街のサルーンの一画にある酒場で、賞金稼ぎ達は顔を突き合わせていた。
  その表情は、本来なら酒場で見せるだらけきった笑いは鳴りを顰め、まるで獲物にとびかかる寸
 前の猟犬達のような、真剣な眼差しを見せていた。
  声を顰め、時折周囲を窺いながら、狩りの相談をするように一つ一つの物事を確かめていく。
  それは、むしろ狩りに行くよりも真剣な顔をしているのかもしれない。
  それもそのはず。
  一人の賞金稼ぎが顔を上げ、あらぬ方を見やる。酒場の薄汚れた壁に阻まれているが、その視線
 の先には、保安官事務所が確かに存在している。そしてそこには、紛れもなく西部一の賞金稼ぎで
 あり、彼らの頂点に君臨する彼らの王が閉じ込められている。
  鎖に繋がれた王者は、解き放たれる時を、今か今かと待っている。




>  猟犬たちの予断





  今、賞金稼ぎの王であるマッド・ドッグは、娼婦殺しの容疑を掛けられて、牢に入れられている。
 旧市街の商人の家で殺された娼婦の傍らに佇んでいたマッドは、自分のした事に一言も弁解しなか
 った。いや、出来なかった。
  何故ならば、マッドは、娼婦の傍らに立ち尽くすその直前の記憶がなかったのだ。
  急いで保安官事務所に押し寄せて、牢屋の扉を壊す事が出来るのではないかという勢いで面会し
 た賞金稼ぎ達に、彼らの王はまるで『生ハムにチーズを巻くとおいしいよな』と言うような、あっ
 けらかんとした口調でそう告げた。湿っぽくじめじめして、とてもではないが過ごしやすそうには
 見えない牢屋の中で、優雅に長い脚を組んでいるマッドを見て、賞金稼ぎ達は思わず『はあ、そう
 ですか。』と頷きかけてしまった。
  尤も、その頷きは次いで押し寄せてきた娼婦達に、幸いにして掻き消されてしまったわけだが。

  ヒステリックに泣き叫ぶ彼女達を見て、彼らは再びマッドが牢屋の中にいる事が異常な事態であ
 る事を思い出した。今にも紅茶を啜りそうなマッドの様子に、大した事ではないと思いそうになっ
 ていたが、これは、容疑を掛けられているという大変な事態なのだ。しかも殺された相手は銃を持
 たぬ娼婦である。この荒野で、銃を持たぬ人間を撃ち抜くのは万死に値する。マッドはいつ、縛り
 首にされてもおかしくない立場にいるのだ。  

  だが、その事実を誰よりも知っているはずのマッドは、うっとりと、西部の男には有り得ないく
 らい悩ましげな笑みを浮かべていた。一歩間違えれば、気が狂ったとしか思えない様子だが、しか
 し、賞金稼ぎ達はマッドがそういった笑みを浮かべるのがどういう時なのか知っている。
  これは、マッドが狩りを始めようとしている時の表情だ。
  艶めかしくも皮肉げに弧を描いた唇も、夢見るようでありながらも鋭い光を湛えた瞳も、それら
 は全て、マッドが狩りを仕掛けた時に浮かべる笑みだ。
  それを見た瞬間、賞金稼ぎ達は王者が何をしようとしているのか理解した。

  マッドは、自分が牢に入らざるを得ない状況を生み出した人間を、捕えようとしているのだ。
  檻の格子の、その隙間から。

  そしてマッドは賞金稼ぎ達に幾つかの命令を出した。その一つが、娼婦が殺された現場の探索だ
 った。
  気がついたマッドは、後頭部に鈍い痛みを覚えたという。つまり、殴られた可能性があるという
 事だ。しかし、マッドは賞金稼ぎの王だ。簡単に殴られるとは思えない。何らかの格闘があったは
 ずだ。

 「もしかしたら、その時に、奴は何か落としていってるかもしれねぇな。」

  口元に笑みを湛えたまま、マッドはそう言った。
  だから、殺害現場である、かつて商人が住んでいたという屋敷に行ったのだが。
  まさか、そこであの男に出会うなんて。

