にする暇は与えられず、マッドは快感に悶え苦しむ。サンダウンの手が、マッ
 ドの絶頂を堰き止めたのだ。

 「いやっ、やっああっ……もぅ、ん、はぁっ……!」

  縄で全身を縛られ、快感を身体の中で堰き止められたマッドの身体は、もう堪らなかった。肌を
 朱に染めて、激しく腰を振る。

 「もっ、もぅ……お願っ!イカせ……あああっ!」
 「駄目だ………。」

  嫌がったお仕置きだ。そう意地悪く囁いて、男はマッドの奥への蹂躙をより激しくした。けれど
 もマッドの欲望は縛りつけられ、達する事はできない。

 「ああぅ!んやぁああっ……!」

  頭の中は奥を抉られる度に真っ白になる。それが絶頂であるとさえ、マッドにはもう認識できな
 い。
  びくんびくんと跳ねながら、マッドは快感の縁を彷徨い続けた。 






     眼が覚めると、肌はすっきりとしていた。どうやら眠っている間に清拭されたようだった。だが、
 むくりと起き上がって、マッドは頬を赤らめる。確かに身体は綺麗に拭かれているが、全身に残っ
 た痕は消えるはずがない。
  マッドの身体には、縄で縛られた痕とサンダウンの付けた所有印が、艶めかしく鮮やかに残って
 いた。
  上半身でさえそんな状態なのだから、下半身はどうなっている事やら。サンダウンはマッドが恥
 ずかしがるところに、特に痕を付けたがるから、きっと痕がついていない場所などないに違いない。
  あのおっさん、渋い面してむっつりだ、と心の中で呟き、そのむっつりなおっさんが何処にもい
 ない事に気付く。いつもはマッドを腕に囲って眠る男がいない事を怪訝に思うよりも先に、寂しい
 と感じてしまうのは、マッドの中で今も猛威を奮っている惚れ薬の所為だ。
  姿の見えないサンダウンを恋しく思う自分に頭を抱え、マッドは自分が既に頭を抱えるでは済ま
 ない事までされている事を思い出し、ぐったりとした。
  サンダウンを想うだけで身体が疼くなんて、もう、末期だ。惚れ薬が切れたら、ちゃんともとに
 戻るんだろうか。けれどもサンダウンは元に戻さない為にマッドを辱めるという。そして、マッド
 もそれを求め始めている。そんな事しても無駄だ。もしも薬が切れてなおサンダウンを求めるよう
 になってしまっていたら、苦しむのはマッドだ。そう言い聞かせて、閨の中では『嫌だ』と繰り返
 すのに。
  本当は嫌じゃない。もっと辱めて欲しい。身体の奥深くにその熱を刻み込んで欲しい。そんな事
 思ってしまったら。

 「マッド?」

  低い声が、痺れるように響いた。部屋の中にゆっくりと入ってきた男は、ベッドの上に身を起こ
 したマッドを見て、微笑んだようだった。まだ寝ていても良かったのに、と囁いて、サンダウンは
 窓の外の日が昇って青空になったばかりの空を指し示す。

 「……何処に行ってたんだよ。」
 「厩に。」

  馬の世話をしていた、と穏やかに告げる男は、ベッドにいるマッドの元へとやってくる。その姿
 を見て、マッドはサンダウンが何かを持っている事に気が付いた。

 「なんだ、それ?」
 「咲いていた。」

  小屋の前に。
  そう言って、サンダウンはマッドの手の中にそれを収める。それは数本の黄色い花だった。名も
 知れない花を差し出されて呆然とするマッドに、サンダウンは花を受け取ったマッドの手に自分の
 手を重ねて、マッドの額に口付ける。
  連日の荒淫が嘘のように穏やかで、何か壊れ物に触れるかのような、優しい口付けだった。

 「マッド……愛しい人。離れないでくれ……。」

  どうか。

  怯えと焦がれと切なさを込めた声に、マッドは思わず眼を閉じた。もう、耐えられなかった。駄
 目だと告げる自分が突き崩される。
  代わりに、もう戻りたくないと、一番中央にいる自分が呟いた。

  口付けが唇に移った。
  マッドは、それを拒まなかった。