「うう、ちくしょう。なんだよ一体。」

 マッドはようやく色を取り戻した視界を擦りながら、ぶつぶつと呟く。唐突な稲光は既に通り過ぎ
て、乱雑に反射していた銃声も鳴りを潜めている。
 代わりに鼓膜を震わせているのは、

「エリアス!エリアス!何処だ?いるんだろう?!出てきてくれ!」

 生い茂る木々の木陰に向かう、宣教師の叫び声だ。気でも狂ったのかと思うほどに、声が割れるほ
どに、叫び続けている。

「エリアス!頼むから!」
「おーい………。」
「何処にいるんだ!出てきてくれ!」

 なんだが忘れ去られているっぽいので、マッドは宣教師に声を掛けるが、無視された。人捜しを依
頼してきたくせにこの所業。
 マッドは、自分の世界に浸っているのか、捜し人の名前を叫び続ける宣教師の頭を、とりあえずそ
の辺に転がっていたジャガイモで――どうしてこんなところにジャガイモがあるのか、宣教師が持っ
て来たのか――宣教師の頭を殴りつけた。

「はぐっ!」

 奇妙な声を上げて、宣教師の叫び声が止まる。痛かったのかもしれないが、古今東西ジャガイモで
殴られて死んだという人間の話は聞かないので、大丈夫だろう、たぶん。

「なあ、正気に戻ったか?誰もいないのに――というかさっきまで銃が乱射されてたのに、叫び始め
るってどういう了見だ?銃を撃ってきた奴に居場所が割れて、また銃撃されても良いのか?それとも
お前にはそういう趣味でもあんのか?」

 宣教師の頬をつねりながら、マッドは宣教師を責める。
 しかし宣教師は、つねられながらも、反論する。

「だって、エリアスがいるから。」
「何処に誰がいるんだよ。何処にも誰もいねぇよ。」

 というか暗すぎて、何処に誰がいるかも分からないのだが。 

「それともあれか。銃を撃ってきたのが、お前の捜し人か?」
「違う。あれは、彼じゃない。」

 きっぱりと言い切る宣教師。何故そこまで言い切れるのか、マッドは聞きたい。誰がいるとも分か
らない暗がりで、目的とする人物の存在をどうしてそこまで言い切る事が出来るのか。

「君には、分からないのか?」
「あん?」
「大切なものの気配くらい、嫌でも分かる。」

 宣教師は、青い眼でマッドを見つめて、その視線を僅かたりとも逸らさずに言い切った。

「そういう人間は、どうしようもない業を持っているものだけれども、確かに存在するんだ。」
「俺も、そういう人間だ、と?」

 マッドが見つめ返すと、宣教師は僅かに笑って、いいや、と答えた。

「そう、君は違う。君ではない。けれども、君の気配を感じる存在は、いるだろう。」

 つねるマッドの指を払い除け、宣教師は最後は独り言のように呟いた。その言葉にマッドは微かに
眉を顰めたが、それ以上言及したところで大した言葉は出てこないと判断する。
 ゆっくりと、銃声の消えた夜明け前の深く昏い木立を見回し――何かがいない事に気が付いた。
 はっきりと言うならば、茶色いヒゲが。

「あのおっさん、どこに行きやがった!」

 まさか迷子か。面倒臭い。
 マッドが、サンダウンに対して割と――常日頃からではあるが――失礼な事を言っていると、宣教
師が首を横に振る。

「先程の銃撃で、離れ離れになってしまっただけだろう。」
「……それ、迷子と何が違うんだ?」
「え、違わないのかな。」
「違わないだろ。」
「………まあ、たぶんそのうち会えるよ。」

 彼はこちらの気配が分かるだろうから。
 宣教師の呟きは、まるでサンダウンが自分と同類であるかのような言い方だった。
 マッドは、もう一度、周囲の気配を探ってみる。しかしマッドには、如何なる気配も感じられない。
此処に漂うのは、夜明け前の静かな眠りだけだ。先程の銃声さえ、遠くに消え去っている。

