当時、インディアン保留地の囲い込み作戦が実施されていたが、マッドが宣教師に案内された場所
は、インディアンに比較的好意的な移民が多く、インディアンが保留地から出て、その町にやって来
ても特に咎め立てされる事がなかった。
 このような町は、19世紀末のアメリカでは異例中の異例で、基本的にインディアンは保留地から
出る事は許されず、それどころかインディアンを閉じ込める為に野性のバッファローを絶滅させよう
という案まで成されていたのだ。
 その後、悪名高いインディアン教化政策が打ち出されるわけだが、それはまた別の話であり、少な
くともこの地には、そのようなインディアンと白人の対立を煽るような風は、まだ訪れていないよう
だった。

「あんたは、インディアンにキリスト教を叩きこむ為に呼ばれたんじゃねぇのか。」

 町に辿り着くと、緩い感じでインディアンと思しき男と挨拶をし始めた宣教師に、マッドは呆れた
ような声で問うた。
 インディアンとの挨拶を終えて、今度は子供達と遊び始めかけていた――マッドが話しかけなけれ
ば、そのまま子供達に連れ去られていただろう――宣教師は、少し考えて頷いた。

「一応、そういう使命は受けた。」

 でもあんまりそういうのは好きじゃないから、適当にやっている。
 そんな宣教師の言い分に、マッドは本気で呆れた。
 マッドとて、別に教会の言い分など丸きり信じてもいないし、黒人だのインディアンだの言う政府
のお偉方の言葉もどうでも良いし、白人だからどうこう言うのはマッドの好みではないわけなのだが、
眼の前の宣教師は、一応使命を持って大陸に渡ってきたわけである。
 大陸に来るのも、ただではない。長い航海の果ては、大陸ではなく死であることすらある。それで
も人々は、夢だの使命だのを追いかけて、この地に来るわけである。
 それらは、白人以外の者にとっては、ひたすらの不幸の道であったとしても、だ。

「いや別に、神父になったのも宣教師の役目を引き受けたのも、布教がしたかったからではないし。」

 お前、なんで神父になったんだ。
 マッドの視線に気が付いたのか、使命を隅に追いやっている宣教師は説明し始める。

「神父というのは、そこそこ教養が学べる職種でね。神学を学ぶにしてもラテン語は必須だし、古典
文学ももちろん学ぶし、科学への反論という事で、化学や数学の知識も一応は学ぶんだ。」
「………で?」

 知識欲の為だけに神父になったのか。
 だとしたら、正しくこの男は、知恵の実を食べて楽園を追放された初代人類の子孫である。そして
それが神父になっているという皮肉。

「そうやって色々学んだ事を、子供達に伝えたい。神父と言うのは、日曜学校とかも開くじゃないか。
そんなわけで、神父になった。元々、人に色々教えるのは好きだったし。」
「………日曜学校では、普通、説教しかしねぇよ。」

 神父は、普通、算数も古典も教えたりはしない。
 大体、それならイギリスで大人しく神父の傍ら子供に数字でも教えていれば良い。話を聞いていれ
ば、どうやら大学まで出た、良いとこのボンボンだ。宣教師になるという使命を受けたとしても、金
にものを言わせて断る事も出来ただろう。

「大体、あんた一回こっちに宣教に来て、また戻ったんだろ?宣教って、そんなに何回も、しかも同
じ場所に向かわされるもんなのか?」

 マッドは薄ぼんやりと、この男は望んでこの地に宣教に来たんじゃないだろうか、と思う。宣教と
言うか何と言うか、だが。
 すると、宣教師はもじもじし始めた。
 さっきから度々、なんなんだこの男。

「いや、まあ、色々とあって…………。」

 口を濁す男は、どうやら何かを隠しているらしい。隠している、という割には随分な隠し方である
が。

「と、とにかく、私は別にそんな先住民達に無理やり布教しようとかそうは思わないんだ。一応、形
だけでも聖書とかは読み聞かせるけど。」
「……それ、たぶんお伽噺の一種だと思われてるぜ。」

