森の中では淫らな荒い息だけが場を支配している。
  それを放つ人間は一人しかいないというのに、辺りに広がる気配は蜜のように濃厚で、どろりと
 している。獣でさえ近付く事を躊躇うような凌辱の現場にいるのは、けれどもやはりただ一人だけ
 だった。
  たった一人で腰を高く持ち上げ、まるで後孔に男根を咥え込まされているかのように腰を揺らめ
 かせている少年は、地面に頬を擦り寄せ、悩ましげに蠢く舌が見える口からはだらしなく涎を垂れ
 流して、嬌声を零し続けている。
  露わになった下半身では、痩せた双丘の隙間では後孔が、やはり男根を呑みこんでいるかのよう
 にぱくぱくとひくつき、足の間では未熟な肉芽がそそり立ちながらはしたなく液を纏っている。そ
 の、腹につくほど反り返った男根を、少年の固い指が扱き上げている。
  傍目から見れば、卑猥に自慰に耽っているように見えただろう。性の味を覚えたばかりの少年が
 快感に堕ちていく様だと、誰もが思っただろう。
  だが、ひたすら一人腰を振り上げる少年の背後には、まるで少年を突き上げるかのようにして一
 人の亡者が貼り付いている。長い鈍色の髪を触手のように少年の背中に這わせ、少年に嬌声を上げ
 させている淫霊は、少年が極まりに泣き叫ぶたびに、口角を吊り上げて少年の魂が自分の口元に転
 がり堕ちてくるのを待っているのだ。

 「あぁ…ぅああ……っ」

  獣のように喘ぎながら、アキラは何度めかも分からない精を放つ。人の心が読めるが故に、今や
 肉体を持たない魂だけの亡者達に眼をつけられ、来る日も来る日も怨嗟の声を聞かされ続けてきた。
 それから一時でも逃げる為に、性欲に溺れたのは良いが、それを亡者の一人――鈍色の長い髪を持
 つ魔術師に付け込まれ、アキラは亡者の性奴として甚振られていた。
  もしも、誰か一人でもアキラの傍にいたのなら、亡者は薄気味悪い笑みを浮かべながら、それで
 も手出しはしないだろう。
  しかし、今夜、アキラの傍には誰もいない。
  いつもなら気遣わしげに構ってくるユンも、アキラを性欲に漬け込むおぼろ丸もいない、この二
 人が、アキラを放り出して、二人で激しく犯し合っているなど、アキラには思いもよらぬ事であっ
 たし、仮に思いついたとしてもそれを詰るだけの理性は残っていなかった。

 「ぁっ…ぁっ…はっ…」

  達したばかりの欲望は、再び亡者に弄ばれて、硬く張り詰めてしまう。達しても再び果てしなく
 持ち上げられ、亡者達の前で嬌態を演じる。脚を広げさせられ、時に秘部に自分の指を咥え込まさ
 れ、しかしそれでは満足できずに太い欲望を望む。
  亡者達の前では、アキラは人間としての尊厳を奪われていた。

 『ははっ、またイッたのか。』

  耳元で、鈍色の亡者が嗤う。その言葉にアキラが反論しようにも、ぐちゅぐちゅと中を掻き混ぜ
 られてアキラはまた達してしまう。

 『すげぇな。完全にイクだけの身体になっちまったなぁ。』

  自分でそうしておいたくせに、亡者はさも驚いたと言わんばかりの口調で言う。その言葉に、周
 囲にいた亡者達も嗤ったようだった。男もいれば女もいる。老人もいれば、やけに偉そうな者もい
 る。それら亡者達は、犯されて感じて達するアキラを見て、哄笑している。

 『いかがいたしましょうか、王女様?今度はどのような方法が宜しいですか?』

  紫紺の色の女に、鈍色の亡者が恭しく問い掛けた。他の亡者達よりも一段高いところにいた女の
 亡者は、可愛らしげに小首を傾げ、

 『そうね………宙吊りの不安定な状態というのはどうかしら?』
 『かしこまりました。』

  王女の言葉に、魔術師は口の端を吊り上げた。

 『さ、王女様のご希望だ。空中で犯される悦びを味わうが良い。』
 「や……やめっ………。」

  身体を持ち上げられてアキラは咽び泣く。秘部には眼には見えぬ、しかし太い何かが嵌めこまれ
 たままだ。

 「なんで……どうして、あんたらが………!」

  アキラがこうして犯されているのは、魔王の望みだという。しかし、アキラを犯す亡者達は魔王
 に殺された者達だ。それなのに、何故、魔王の望みを叶えているのか。

 『俺達が亡者だからさ。』

  アキラを犯しながら、鈍色の亡者は嗤う。

    『俺達は魔王オルステッドに殺された。死の間際まで蹂躙され、肉体は滅ぼされ、魂はオルステッ
  ドに呑み込まれた。魔王が魔王であり続ける為の原料としてな。オルステッドの腹の中で、俺達
  は犯され続けた。今のお前のように。』

