中世の城が座する街は、当然の如くヨーロッパの古い街並みを思わせる佇まいをしている。
  日が差せば陽気になるだろうが、しかしどんよりと曇りめいている空からは一筋の光もささず、
 ひどく霞んで見えている。
  まるで御伽噺で出てくる魔女に支配されたような世界に、正直、青々とした竹は似つかわしくな
 い。そもそも、そんなもの生えていなさそうな街なのに、如何なる魔技を使ったのか、超能力少年
 は嬉々として、色とりどりの短冊をつけた竹を持ち歩いていた。




 
 天の河瀬







 「今日は七夕なんだぜ。」

  どういう理由か知らないが得意そうにそう告げた少年に、アジア人達がああと頷く中、最年長者
 であるサンダウンは一人――いや原始人もきょとんとしているが――首を傾げた。
  その様子を見たアキラは、やはり胸を張った。

 「ふふん、あんたでも知らない事があるんだな。」

  竹を持って自慢げな彼は髪の毛に竹の葉が突き刺さるのも構わず、偉そうに仕方ねぇから教えて
 やるよ、と言う。
  頼んでもないのに。
  尤もサンダウンはそんな突っ込みを入れるほど愚かではないが。
  しかしだからといって別段知りたそうな素振りも見せないサンダウンに、アキラは竹を地面に突
 き刺し、仁王立ちになって教えにかかろうとする。

 「いいか、七夕ってのはな、離れ離れになった恋人が年に一度だけ会える日なんだぜ。で、俺達の
  世界じゃ、その日には竹に願い事を書いた短冊を吊るすんだ。」
 「………何故だ?」

  アキラが女性であったなら、もう少しロマンチックに、且つ詳しく説明したかもしれない。
  しかし何をどうしても男であるアキラは、本人が思う以上に『教えてやる』というにはあまりに
 も短すぎる説明で終わってしまった。その短すぎる説明に対し、更に短くサンダウンは問う。
  その問い掛けをアキラは全く想定していなかったのか、先程までの偉そうな様子は何処へやら、
 え?という表情を浮かべた。

 「な、何故って?」
 「恋人の逢瀬の日と、竹に願い事を書いた紙を吊るすのと、どういう関係があるのかと聞いている。」
 「そ、それは……。」

  サンダウンにしてみれば、とりあえず適当に思いついた疑問を口にしただけなのだが、アキラは
 眼に見えてうろたえた。そして救いを求めるように他のアジア人達に眼を向ける。
  が、日勝は当然の如く、おぼろ丸も首を傾げている。
  そこに追い打ちを掛けたのは、七夕発祥の地、中国で生まれたレイの言葉だ。

 「なんだって七夕の日に竹なんか飾るんだい。普通は果物や花を織女に供えるだけだよ。ま、お供
  え物が普段よりも多いから、それを盗んだりできる日だったけどね。」

  後半の、恐ろしいくらいに現実を見据えた言葉に、アキラはあんぐりと口を開いた。

 「こ、恋人同士が一年に一度逢える日だぜ!もっとなんかこう、お祭り騒ぎになるだろ!花火した
  り、屋台が出たり!確かにタイ焼きが売れる日だけどよ!」
 「顔も知らない恋人達なんかどうだっていいよ。そんな事よりもその日の食糧のほうが大事だね!」

  ロマンチックの欠片もないレイの言葉に、ロマンチックに七夕を説明しきれなかったアキラは悶
 絶する。そんなアキラに、紅一点は畳みかけるように日本人の七夕祭りを一蹴していく。

 「大体ね、牽牛と織女は仕事をさぼって引き裂かれたんだよ。自業自得じゃないか。そんな連中が
  一年に一度逢えるって理由だけで、なんで祭りなんかしなきゃなんないんだい。」

