何も聞こえなくなるような快感に流されていたアキラが、次に意識を取り戻したのは、やはり死
者の声によるものだった。
アキラがおぼろ丸に犯されている間中も、ずっとアキラの周りで蠢いていたそれらは、犯され、
ぐったりと身体を弛緩させたアキラを嘲笑う。
『凌辱されて、そんなに悦ぶなんて、なぁ?』
鈍色の長い髪が、だらりと垂れ下がってきて、アキラのまだ敏感な身体をその毛先で突く。見下
ろす死者の眼は腐ったように濁っており、まるで空洞のようだ。それなのに、そこに灯っているの
は嗤笑だと分かる。
『どうかしてるな……男に凌辱されて悦ぶお前も、男を凌辱して愉しむ男共も。』
どっちもどっちだ。
『良かったのか、そんなに?男に触られんのは?何回出したよ?なあ?』
くるくると、死者の声がアキラの未だに敏感な先端をなぞる。その光景を心の中に叩きこまれて、
アキラは、ああ、と声を上げた。死者の怨嗟にすでに蹂躙されていた心は、あっけなくその防御を
崩し、脳に直接叩き込まれる自分の痴態に身を捩る。
『ああ、好きなだけイケよ。てめぇがそうやって、現実から眼を逸らしている間に。』
三日月のように、口が裂けて笑みを浮かべ、
『お前らが帰るべき道は閉ざされるんだ。』
魔王はその為にお前達を呼んだのだという声は、快感に夢中になっているアキラには届かない。
かかと嗤う亡者は、鈍色の髪を振り乱し、憎々しげな眼でしかし嗤い顔は崩さずに、アキラにしか
聞こえない声で告げる。
『あいつにとっちゃ、不和こそがメシの種さ。不和と堕落こそがあいつの望むもの。他人がそれで
苦しむ様が見たいのさ。自分がそれで苦しめられたからな。自分だけが何でって思って、他人が
同じ目に合うのが見てぇんだよ。』
かつての勇者が、魔王を名乗りながら只人に近い願いを吐いている事を、その亡者は嬉々として
叫ぶ。その様は、まるで勇者が、魔王が、只人でしかない事を悦んでいるかのようでもある。その
真実を告げる亡者が、実はかつてルクレチアの勇者と呼ばれた魔王の親友であり、同時に魔王の引
き金となった人物である事は、心が読めるアキラにならば分かっただろう。しかし亡者の手に犯さ
れ、再び快楽地獄へ突き落されたアキラには、それを読み取るだけの意志はない。
そして魔王に殺された亡者が、殺された事によってかは知らないが、魔王の意志を僅かなりとも
引き継ぎ、魔王と同じ趣向をしている事にも気付かない。魔王と同じく堕落と退廃、そして不和を
求める趣向として、亡者はアキラを責め立てる。
『お前達は、人柱、さ。』
酒池肉林の快感に穢され、そのままオルステッドに食われたら良い。そうする事で、あの魔王は
腰を振って悦び、そしてその食指を更に遠くに広げるのだ。そうして、世界はオルステッドの、オ
ディオの支配下に成り下がる。
『そして、その時、聖書のように天使も救世主も神の慈悲も、此処には訪れない。』
亡者が大笑するのと、アキラが熱を放つのは同時だった。
犯され、喘ぐアキラに、しかし誰一人として眼を向ける者はいない。ただ、歪んだ月が隠れるよ
うに澱んだ雲の向こう側に佇んでいた。
「あ、あ……っ、ふ、ぅ……っ。」
砂が塗れた教壇の上で、マッドが艶めかしく身を捩った。砂埃が隅に溜まっている事から、その
教会が打ち捨てられて久しい事が分かる。しかし、それでも教壇の頭上高くで縫い止められた救世
主の姿は、朽ち果てていない。十字架に吊り下げられたまま、男に犯されて嬌声を上げるマッドを
見下ろしている。
きっと、酷く退廃的な気分を味わっているはずだ。
サンダウンの欲望を、根元まで呑み込まされた姿を見下ろし、サンダウンは薄く笑う。先程まで
きゅうきゅうと締めつけて、サンダウンの侵入を拒んでいたマッドの蕾は、今や完全に蕩けて、サ
ンダウンが奥を突くたびに激しく収縮し、マッドの喉からも甲高い声を上げさせている。
嬲られ過ぎて、きゅっと摘まむたびに電流でも流れるかのような反応をさせる乳首も、先端を弄
るだけで快を示す透明な液体を零す陰茎も、サンダウンの欲望を十分に満足させる。