  そして、それから逃れる代償として、俺達は魂を完全にオルステッドに売り払った。

 『奴の腹の中は凌辱の坩堝だ。お前もそのうち入る事になるだろうが、きっと一日と持たないだろ
  う。胸が腫れるまで嬲られ、後ろだけで達するようになるまで尻を抉られ、全身を性器にされる。
  そして魔王の奴隷の完成だ。魔王の言う通りにお前を犯し、他の連中の身体を吟味している。』

  両手両足を触手で縛られ、大の字に吊るされたアキラの中では、激しく一際太い肉触手が抜き差
 しを繰り返している。幾つもの瘤がついた肉棒に貫かれるアキラの感じる快感は、並大抵のもので
 はない。喉の奥から嬌声を張り上げ、身体を跳ねさせる。

 「っあぁあっ…うぅうんんぅぁっ…あ、あ、あああっ!」

  びちゃびちゃと、陰茎からは絶え間なく精液が流れ出ている。衣服などもはや何処に行ってしま
 ったのか分からない。痩せた胸や脇腹には、亡者から咲いた触手が吸い付いている。

 「あっ…あっ……そんな、したらっ………!」

     休む事なく突き上げる動きに、アキラが危機感を覚えてもがき苦しむ。それを満足そうに見た亡
 者は一人や二人ではない。彼らはぞろぞろとアキラの周りに集まり、その敏感になった肌をさする。

 「んんっ……うぁあっ…うぁ……ふぅぁっ。」
 『どうだ?俺達にその身体を委ねたら、許してやるぞ。』
 「んっ、ふっ、……誰……がぁ、っあああああっ!」
 『良いのか、このままでも?お前の面倒をみる連中は、今日は来ないぞ?』

  奴らは乳繰り合う事に夢中だ。
  そっと耳元で囁かれる言葉に、アキラは大きく眼を開く。驚愕の表情に、亡者は嗤った。

 『何を今更そんな顔をするんだ?薄々感づいていたじゃねぇか。奴らはお前を疎ましく思って、俺
  達に苦しむお前を放置して、二人絡み合ってる事くらい。』

  ユンはアキラを邪魔に思い、おぼろ丸はアキラを馬鹿にしていた。

 「あ、ああっ、………んぁあ!」
 『俺達に身を委ねろ。そうしたら、二度とそんな眼にはあわないぜ?』

  そして今度はお前が奴らを堕とす番だ。
  乳首を弄られながら、耳元で囁かれて、アキラはもう堪らなかった。しかも陰茎は握り締められ
 て射精を止められている。性の味を、しかも男に犯されるという手段で性の味を覚えたばかりの身
 体には、耐え切れなかった。

 「あ、ああっ、い、イカせ、てぇ………っ!」
 『俺達の物になるか?』
 「なる、なるぅううっ!なる、からぁっ……イカせてぇえええっ!」

    まるでアダルト・ビデオの女のような言葉を吐きながら、だが、アキラは自分が何を口走ってい
 るのかも分からない。ただ、本能のままに叫び声を上げる。
  無意識のうちに吐き出された少年の言葉に、亡者達は顔を見合わせて、にやりと嗤った。
  そして、その、遥か向こう側で、魔王もゆっくりと笑みを作り上げたのだった。








     「おぼろ丸さん…………。」

  互いの身体を一通り犯し合った後、うっとりとユンが囁いた。
  抱いた後、こうして何か勘違いしたかのような声を出す輩は多い。こういった連中は、特にでっ
 ぷりと肥えた、醜悪な大名や旗本に多かった。気味の悪い声を出す彼らを、おぼろ丸はいつも腹の
 底で嘲り、果たして今もユンの事を嗤っていた。
  黙って心底で嗤うおぼろ丸に何を思ったのだろう。ユンはおぼろ丸に抱き付いてきた。

 「大丈夫です。もう、貴方をあんな目には会わせません。僕が、あの男から、貴方を守ります。」

  震える、緊張したような声で、女子供に囁くような台詞を吐くユンが言う『あの男』とは、サン
 ダウンの事だろう。ユンは、おぼろ丸を好きなように蹂躙するサンダウンを、敵視していたから。

