娼婦の遺体を解剖した医師から、小さな小包が届いた。
  娼婦の遺体の中から出てきたのだというそれが届いた時、それを持ってきた小柄な医師を突き飛
 ばすようにして、サイラスはその小包を奪い取った。

  逮捕した容疑者は、うっとりとした笑みを浮かべるだけで肝心要を口にしない。
  殺害現場からは行方不明となった商人の遺体が発見されただけで、それ以外に何か新たな物が見
 つかる気配はない。
  商人の遺体が見つかった事で、殺された娼婦がそれをネタに誰かを強請っていたのではないかと
 考えもしたが、だが、娼婦が商人の遺体を見つけたところでその商人の死に関わる人間を見つける
 事が出来るだろうかという疑問が浮かび、それ以上は考えが進まない。
  捜査が完全に行き詰ったサイラスは、藁にも縋る思いで、普通に考えれば大した情報にはならな
 い凶器の解析結果に飛び付いた。銃で撃ち殺されているのだから、凶器の解析も何もないのだが、
 それでも、分かり切った結果であっても新たな情報が欲しかった。
  そして、娼婦の中から出てきたそれを見た途端、サイラスは顎を落とした。
  それは果たして、マッドが予告した通り、コルト社の銃に幅広く使われているロングコルトとい
 う銃弾ではなく、22ミリ口径用の銃弾だった。




  7.恣意の事実





  頭を両手で抱え込んだサイラスを見て、サンダウンは何かに似ているなと思った。それが一体何
 だったのか、終ぞ思い出せなかったが。

 「どういう事なんだ!」
 「………良かったんじゃないのか?冤罪にならなくて。」

  マッドの持つバントラインでは使用不可の弾丸を見て、サイラスは叫んだ。その叫びに、サンダ
 ウンは淡々と、マッドを誤って縛り首にして、娼婦や賞金稼ぎ達から恨まれる危険性がなくなった
 事を告げる。
  尤もそれは、一番クロに近かった容疑者が消えた――要は捜査が完全に行き詰った事を示すのだ
 が。

 「あの男が犯人じゃないとしたら一体誰が!」
 「……お前も別にあれをうたがっていたわけではないだろう。」
 「うるさい!こっちは完全に手掛かりがなくなったんだ!荒れるのも当然だろう!」

  大体、結局、あの男は肝心な事は何一つとして喋らなかった。
  そうぶつぶつと呟く保安官に、サンダウンは慰めるつもりはなかったのだが、新たに見つかった
 手掛かりをさりげなく教える。

 「銃弾がロングコルトでなかった事は、むしろ幸いだろう?」

  ロングコルトは西部で最も一般的な銃弾だ。それはウィンチェスターなどといった、違う会社の
 銃にも対応できるほどだ。だが、22ミリショートを使う銃は少ない。いや、そもそも22ミリショー
 トは威力不足が否めないため、一昔前ならばともかく、この荒野で使う人間はほとんどいないだろ
 う。

 「22ミリショートを使用できる銃は少ない。それを扱う人間は自ずと限られてくるだろう。」

  その台詞に、ようやくサイラスは落ち着きを取り戻したようだ。確かに、20年前には22ミリ口径
 の銃が一世を風靡した事もあるが、今の主流はロングコルトだ。ならば、犯人は自ずと絞られてく
 る。仮に犯人が銃を捨てたとしても、それを手にしていた事はすぐに分かるだろう。

 「なるほどな。ならば急いで、22ミリ口径の銃を持つ住人を虱潰しに捜そう。」
 「……………。」

  俄然勢いを取り戻したサイラスを、サンダウンはちらりと見やって、呟く。

 「そんな事よりも、もっと早い方法があるだろう。」
 「なんだ?銃が証拠になるのならば、住人の持っている銃を調べていくのが一番早いだろう?」

  確かに時間が掛かるが、と言うサイラスに、サンダウンは溜め息を吐く。

 「何も知らないお前が探すよりも、マッドに探させた方が早い。それにあの日この街にいたのは、
  住人だけじゃないだろう。賞金稼ぎ達も、此処にいた。」

  もしも賞金稼ぎ達にまで捜査の手を伸ばすのならば、彼らの王であるマッドに探させた方が早い。
 もしかしたら、あの男の事だから、誰が22ミリ口径の銃を持っているのか、既に知り尽くしている
 かもしれない。