 三大宗教の啓典も、所詮はそんなもんである。
 しかし、インディアンと友好的にやっていくには、無理やりに宗教を押し付けるのは良くないだろ
う。彼らは彼らなりの宗教を持っているのだ。それを、教化しようというのが、宣教師の役目ではあ
るのだが。

「とにかく、そんなわけで、この町では彼らを刺激しないでくれ。」
「何がどう、とにかく、に繋がるのかは分からねぇが、そんな事はしねぇよ。」

 マッドとて荒野を生きる男だ。何をすべきで何をしないでおくべきなのかは、重々に承知している。
それが承知できない愚か者が、この国には多いという事実もあるのだが。
 マッドの言葉に、宣教師はあからさまに、ほっとした顔をした。

「良かった。君がそういう人間で。」
「あん?」

 引っかかる宣教師の物言いに、マッドはひくりと反応した。まるで、そういうのではない人間が、
何やら火種になっているかのような言い方だ。

「いや………彼を捜すに当たっては、先住民族が聖地だと呼んでいる場所に入らなくてはならないか
らね。拝み倒して入っても良い事にして貰ったが、だからと言って許されているわけではない。これ
以上、刺激したくないんだ。」

 言い分は分かった。そういう事ならば、先程のあからさまな安堵も理解できる。
 だがそれよりも。

「………何をやって、聖地に入って良い事にしたんだ。」

 拝み倒したとか言っているが、どうにも剣呑な事しか思い浮かばない。インディアンが、仮に温厚
であったとしても、聖地に異人が入り込む事を簡単に許すだろうか。

「まあ、部族の勇者と戦って勝ったら、とは言われた。」

 つまり戦って勝ったんかい。

「だって、勝たないと、彼を捜しに行けない。」

 分かっとるわい。
 マッドは、宣教師が割とガタイが良い事に、今更気が付いた。なるほど、つまり腕っぷしに物を言
わせてインディアンを従わせたわけだ。こう言ってしまうと、紛れもなく典型的なインディアンに対
する白人の横暴行為だが。

「もう、あんた一人で良いだろ。」

 行方不明の団長を捜すのも、その団長がごねて帰りたくないとか言っても、団長の身に危険が迫っ
ていても、正直目の前の宣教師一人でどうにか出来る気がする。

「そんな!」

 宣教師が慌て始めた。

「私一人では無理だ!」
「何処がだ!」

 インディアンの勇者を叩きのめせるんなら、大丈夫だろう。

「エリアスは、強いんだ!」
「インディアンを叩きのめしたあんたよりも強いって、どんなムキムキだ!」

 とても綺麗だとか言っていたから、割と線の細い男を想像していたが――よくよく考えればそれで
自警団の団長が務まるわけがない――この宣教師の『綺麗』の定義は、マッドとは異なる可能性があ
る。
「そ、それにエリアスに付き纏っている女性の件がある!私は、そのう………女性の扱いはよく分か
らないから。」

 君はそういうのは得意だと聞いた。
 まるでマッドが女たらしであるかのような言い分だ。

「誰だ!そんな事を言いやがったのは!」

 宣教師の肩を掴んで、がくがくと揺さぶる。よもや、女の扱いに長けているという理由で、マッド
に賞金稼ぎに頼むべきではない依頼をしてきたのではないだろうな。
 がくがくと揺さぶられながら、宣教師は腕を持ち上げ、すぐ傍にある酒場のほうを指差す。

「き、君に依頼する前に、依頼を頼んだ人だ。その人も手伝ってくれるらしくて、そこの酒場にいる
はず。」

 ぶれる宣教師の指差す方向には、安っぽい酒場が建っている。そこに、マッドを女たらしであるか
のように言った、不遜な輩がいると言うのか。
 マッドは宣教師から手を離し――宣教師はマッドから解放された後も、しばらく揺れていた――の
しのしと酒場に向かう。
 きぃきぃと揺れ動くウエスタン・ドアを肩で斬る勢いで押し開き、不遜な輩を捜そうと酒場の中に
視線を巡らせる――その前に、マッドの視界を、ぬっと遮る影があった。
 もさあ、と落ちてきた影を、マッドは何の気なしに見上げ、固まった。
 そこにいたのは、賞金首サンダウン・キッドであった。