「……何やってんだ、あんた。」

  マッドは、昨夜から井戸の周りでこそこそと怪しくうろついている賞金首に、怪訝な眼差しを向
 けた。
  井戸の周りをうろついていた砂色の髪と髭の男は、マッドの声を背で受け止めるや否や、何か慌
 てふためいた気配を醸し出した。





 Citrullus lanatus






  マッドのお気に入りの塒である小さな家には、台所が完備されている、厩がある、その他に井戸
 があるといった点で優れている。
  井戸というものは非常に重要で、特に乾いた大地においては水分補給は当然のこと、日差しの強
 い時には涼を求める術としても非常に大きな役割を果たしている。
  かくいうマッドも、夏場は井戸で水を汲んでは毎日風呂を沸かして汗を落としたり、或いはお気
 に入りのクッションを井戸の水を詰めた水袋で冷やして、寝る時に暑苦しくないようにと工夫を凝
 らしたりしている。
  そんな、超重要な井戸の周りに、不審人物宜しく賞金首サンダウン・キッドがうろついているの
 を見て、怪訝に思わぬはずがない。
  というか、これがサンダウンではなくて普通の賞金首だったなら、井戸に毒でも投げ込もうとし
 ているのではないかと、マッドに問答無用で撃ち落されているところである。
  サンダウンが辛くも撃ち落されていないのは、単に、井戸に毒を入れたところで、その井戸の水
 を使って作られた料理を、サンダウンも食べる事になるという事実からくるものである。
  とりあえず、命に係るような害はないにしても、何かまたおかしな事を企んでるな、と思ったマ
 ッドは、朝方珍しく既に活動しているサンダウンを捕まえ、その背に向けて問いかけたのである。
  よもやマッドに見つかるとは思っていなかったのか、井戸の前で、びくりと肩を竦ませたサンダ
 ウンは、五千ドルの賞金首と言うには随分と間抜けであった。
  その前に、普段からマッドのほうが先に眼を覚まして朝飯を作っている事を鑑みても、マッドも
 同じように活動していると思えないのか。
  だが、基本的に我儘なおっさんには、マッドの活動状況まで思考に組み込んではいないらしい。
  いきなり背後にいたマッドに、あわあわと井戸の前で慌てている。

 「何を慌ててんだ。なんかまた、やらかしたのか。」

  マッドの中では、この小屋にいる間にサンダウンが変な事をやらかすという事は、ほぼ恒例行事
 となっている。なので、大概の事には驚きはしない。ただし、だからと言って変な事をやらかして
 も良いという話にはならない。
  夕飯後の一杯の晩酌を取り上げてやろうか、と思いつつ、井戸の前にいるサンダウンに近づいて
 いったのだが。

 「………てめぇ、なんだ、その腹は。」

  無理やり振り向かせたサンダウンは、いつもの小汚いおっさんであったが、しかし腹が妙に膨れ
 ていた。
  ぽっこりと膨れた腹を、顔を顰めて見下ろしているマッドに、サンダウンはぼそぼそと呟く。

 「水っ腹……。」
 「ああそうかい、暑いもんな、あんた暑いの苦手だもんな、だから腐るほど井戸水飲んで腹が膨れ
  たってわけか、ふざけんな。」

  あまりにも見え透いた嘘に、マッドは魔法のように素早く手を伸ばしてサンダウンのシャツを引
 っ張った。特に、腹の部分を。
  途端に、シャツの下から、ごろん、と転がる何やら緑色の物体。
  それをサンダウンは急いで拾い上げると、マッドの眼から隠すように必死に抱きしめた。

 「……なんだ、それ。」

  どうも、緑と黒の縞々の丸い物体であったような気がするのだが、サンダウンが抱きしめてしま
 っている所為で、良く見えない。
  恋人もかくやと言わんばかりの抱きしめっぷりに、マッドはなんだか呆れてしまった。

 「そりゃ、あれか。あんたの恋人か何かか。」
 「……嫉妬か?」

  マッドに見せまいと隠しながらも、何故かマッドに嫉妬して貰いたがるサンダウン。
  そんな姿に、マッドは鼻先で笑う。

 「なんで俺が西瓜に嫉妬しなけりゃならねぇんだ。それよりも、あんたなんで西瓜になんか抱き付
  いてんだ。前々から思ってたけど、あんた変態か。遂に西瓜で抜けるようになったんか。」
 「お前以外では……。」