  それに、とレイは腕を組み、昂然と顔を上げる。

 「逢っただけでお祭り騒ぎするほど逢いたいんだったら、攫いにいけばいいんだよ。」

  男前に言い放った少女に、アキラはあんぐりと口を開けた。その後ろで、日勝がのほほんと笑う。

 「ああ、確かにそうだよな。いちいち一年も待つ必要ねえよな。普通に天の川、泳いで渡ればいい
  だけだよな。」

  彦星も織姫も馬鹿だよな、と笑う男は、恐らく自分が、常人ではとても真似できないような事を
 言っているという事に気付いていない。
  その横ではおぼろ丸が眉根を寄せている。 

 「しかし、二人が年に一度しか逢えないというのは、天帝が定めた事なのでござろう?それを破る
  というのは……。」
 「なんだよ、おぼろ丸は根性がねぇなぁ!」
 「な!根性とかそういう問題では………!」

  けらけらと笑う日勝におぼろ丸が食ってかかる頃、アキラはふるふると拳を握りしめていた。

 「そ、そうか。レイはそんな男が好みだったのか。」

  何やら奇妙な情念の炎を見せているアキラは、突然口元に笑みを浮かべた。

 「ふっふっふっ。そうだよな、草食系男子よりもやっぱり肉食系だよな。女は攫いに行くもんだぜ!
  そうだろ、松!」

  色々と何も見えていないアキラは、ぶつぶつと希代の名台詞を完全に間違った場面で使い捨て、
 ぐっと親指を立てる。

 「大丈夫だ!俺にはテレポートという強い味方がいる!神様にだって手出しは出来やしねぇ!安心
  しろ!」 

  しかしそのテレポートは、基本的に水のある場所に惹かれるので、下手をしたら天の川に真っ逆
 さまに落ちる可能性がある。だが、アキラにはそんな事実は見えていない。もはや何が大丈夫で誰
 に言っているのかも分からない台詞は、留まるところを知らない。

 「待ってろよ!天の川なんぞ、軽やかに飛び越えてみせるぜ!」
 「ちょっと、大丈夫かい!アキラ!」
 「何言ってやがる!女の為だったら男は無理を通してみせるってもんだぜ!あんたもそう思うだろ、
  サンダウン!」

  頼まれてもいないのに何億光年と幅のある星の川を、自前のテレポート機能だけで飛び越えるつ
 もりの少年は、無駄に熱く握り締めた拳を解こうとしない。それどころか静観していたサンダウン
 に、無茶振りする。
  というか、竹の話は何処に消えた。
  しかしそんな疑問は宇宙の果てに消えていったのか、アキラは竹のたの字も出さない。

 「やっぱり年に一度なんて我慢するのは男じゃねぇよ。やっぱり恋人は攫いにいかねぇと!」
 「……………いや。」

  その瞬間に脳裏を掠めた影を思い描き、サンダウンは応えた。

 「向こうから、逢いに来るな。」

  まるで、図ったかのように、一陣の風が吹き抜けた。




 「駄目に決まってんじゃねぇか!そんなの!」
 「そうだよ!そんなんじゃ、いつか愛想尽かされちまうよ!」
 「サンダウン殿は積極性に欠けるでござる!もっと相手の手を引いてやらねば!」
 「いいかい!甘えてばっかじゃ駄目なんだよ!」
 「向こうから来るってことは、あんたの態度に焦れてるからであって………!」
 「逢いに来なくなってからでは、遅いんでござるよ!」
 「偶にはあんたから動かないと!」
 「喜ばせてやるのも大事なんだぜ!」




  …………で。




 「てめぇ、これは一体何のつもりだよ………。」

  ひくり、と形の良い頬が引き攣る。

 「なんで俺の行く先々に現れんだよ!おかしいだろ、俺の泊まってる宿の前にいるって!どう考え   ても待ち構えてやがるだろ、あんた!」
 「……………。」

  捜す必要もねぇっておかしいんだよ!と叫ぶ賞金稼ぎに、賞金首は無言を貫いた。