何よりも、貫いた瞬間に苦痛を示したその後孔が、サンダウンに犯されて以降、他の男達を受け
入れていない事を告げ、それが更にサンダウンの嗜虐心をそそった。
「嫌、ぁ、や……ぁ……!」
しかし、弱々しく拒絶する賞金稼ぎの上半身には、サンダウン以外の人間が付けたらしい痕がい
くつも付いている。おそらく、女達に付けられたものだろう。それをねっとりと舌で舐めとり、薄
っすらと残る痕の上から強く吸い上げる。
「ひぁっ……ああっ……やめ……!」
微かな理性にしがみ付いて、マッドはサンダウンを睨み上げ、制止の声を荒い息の下で告げる。
しかし、当然の事ながら、そこにはサンダウンを拘束する力はない。気丈にも光を失わない眼を愉
快そうに見て、サンダウンはマッドを嬲る。
「何を言う……?こうして欲しいから、追いかけてきたんじゃないのか?」
「くぅ、あぅ…っ、ふ、く……っ!」
耳朶を舐めるように告げれば、マッドがきつく眼を閉じて、必死になって首を横に振る。抗う青
年の姿は、それだけでも男の欲をそそるには十分だ。
「それとも、以前犯された復讐でもしにきたか……?」
更に問えば、もう、マッドには答えるだけの余力がないのか、必死に手で口を抑え、声が零れな
いようにしているだけだった。その様子を見て、まあ良い、とサンダウンは呟き、マッドの脚を抱
え直す。そして、突き上げる動きを速めた。
「っ――――!」
途端にマッドの黒い眼が零れ落ちそうなほど大きく見開かれ、マッドは口を抑えていた自分の手
指を噛んで、声を堪えようとする。
「我慢せずに、声を上げれば良い。」
「っ……んっ……んんっ……!」
内壁を激しく抉るたびに、マッドの塞いだ口からくぐもった音が漏れる。それを聞きながら言う
と、潤んだ目で睨み、しかし奥を突かれるとその眼は堪らないと言うようにきつく閉じられ、くぐ
もった声も大きくなる。
そして、波打つ腰と震える内腿。その間で、蜜を纏って反り返ったマッドの欲望が、マッドと同
じように苦しそうに、熱を解き放つ時を今か今かと待っている。
「………達きたければ、達けば良いだろう。」
指を噛み締めて眦に涙を浮かべる賞金稼ぎに、サンダウンはそう告げる。一番最初に犯した時の
ように、後ろだけで達すれば良い。しかし、マッドは強情に首を横に振る。
「………一番最初の時、舐められただけで達した癖に、な。」
「っ、るせぇ……っ!」
揶揄するように告げれば、僅かな隙間からマッドが言い返す。その隙を突いて、腰を動かせば、
慌てたように指を噛み締める。
「ふぅんっ……んっ!」
「いつまでもつか、楽しみだな。」
そう囁けば、潤んだ眼がもう一度サンダウンを睨み、同時にマッドの噛み締めていないほうの手
が下肢へと伸びる。そして、ぐっと欲望の根元を握り締めた。その意志の表れに、サンダウンは微
かに口角を持ち上げた。
「では、こちらも好きにさせて貰おう。」
達する事ができない苦しみは、きっと想像を絶するものだろう。奥を穿たれる快感は、出口を塞
がれてしまっているのだ。それに、果たしてマッドが耐えられるかどうか。だが、マッドは頑なに
声を上げる事も達する事も拒んでいる。
その身体を、サンダウンは容赦なく責め立て始めた。柔らかい粘膜を怒張で掻き混ぜ、敏感な部
分を一気に擦り上げる。そして眼の前に曝された赤く熟れた乳首も、舌で、歯で、指先で薙ぎ倒す。
「―――っ、っ!んんっ―――っん!」
抵抗できない身体に、無理やり叩き込まれる快感。しかも今回は、荒れ狂うようなそれを解放す
る部分が閉ざされてしまっている。それでも、マッドは自分を戒めるその手を解こうとはせず、身
体の中に溜まる一方の快感に甚振られる。何度も腰を浮かせては沈みこみ、身体を痙攣させる。も
しかしたら、何度か達してしまっているのかもしれない。しかし、サンダウンは止めるつもりはな
い。
「ん、んっ!ふ、ぅうんっ――っ!」
噛み締めた指の間から涎が零れ落ちる。激しく身を捩るのは、積もりに積もって、けれども出て