  何やらもぞもぞと呟くサンダウンを、それ以上その言葉を聞いていたらなんだか気が狂いそうに
 なるような気がして、マッドはサンダウンに背を向けると、さっさと小屋の中に戻る。それを見た
 サンダウンは、何か凄く焦ったような気配を出して、いそいそとマッドの後を追った。ただし、腕
 の中に西瓜を抱いたまま。
  一旦小屋の中に戻り、マッドは冷えたクッション――というかトカゲのぬいぐるみ――を肘掛に
 してソファに座り、サンダウンが抱えた西瓜を見やる。

 「とりあえず、あんた、それどうしたんだよ。」
 「やらんぞ。」

  一言も欲しいとか、それに類する言葉を言っていないにも拘わらず、意地汚く一人占めしようと
 するサンダウン。

 「いらねぇ。」

  サンダウンの心配を一語で吹き飛ばし、マッドはそれ以上西瓜の出所を聞く事をやめにする。聞
 いてもあまり意味がないからだ。

 「それで、あんたはそれをどうするつもりだ?」
 「食べるに決まっているだろう。」

  当然と言わんばかりに答えるサンダウン。
  どうやら、西瓜を手に入れてから食べる事しか考えていなかったようだ。
  そういえば、昨夜マッドのベッドに潜り込んでこなかったのは、西瓜の事で頭が一杯だったから
 か。そして井戸の周りをうろついていたのは、西瓜を井戸で冷やそうとしていたからか。
  しかし、冷やした西瓜を思い切り抱きしめているサンダウンを見ていると、既に西瓜はぬるくな
 っているのではないかと思えてくる。

 「お前が欲しいというのなら、やらなくもない。」
 「いらねぇ。」

  何か交換条件でも出してきそうな声で申し出てくるサンダウンを、マッドは再び同じ言葉で一蹴
 し、良く冷やされたトカゲのぬいぐるみを抱きしめる。ひんやりしたトカゲは、心地よい。鬱陶し
 いおっさんとは比べ物にならない。それに、見た目も愛くるしい。
  トカゲにすりすりしているマッドを、サンダウンは非常に微妙な表情で見やり、しかし自分は西
 瓜があるから、と思ったのか、もぞもぞと西瓜を切る為に包丁を探し始める。
  西瓜を半分に切って、そのうち半分を手元に引き寄せているサンダウンを見るに、どうやらこの
 まま半分を丸々と食べてしまうつもりらしい。 
  それこそ、水っ腹になるんじゃねぇのか。
  西瓜の赤い果肉に、嬉々としてスプーンを入れようとしているサンダウンを見て、マッドは呆れ
 たように思う。そんなマッドの視線を感じたのか、サンダウンは、やらんぞ、と西瓜を腕の中に囲
 い込む。

 「いらねぇ。」

  本日三度目の台詞を吐いて、マッドはずりずりと、トカゲと一緒に冷やしていた酒瓶を取り出す。
 酒瓶の中身は、最上級の白ワインである。
  それを見たサンダウンが、なにやらうぞうぞし始めた。

 「やらねぇからな。」

  あんたには西瓜があるだろ。
  冷えたワインを嬉々としてグラスに注ごうとしているマッドに、サンダウンはスプーンを握った
 まま、なんとも微妙な表情を浮かべている。
  サンダウンとしては西瓜も捨てがたいが、ワインも同じくらい捨てがたい。マッド・ドッグ本人
 は言わずもがなである。
  サンダウンとしては久しぶりの西瓜である。北部にいる頃は毎年口にし、しかし何故か西部に来
 てからはめっきり食す機会のなかった食べ物である。それをようやく見つけ出し、冷やして食べよ
 うと思い至ったわけである。
  が、酒と比べられてはサンダウンの心の天秤は大きく揺れ動く事は当然であり、マッドと比較し
 ようものなら、西瓜が地平の彼方に飛んでいくほどにマッドのほうに傾く事はのはや必然であった。
  しかし当のマッドはサンダウンの心中など興味もなく、それどころか平気で酒瓶を開けようとし
 てるのである。
  朝っぱらから。
  サンダウンが同じことをしたら怒るくせに。
  しかも腕の中にはクッションとマッドが言い張るトカゲのぬいぐるみがある。そんなメタボリッ
 クなトカゲの何処が良いのか。
  半分に切った西瓜の前で、スプーンを握り締めたサンダウンは、むっつりとして西瓜を租借し始
 めた。
  その目の前で、マッドは愉快そうに酒瓶を傾けている。
  と、不意にマッドが酒瓶から口を離し、

 「西瓜の残り半分は、夜に食おうぜ。あんた一人で食ってたら、腹壊すぜ。代わりに、この酒も残
  りはあんたにも飲ませてやるよ。」

  笑い含みの声で、マッドはサンダウンに囁く。
  マッドの言葉に、サンダウンは小さく溜め息を吐く。

  ああ、だから、もう。
  甘やかされすぎてると、思うのに。