呻く呪術師を見下ろし、宣教師は、やはり君か、と呟く。まるで、この呪術師に危害が加えられる
事を知っていた彼のような口ぶりだ。
 見下ろされた呪術師は、苦痛にもがきながらも、一番最初に顔を合わせた時の穏やかさを隠して、
牙を剥く獣のような眼差しで宣教師を睨み付けている。
 キリスト教の宣教師と、土着の呪術師は、紛れもなく犬猿の仲だろう。
 しかし、呪術師の眼差しは、犬猿を通り越して憎悪を込めている。そしてその理由は、宣教師の呪
術師の両者には自明であるらしかった。分からぬのはマッドばかり、というわけだ。

「おい、状況を説明しろ。」

 奪われたバントラインを奪い返し、マッドはその銃口を宣教師に突き付ける。
 もともと、宣教師から聞いていたのは、自警団の団長にシスターが危害を加える目的で付き纏って
いるという話だったし、実際にマッドのシスター本人から自警団の団長を殺してほしいと頼まれた。
 けれども実際に現れたのは、一回口を利いた切りのインディアンの呪術師だ。しかも宣教師はその
事を薄々分かっていたらしい。
 どういう事だ、とマッドが詰め寄っても、どこにもおかしい事はない。
 しかし、宣教師は向けられた銃口にもびくともしない。ただ、静かな眼でマッドと呪術師を見比べ
ている。そして、ゆっくりと口を開いた。

「……私も、まさかこの人が、とは思っていたんだ。けれども、そう、エリアスではなく、私だけ、
いや、私とシスターだけなら、確かにこの人が襲ってきてもおかしくはない。」
「何?」
「……………。」
 
 その時、呪術師が血を吐くように呪いの言葉を紡いだ。

「お前と、あの女、二人だけ?いいや、あの男も、殺すつもりさ。例えこの身が灰になっても。」

 それは、たった一回の会話の時とはまるで違う声音だった。少年じみていた声は、何処か老爺のよ
うな響きを湛え、苦く苦く垂れ流されている。
 宣教師は、呪術師の声音ではなく、そこに放り込まれた死の香りに直ちに反応した。

「エリアスには手出しはさせない。」

 きっぱりと言い切り、同時に酷く悲しげで不思議そうに首を傾げる。

「そもそも、エリアスには何の責任もないだろう。君の恋人が死んだことで、彼を恨むのは、お門違
いだ。」
「そんな事は関係ない。お前達全員が、『彼』の死に関係があるんだからな。」

 彼。
 呪術師に恋人がいて、その恋人の死に、宣教師やらなんやらが関わっているのは分かった。そして、
呪術師の恋人が、男である事も。呪術師本人が、どうも男である事は、一旦置いておくとして。

「なあ、その恋人ってのは、俺は初耳なんだけど。」

 色々と混乱しそうな頭を抱えながら、マッドは置いてけぼりにならないように、質問する。すると、
宣教師はちらりとマッドを見て、初耳ではないよ、と言った。

「彼の恋人は、私の前任者である司教――シスターの父親なんだから。」
「はい?」

 なんか、爆弾を落とされた気がする。というか、シスターの父親って死んだ当時、大概おっさんだ
ろうに。一方で目の前の呪術師は、どう見ても少年と言って差し支えない年齢に見える。いや、見え
るだけだろうか。

「おい、何がどういう事なのか、説明しろ。」

 言いかけて、マッドは自分が教会の家探しの時に抱いた疑問を思い出す。サンダウンの言葉を信じ
るなら、シスターの父親である司教は、大概な人間であったのだ。金を貯め込み、自分達を着飾らせ
て、インディアンや黒人達を宣教という言葉の元に凌辱し続ける男だった。
 だが、その男がどうして、こんな荒野の果てで立て付けの悪い教会に住み着くようになったのか。
 その理由はまさか。
 マッドは血を流し続ける呪術師を見下ろす。

「司教はある旅先で、一つのインディアンの部族に出会った。その部族は白人に元いた土地を追い出
され、別の土地へと向かう最中だった。司教は、馬車の中から彼らを見た。」

 傲慢な司教は、土地を離れて彷徨うインディアンなど、絞りつくしても構わない存在だと思ってい
たから、逃げる彼らをどうにかして犯し尽くして奪い倒そうと考えた。
 けれども、司教はそれができなかった。

「インディアンの中に、若い呪術師がいた。」

 彼だ。
 今眼の前で、銃で撃たれて血を流す呪術師だ。司教は彼を見て、一目で恋に落ちた。呪術師の何が
司教の心を抉り取ったのかは分からない。黒々とした眼と髪に心を奪われたのか、性の匂いの乏しい
姿に心惹かれたのか。ただただ、司教は少年に恋をした。
 少年の為に、何もかもを投げ打って、立て付けの悪い教会に住むほどには。

「この街は、彼が、そうして作った街だ。」

 呪術師が、血を吐くように叫ぶ。溜め込んだ私財で、司教は土地を買い、そこに恋人とその部族を
住まわせた。買い取った土地は、恋人が求めた、部族の聖域に近い土地だった。
 男同士でどうこう、という事についてマッドは言及するつもりはない。キリスト教においては罪で
あっても、インディアンにとっては同性愛というのは罪ではない。むしろ同じ魂を持つ存在がいると
誇りに思う事だ。
 そして、この荒野において、キリスト教の威光というのは、白人にとってもさほど大きなものでは
ない。力で男が男をねじ伏せる為に、そういった行為に出る輩とているのだから。

「そう。司教が作り上げて、背徳を背負った人間ばかりがやって来る町になってしまった。」

 宣教師が、この町は背徳に溺れた人間ばかりがいる、と言う。
 背徳に満ちた司教が作った街は、故に、ソドムとゴモラのようである、と。

「元々司教は、インディアンや黒人に対して性的暴行を働いていた。それらの証拠をエリアスは掴ん
で、そうしてエリアスはこの町にやって来た。私は、司教の同門として彼に自らを裁く事を勧める為
に、エリアスと共にやって来た。」 

 二年前の、出来事だ。
 すると、呪術師が脂汗の浮かんだ顔を歪ませて嗤った。

「お前に、彼を、僕達を糾弾する権利などないんだ。なにせお前だって、僕達と同じだからな。僕達
の行為がお前の神に背いていると言うのなら、お前自身もお前の神に背いているじゃないか。それな
のに、お前は彼を裁くと言って、僕達の平和を乱したんだ。お前に、そんな権利はないのに。」

 だってお前は。

「あの自警団の団長を、抱きたいという顔をしているくせに。」





 自警団の団長は、サンダウンの問いかけには答えない。唇を引き結び、頑として何も言わぬという
態を崩そうとしない。
 そんな若者の姿に、サンダウンは溜め息を吐き、

「言うつもりがない、というのなら、私から言ってやろう。あの告解室には、あの宣教師の僧衣の切
れ端と、お前の髪が落ちていた。」

 少しだけ砂に埋もれていた僧衣と髪。
 そして、

「あの尼僧は、あの宣教師に執着している。」

 そんな尼僧が、自警団の団長を殺しかねない状態になるとしたら。

「告解室で宣教師に、抱かれたか?」