「お前と同類っていうのは、さっきの銃撃犯もなのか?」

 マッドは葉巻を懐から取り出し、それに火を点けるかどうか考えながら、宣教師に聞いてみた。あ
の銃撃は、随分と精度が高かった。森の中、それも暗がりの中で放たれた割には、正確にマッド達を
追いかけていた。
 それは、此方の気配を探るのに長けていたからだろうか。

「どうだろう……。けれども、私達の気配を探れる人物は、この近くにはいないんじゃないだろうか。」
「そりゃあ、お前がそう思ってるだけだろう。気配とかっていう言い方があれなら、言い方を変えて
やる。暗がりでも銃を正確に撃てるような、音やら何やらで相手の位置を測れるような奴は、いない
のか?」

 マッドが知る限り、それはサンダウン・キッドなわけだが。
 けれども、サンダウンではなくとも、闇夜に慣れた者ならば、闇夜に獣を狩る者達ならば、多少な
りとも暗がりであっても相手の位置を知る事はできるのではないだろうか。
 それは、と宣教師が呟く。

「まさか、インディアンの事を疑っているのか?確かに、彼らの中には夜に狩りをする者もいるけれ
ども。」
「インディアンには限らねえよ。賞金首や賞金稼ぎだって、多少なりともできるだろうさ。だが、こ
の森に、聖域に入ってきて、暗闇で狙撃できるのは、限られてくるだろうよ。そして、俺達を狙撃す
る意志があるとすれば、それは誰だ?」

 インディアンの中には、マッド達が聖域に入る事を好ましいと思っていない者がいるかもしれない。
 彼らが、襲ってくるという可能性はないのか。

「それとも、まさかお前は、あのシスターが、お前がエリアスって野郎を捜すのを止める為に、銃を
撃ったとでも言うつもりか?あのシスターに、そんな事が出来るのか?」
「彼女じゃない。彼女は、銃なんて持てないよ。」
「持てない?何故?」

 宣教師の言葉尻を、マッドは捕まえる。銃を撃てない、ではなく、銃を持てないと言った。ただの
言葉の綾かもしれないが、少ない情報の中では、こうやって一つずつを潰していくしかない。


「銃なんか、今時、ガキだって持つぜ。教会にだってこっそりあるだろうよ。そもそも、あのシスタ
ーの父親は、大概な人物だったんだろうが。まさかあの尼が、聖職者だから銃など持ちませんって柄
なわけじゃないだろうに。」

 マッドの言葉に、宣教師はぐっと唇を引き結んだ。何かを語る事を食いしばる表情だ。

「そもそも、お前はなんだって、ついさっきから、エリアスの野郎が近くにいると思ったんだ。お前
がエリアスの野郎の気配を辿れるんだとしても、気配っていうのは、そんなに唐突に現れるもんなの
か?あの、稲妻が落ちる一瞬で?それまでは、何も感じなかったって?」

 というか、気配を探れるのなら、一人で探せるだろ。駄々を捏ねた時の確保要員が欲しかったと言
っているが、それなら居場所を探り当てた上で、街の人間に頼んで引き摺り出して貰えば良い。

「それは、それはできない。」

 宣教師が振り絞るように呟いた。

「彼の気配を探っても、彼はすぐに消えてしまうし、街の人間を信用しきることはできない。」

 言うなり、宣教師はマッドに飛び掛かった。いきなりの宣教師の行動に、マッドは咄嗟に身動きで
きず身を固くするしかできない。そんなマッドの腰から、宣教師はバントラインを引き抜くなり、マ
ッドの背後目掛けて引き金を引いた。
 すぐ脇で起きた銃声に、マッドが顔を顰めると同時に、微かな呻き声が背後で聞こえた。

「二年前、二年前のあの事件の間際まで、この街はインディアンも白人も問わず、ただただ背徳に溺
れていた。その渦が、再び湧き起らないとも限らないし、そんな渦にエリアスを呑み込まれるわけに
はいかない。」

 硬い口調で宣教師は、呻き声が上がった場所に草を掻き分けて歩み寄る。
 そこで、肩口から血を流して蹲っていたのは、あの男とも女ともつかないインディアンの呪術師だ
った。