いかない熱の所為。マッドが握り締めているマッドの陰茎は、もはやはちきれそうだ。
サンダウンがすっと身を退いた。ずるりと抜け出る感覚にさえ感じているマッドは、次のサンダ
ウンの行動に身構えるだけの余裕も、意識もなかった。
次の瞬間、一気に最奥まで叩きつけられた怒張。
「んんんっ―――――っっっっ!」
ぴん、とマッドの身体が棒のように緊張し、その身体が真っ赤に染まる。そしてぶるぶると震え
たかと思うと、身体の赤味がすっと引き、同時に緊張も解ける。どさりと倒れ、失神したマッドの
中に存分に精を放ってから抜け出したサンダウンは、砂の上に転がるマッドを見下ろし、結局マッ
ドが精を放たなかった事を知る。
意識を失っても尚欲望を握り締めたその手を解くと、こぽり、とようやく精が零れ始めた。待ち
望んでいたそれに、マッドの身体は意識がないにも拘わらずに小さく艶のある声を漏らす。その様
子をうっとりと眺めながら、サンダウンはマッドの陰茎に、マッドが強く握りすぎた所為で残る痕
に気付いた。
そして、笑う。
この状態だと、マッドは、女でさえ抱けないだろう、と。
月の光の差し込む教会で、サンダウンはその気配に先程までの興を殺がれて、月を眺めていた眼
に憎悪さえ込めて気配のする方を向く。
すると、そこにはサンダウンと同じ血臭を漂わせた少年が佇んでいた。薄気味悪いほど静かに現
れたおぼろ丸に、サンダウンは視線を向けただけで特に何を告げる気にもなれない。いや、月を愛
でる邪魔をされて酷く機嫌が悪く、鉛玉なら送りつけてやれそうではあるが。
そもそも、一体何をしにきたのか。
今の時分なら、他の少年達と乳繰り合っている時だろうに。
冷ややかにそう思っていると、おぼろ丸は足音も立てずにサンダウンに近付いてきた。
「………久しぶりの事である故。」
そう告げて近付きながら、ゆっくりと自らの着衣を乱していく少年に、サンダウンはようやく自
分を誘いに来たのだと気付く。そして、気付いて、心底、不快になった。どうやら男に犯されて快
を得る少年は、その身に刻まれた淫猥さを恥じるどころか加速させる事を選び、サンダウンの拷問
を誘うようにさえなったのだ。
じりじりと近付くおぼろ丸が、誰も礼拝する事のない教会の中に散らばった、硝子片を踏みつけ
る。月の光を受けて、瞬いていたそこにおぼろ丸の影が差し込んだ瞬間、サンダウンははっきりと
おぼろ丸の姿を見極めて、ぞっとした。
その眼に灯っている光。
今までずっと、自分と同じ希望を自らの手で潰した人間のそれだと思っていた。
だが、これ、は、違う。
「寄るな。」
虚のような眼を見て、サンダウンははっきりと告げた。しかし、おぼろ丸は覆面を外し、そこに
笑みさえ浮かべている。
「何故?」
「ここは、神の家だ。」
冷ややかに十字を指差してやると、返ってきたのは、何もかもを諦めた笑みがやはり返ってきた。
「何を、今更。」
既に、そんな事を忘れるほどに、犯し、犯されているというのに。
「……だから、お前の身体で、自分を拷問する必要もない。」
此処にはそれを凌駕する罰がある。サンダウンを、責め、苛むだけの、想い出が。それを想起さ
せるものが。
そう告げると、ようやくおぼろ丸の動きが止まった。ただし、その表情には、何を言われている
のか分からないという色がある。きっと、この少年には、自分を止めるだけの想い出を想起させる
ものさえないのだろう。
おぼろ丸が坂本の一件で苦しんでいる事など、サンダウンは知らない。そして、夜明けこそがお
ぼろ丸にとってのそれであるとも。仮に知っていたとしても、それがおぼろ丸を僅かでも止める術
になっていないならば意味がないと考えるだろう。
何よりも、今のサンダウンはおぼろ丸を憐れむ気持ちなど持ち合わせていなかった。狂気に抗う
為の己の責め苦を邪魔した少年に、情を傾ける事など不可能に等しい。
「………………。」
立ち尽くす少年に苛立ち、サンダウンは教壇に寄り添っていた身体を起こす。
「出ていかないならば、私が出ていく。」
固い声でそう放つと、サンダウンは月の光を浴びた教会を立ち去った。