マッドは、かぽかぽと馬を歩かせながら、どうにも妙な依頼を受けてしまったな、と思っていた。
 先導する依頼主の背中を見れば、その背筋はすっきりと伸びており、流石に旅慣れた様子ではあっ
た。金の髪がふらふらと揺れている以外は、微動だにしない。
 依頼主の身元はしっかりしたものだった。
 イギリス本国からやってきた、宣教師であるらしい。家系も代々聖職者に関わるような職種で、マ
ッドも、おぼろげながら聞いた事がある家の名前だった。
 ただ、どう見ても若かったので年齢を聞いていみると、マッドと二、三歳ほどしか変わらぬ答えが
返ってきた。
 その歳でイギリスから渡ってきたのか、と思いもしたが、マッドも似たようなものであることを思
い出し、口を閉ざしたのだ。それに、歳の割にはやけに落ち着いているから、まあ良いのだろう、と
納得した。
 ただ、その落ち着きは依頼の話を口にするまでだった。

「あの、その、人を探して貰いたいんだ。」

 もじもじしながら、宣教師は賞金稼ぎにそう頼み込んだ。




 Thunder Bird





「ええと、ちょっと待ってくれ。」

 マッド・ドッグは賞金稼ぎである。賞金首を撃ち取って金を貰うという業深い職業である。なので、
宣教師から依頼がある、と告げられた時は、なるほど聖職者でも殺したい相手というのがいるのだな、
と皮肉な気分で思ったものである。尤も、わりと長い事この職業に関わっているマッドが、聖職者は
成人である、なんて事は欠片も思いようがないのだが。
 しかし、肝心の宣教師から放たれた言葉が、これである。

「なあ、牧師さん。」
「私は神父だ。」
「どっちでもいいよ。」

 本当は教義的にはどっちでもよくないのだろうが――神父はカトリックで、牧師はプロテスタント
である――マッドにしてみれば、心底どっちでも良い問題である。
 そんな事よりも。

「なあ、俺は賞金稼ぎなんだよ。」
「知っている。」
「人探しってのは、俺の仕事じゃねぇよ。」
「私の捜し人に賞金がかかっていても?」
「なんだ、そいつ賞金首なのか?」
「いいや。今から私が賞金をかけるから、探してほしい。」
「おい、待て。」
「人を捜す時にだって、賞金を懸けるだろう。そして君は賞金稼ぎだ。ならば、取り立て私の依頼が
おかしいわけもないだろう。」

 いやいやいや。
 マッドは首を横に振った。
 確かにそれだけを聞けばおかしくはない。おかしくはないが、このご時世、賞金稼ぎと言えば賞金
首を捕まえる者の事だ。

「だから、私が捜し人に賞金を懸けるから、彼は賞金首という事になるんじゃないか?ならば、何も
おかしくない。」
「……俺はそいつを撃ち殺せばいいのか?」
「まさか!」

 とんでもない、と言う顔をされた。そして宣教師は、再びもじもじし始めた。何なんだ。

「私は、そのう……彼を捜して保護したいんだ。」
「保護っつっても。」

 マッドは捜し人についての情報を頭の中で反芻する。

「そいつって、自警団の団長じゃなかったっけ?」

 保護される側じゃなくて、むしろ保護する側だ。というか、宣教師に身柄を心配されるような事は
普通は、ない。
 しかし、宣教師はまだもじもじしながら――なんでそんなにもじもじするんだ――呟く。

「そう。けれども、先程言ったように数週間前から行方が分からなくなっている。近くに大きな森が
あって、そこに行った形跡はあるんだが、自警団が手分けして捜しても見つからなかったらしい。」
「……悪いが、自警団が見つけられなかったのを、俺が見つけ出せるとは思えねぇんだが。」

 なあ、とマッドは、抱えていたトカゲ型クッションに話しかける。クッションはクッションなので
何も返さないが、円らな眼がきらりと瞬いた。
 それを見ていた宣教師は、変わった形のクッションだな、と言った。その言葉を聞いて、うむ、と
マッドは頷く。流石は宣教師である。クッションをぬいぐるみと言い張る、どこぞの賞金首とは、え
らい違いである。
 なので、マッドはもう少し宣教師の話を聞く事にした――もしかしたら、これが宣教師が布教する
時の手口なのかもしれない、と思いながら。

「なんで、俺が行けば捜しだせると?」
「いや、私が行くから捜しだせると思っているんだが。」
「……じゃあ、俺の立場は。」
「もしかしたら、荒事になるかもしれないから、その手伝いを。」

 多少の揉め事には慣れているんだが、流石に一人では心許ない。
 宣教師は、そうのたまった。

「揉め事ってのは、何だ?ややこしい事は御免だぜ。」
「私にも、正直よく分からないんだが、もしかしたら彼――自警団の団長が帰りたくないと駄々を捏
ねたら引き摺って帰るのを手伝ってほしいし、彼の身に危険が迫っているのなら、それを排除して欲
しい。それと、彼が森に行って行方知れずになった原因も調べてほしい。」
「…………。」

 挙げられた依頼内容悉くが、賞金稼ぎのやる仕事ではない。
 しかし、マッドはお気に入りのクッションを、ぬいぐるみではなく、きちんとクッションと認識し
た宣教師の依頼を無碍にするつもりはなかった。ただし、聞いておくべき事は聞いておかなくてはな
らない。

「……もしも、だ。」

 マッドは、誰かに良く似た、きつい空色の眼を見返す。そういえば、この宣教師の色合いは、あの
賞金首に似ている。髪の色が、あの男よりも濃い金色だが。

「そいつが、死んでいたら?」

 その死体を見つけても、依頼は達成になるのか?
 すると、宣教師は微かに笑った。幾分かの憂いを湛えている事が、その可能性がゼロではない事を
示していたが。

「私は、その可能性が少ないであろうと思っている。」
「……なんでだ?」
「彼は、君と同じくらいに強いから。」

 銃の腕だけ見れば、マッドと同じくらいだと言う。きっと白刃の下を潜った回数も。

「とてもそうは見えないけれども。そういう意味では、君と彼は、よく似ている。」