 「あの男は、所詮貴方を誰かの代わりとしてしか思ってないんです。そんな事、貴方に失礼すぎる。」

  さも良識ぶって呟くユンに、おぼろ丸は今度こそ腹を抱えて嗤いたくなった。
  サンダウンにとっておぼろ丸は『誰かの代わり』ではない。『性欲処理の相手』でもない。しか
 しそれは、ユンが夢見ている愛情や恋情の絡むものでは、全く以てあり得ず、かといって友情でも
 ない。
  サンダウンにとっておぼろ丸は『拷問器具』だ。サンダウンを罰する為だけに穴の開いた拷問器
 具。
  それも、最近では成り立たなく有りつつある。おぼろ丸がサンダウンに快を与えようと腰を振り
 始めてから、おぼろ丸は『拷問器具』としての役割さえ果たせなくなっているのだ。最近は、貫か
 れる事も、少なくなった。
  それをユンは自分が非難したからだと思い込んでいるようだが、それは違う。おぼろ丸は牢獄の
 ような光を放つ月を見上げる。月が、最近、連続して出ている。それの、所為だ。そして、月こそ
 サンダウンが想う相手。おぼろ丸にとっての坂本。けれども坂本のような夜明けではなく、月とい
 うおぞましいもの。
  月に照らされている時のサンダウンの表情は、眼に見えて穏やかだ。その眼でおぼろ丸を見る時、
 そこには明らかに、おぞましさと同時に憐憫がある。少年達を手玉にとって絡み合うおぼろ丸を、
 微かに憐れむように見て、しかしすぐに月に眼を奪われる。
  憐憫は嘲りと同義だ。
  まして、それが一抹のもので、別のものに心を奪われているならば、尚更。
  おぼろ丸が少年達を嘲るように、サンダウンはおぼろ丸を嘲っている。それは、男に犯されるよ
 りもおぼろ丸を激しく罰している。ただ、おぼろ丸にはそれが耐えられない。

 「はっ……薄汚ねぇ事考えてやがる。」

  耳朶を打った声に、おぼろ丸ははっとした。それはユンも同じだったようだ。何処にも気配はな
 かったにも拘わらずに、突如として現れた声の主に、二人は咄嗟に身構える。そして、呆然とした。
 そこに立っていたのは、普段狂気に犯されているはずの、アキラだったからだ。

 「どうした?続き、しねぇのか?」

  一糸纏わぬ姿で現れたアキラに、二人は化け物かと身構えた身体を解こうとしないが、アキラは
 それを見ても嗤うだけだ。

 「二人だけで、なんて薄情だな。昨日は散々俺の中に出した癖によ………。」

  さっと動いて、二人の前に蹲る。いつものアキラからは考えられない動き。だが、気配は完全に
 アキラのものだ。

 「なあ、俺も混ぜろよ。」

  見れば、アキラのものは、完全にそそり立っていた。それを見たユンもおぼろ丸も、アキラが流
 れ込む怨嗟により壊れてしまったのだろうと見当をつける。しかし彼らの中にはアキラを痛む気持
 ちは――ユンには多少はあったかもしれないが――ない。ユンは既におぼろ丸に籠絡され、おぼろ
 丸にとってアキラは愚かな子供の一人だ。
  だから、壊れたアキラの言葉に頷いたのも、別に彼を憐れんでの事ではなかった。
  が、その、いつもならば尻を高く持ち上げている少年の手が素早く動いたかと思うと、おぼろ丸
 の身体はあっと言う間にうつ伏せにされた。

 「な………!」
 「いいだろ?偶にはよ?」

  おぼろ丸がアキラの動きを見切れなかった事に呆然としている間にも、アキラは既に解れている
 おぼろ丸の秘所に自身を呑みこませていく。

 「っアキラさん!」
 「安心しろよ。お前も後で犯してやるからさ。」

  口元まで裂けるように嗤ったアキラの顔は、鈍色の亡者にそっくりだった。しかしそれはユンに
 もおぼろ丸にも分からない。ただ、眼の前にいるアキラに、普段とは違う力が働いている事は明白
 だった。
  しかし、それに抵抗する間もなくおぼろ丸は快楽の波に飲み込まれ、身を逸らせた。そして動こ
 うとしたユンにもアキラの手が伸びて、その乳首を摘まむ。

 「ひぃっ!?」

  突然の行為、しかしそこに電流が走るような快感を得て、ユンは戸惑う声と嬌声を同時に上げる。

 「慌てんなよ……じっくり、甚振ってやるさ。」

  ――魔王は、それを、お望みだ。
  
  乱れる少年達に、亡者達はじっとりと蠢いた。