 「どうせ釈放するんだろう。ならば、あれの後を追うのが一番早い。」
 「あの男が我々に協力するだろうか?」
 「協力はしないだろう。」

  サンダウンは、きっぱりと言い切った。

 「だが、自分に売られた喧嘩は、倍にして売り返す男だ。」

  そして、息絶えた娼婦の、忘れ去られた嘆きも、受け取っているはずだ。




  同刻。
  賞金稼ぎ達は、酒場の一画で顔を付き合わせていた。彼らの話題は、専ら彼らの王に関してだっ
 た。
  先程、賞金稼ぎ達から見れば青二才でしかない保安官助手がやってきて、酒場にいる娼婦達を詰
 っていた。変に法の下の正義に凝り固まった少年を、賞金稼ぎ達はこれまでも冷ややかに見いやっ
 ていたのだが、今回のそれは凝り固まった正義感に更に輪を掛けたものだった。
  捕らわれの身であるマッドのもとに、娼婦達が涙で作り上げたかのような花束を欠かすことなく
 贈っている事を賞金稼ぎ達は知っている。そこで、娼婦とマッドがどんな遣り取りをしているのか
 までは知らないが、だが保安官助手は娼婦達がマッドに情報を送り込んでいると思っているようだ
 った。
  むろん、その可能性は多大にしてある。賞金稼ぎ達にも幾つかの命令を下すマッドの事だ。娼婦
 達にも別口で何かを探らせているのかもしれない。
  だが、保安官助手が憤っている理由は、娼婦がマッドに情報を与えた事それ自体ではなく、マッ
 ドが、まだ公表していない事を知っている事にあった。そして公表されていない事実を、娼婦達が
 何処かから盗み聞いたのだろう、と。

  商人の家から、三体の、おそらく商人の家族と見られる遺体が見つかった。

  それは、賞金稼ぎ達も知っている。むろん、娼婦達も知っている。大体、公表されていないと言
 っても、人の口に戸石が立てられないように、隠し通せるものでもない。徐々に染み出ていくのが
 通りだ。それを分からず屋の保安官助手は責め立てているのだ。
  正しいかもしれないが間違っている保安官助手の言い分を、しかし賞金稼ぎ達は、娼婦の言い返
 す声を聞いているうちに呆れている事は出来なくなった。

 「うるさいねぇ!確かに死体の事は言ったけど、子供の死体が、赤ん坊だったなんて言ってもない
  し、大体知るわけないじゃないか!」

  その通りだ。
  死体が商人の家族である事も、その中に商人の子供がいた事も、知っている。
  だが、子供が赤ん坊であった事まで、賞金稼ぎや娼婦達は知らない。知らない事をマッドに教え
 る事はできない。

  だが、にも拘わらず保安官助手は、マッドが死体の事を知っていたという。それが誰のもので、
 死体の数、そして赤ん坊の死体がある事まで知っていたと言う。

 「あんたらじゃ喋ったんじゃないのかい?あたし達に濡れ衣を着せないで欲しいね。」
 「僕達は誰一人として、あの男に情報を漏らしたりしてない!」

  言い合う保安官助手と娼婦を見て、賞金稼ぎ達はどういう事かと顔を見合す。
  記憶喪失であるはずのマッドが、知らないはずの事を知っている。それが意味するところは。

 「記憶喪失になんかなってないって事だろ。」

  低い声でそう告げたのは、今はマッドの代理として賞金稼ぎの王を務めているジャックスだ。彼
 の声に、賞金稼ぎ達は困惑したように、やはり顔を見合わせる。

 「記憶喪失になんかなってないって………でも、頭を殴られたみたいだって。」
 「頭を殴られたのは本当かもしれない。だが、記憶喪失になったってのは、あいつの嘘だ。」
 「なんで、そんな嘘なんか。」

  まさか、本当にマッドが娼婦を殺したとでも言うのか。
  すると、ジャックスは首を横に振る。

 「本当にそうなら、あいつの事だ。もっと上手い嘘を吐いてるだろうな。」

  ジャックスの手はゆっくりとグラスを揺らし、中で揺れるアルコールをじっと見つめる。

 「嘘を吐いた理由……それは捜査を撹乱する為か……。」
 「撹乱って、そんな事してあいつに何の得があるってんだよ。」
 「あいつにはないかもしれない。だが、あいつが誰かを庇ってるとしたら、どうだ?」

  男は、壮年の皺の多くなった顔に疲れの色を滲ませながら、そう考えれば話は簡単だ、と呟く。
  マッドは犯人が娼婦を殺す現場を見たのだ。そして同時に、商人達の死体も。そして全てを悟っ
 たに違いない。商人を殺した事で脅迫を迫る娼婦を撃ち殺したのだ、と。そして、マッドに気付い
 た犯人は、マッドを殴って逃げたのだ。そしてマッドはそれを言い訳に記憶喪失の振りを続けた

 「あいつが誰かを庇っているんだとしたら、もう話は驚くほど簡単だ。あいつは、その誰かが安全
  圏に逃げ切るまで、自分が容疑者に見えるような状態で、でも記憶喪失だと言い張って、保安官
  を混乱させたら良いんだからな。」

  保安官だって、マッドを簡単に縛り首にはできない。事実それをしようとしたら、娼婦と賞金稼
 ぎ達から猛攻をうけたのだから。

 「あいつは、自分の価値を良く知ってる。だから、こんな事も出来たのさ。」
 「でも、それでも縛り首になる可能性が完全にないわけじゃない。危険である事に変わりない。な
  のにそうでもして庇いたい奴なんて、マッドにいるのか?」

  その台詞に、ジャックスは経験豊かな顔に、更なる苦渋の色を深める。そして、分からないか、
 と吐き捨てた。

 「あいつを殴り倒す事が出来て、あいつが殴り倒されても文句一つ言わず、それどころか法の手か
  ら守り抜きたいと思う奴なんか、一人しかいないだろう。」

  それは、マッドが自分の手で捕まえねば気が済まないと豪語して憚らない賞金首。

 「サンダウン・キッドだ。」