 「なんで、サンダウン・キッドが、あんなところにいるんだ!」

  よもや、マッドと対極に位置する、西部一の賞金首がうろついているとは。マッドでさえ太刀打
 ちできない相手に、いくら暗がりに先に潜んでいたとはいえ、勝てるとは思えなかった。現に、先
 手を打つ直前に、サンダウンには自分達の存在を気付かれ、放った銃弾はまるで軌道が見えている
 かのように避けられてしまった。
  何とか逃げ出してきたものの、それは単にサンダウンが追いかけて来なかったから逃げられたの
 であって、もしもサンダウンが撃ち殺すつもりだったなら、あの場にいた人間は誰一人として生き
 て此処に辿り着く事は出来なかっただろう。

 「でも、おかげで何も見つからなかったよな。」

  何かを探し出す前に、サンダウンに遭遇して逃げ出してしまった。マッドが聞いたら怒るか鼻で
 笑うか。
  はあ、と溜め息を吐いていると、それを打ち消すように豪快な声が聞こえてきた。

 「そうでもないぜ。」

  太い笑い含みの声に、賞金稼ぎ達ははっと顔を上げる。風のように現れた背の高い、長い髪を後
 ろで束ねた男を見て、彼らはぱっと顔を輝かせる。

 「ジャックスさん!」
 「よお、しけた顔しやがって。そんな顔で酒場になんか籠ってるから、大事な情報も逃しちまうん
  だぜ?」

  ジャックスと呼ばれた壮年の男は、空いた椅子を引いてそこに座ると、脚を組んで賞金稼ぎ達を
 かつてのように見回した。
  以前――マッドが現れる前まで、賞金稼ぎの王として君臨していた彼は、マッドにその座を譲っ
 た後も、その面倒見の良さから今でも賞金稼ぎ達に慕われている。
  そして、マッドが牢に入れられた後、入れ替わるようにして彼は現れた。ジャックスも、己の後
 進が娼婦殺しの容疑を掛けられて捕らわれた事を気にしているようだ。ジャックスは以前から何か
 とマッドを気に掛けていたから、無理もない。
  彼は、今も賞金稼ぎ達とは別のルートでマッドの容疑を晴らそうと動いていたらしい。賞金稼ぎ
 達がグラスに注いだ酒に手を付ける事もなく、先程の笑い含みの声を消して、真剣そのものの声で、
 『情報』を告げる。

 「殺人現場となった商人の屋敷でな、死体が発見されたらしい。それも三つ――お前達が忍び込ん
  だ、その後に。」
 「な………。」

  賞金稼ぎ達は、その瞬間にサンダウンがその場にいた事を思い出す。もしや、あの男は、あの時
 人を殺そうと待ち構えている最中だったのだろうか。
  だが、ジャックスはそれに首を横に振った。

 「いや、見つかったのは白骨化した死体だ。サンダウンがそれに何処まで絡んでいるのかは分から
  ないが、少なくとも昨夜殺したってわけじゃなさそうだ。それに死体の身元は分かってる。あの
  屋敷に住んでいた商人とその妻、そして子供の三人だ。」

  20年前に行方不明になったのが、見つかったのさ。

 「さっきも言ったように、それにサンダウンの野郎が何処まで噛んでるのかは分からない。奴は既
  に消え去った後だしな。とっ捕まえて聞く事もできない。」

  今、この時に、行方不明になった家族が発見されたその理由は分からぬままだ。だが、保安官の
 調査によると、三人の死体は動かされた形跡はなく、行方不明になったその時から、そこにあった
 のだという。
  ずっと隠されていたのだ、あの場所に。
  そしてその場所で、娼婦が一人殺された。賞金稼ぎの王に容疑を掛けて。
  神や運命など馬鹿にしている人間が多い賞金稼ぎ達だったが、しかしその重なりすぎた偶然に、
 一様に声を失った。
  ジャックス以外は。

 「ふん、偶然?そんなわけがあるか。此処まで偶然が重なるはずがない。」

  グラスに手を掛け、中の酒を一気に飲み干すと、彼は確信めいた口調で言った。

 「商人の家族が死体となって見つかった場所で、娼婦が殺されたのは、偶然じゃない。娼婦は、あ
  の場所に死体がある事を、何らかの拍子に知って、そしてあの日、わざわざあの場所に行ったの
  さ。」

  その目的は、強請りか。
  そして強請る相手は。

 「勿論、商人を殺した犯人だ。」

  そしてその犯人は、娼婦を殺した犯人であり、賞金稼ぎの王を檻の中に閉じ込めた張本人に違い
 なかった。