死臭と硝煙の臭いがあちこちから漂う、焼け爛れた大地に歓声が沸き起こる。

 万歳!万歳!万歳!

 あれほど大量の血を流して、命を奪ったのに歓声を上げるのは何故か。

 出口のない戦争に、ようやく終止符が打たれたからか。

 それとも、その戦争の勝者になったからか。

 どちらであっても、黒ずんだ大地の上で折り重なる遺骸の上で、喜びを噛み締める様は、なんとも
 
 滑稽だ。





 three cheers








 星一つない夜空の下で、酒の匂いがあちこちで弾けた。

 男達の歓声は、けれども一部の上層部と、この戦いで流れた血の多さを知らない者達のものだ。

 最前線に立って、指が擦り切れるまで銃の引き金を引いた人間にとって、確かにこの夜の歓喜に身
 
 を任せる事は楽なことだっただろうが、

 サンダウンにしてみれば一時の熱に浮かされた後に待っている、自己嫌悪のほうが恐ろしかった。



 万歳!万歳!万歳!



 掲げられた白い旗を見て叫ぶ兵士達の声。

 けれどもそれよりも、繰り返される銃の音が耳にこびりついて離れない。



 長い長い戦局に途中で参加したサンダウンでさえ、奪い去った人間の数は数え切れない。

 本当ならば生きる糧である鳥や鹿を撃ち落とすだけで良かったはずの銃の腕は、これまで撃ってき
 
 た野生動物の数を越える人間の命を奪っていた。

 そして、何よりも恐ろしい事に、当初は殺した人間の顔と数を忘れないようにと努めていた事を、
 
 いつしか面倒だと思って止めてしまった。

 

 一体、自分は、誰を殺して生きているのか。

 戦いが終わった今、その疑問が腹の底から湧き上がって、琴線を引っ張っている。



 戦いの最中は、ずっと楽だった。

 血に酔って、生と死の狭間の熱に浮かされて、善も悪もない場所で、銃の腕だけを見せつけていれ
 
 ば良かったのだ。

 相手の事など考えない。

 彼らに与えるものは死と鉛玉だけで良い。

 彼らからは奪うもののほうが多い。

 何故ならば、彼らは敵だから。



 万歳!万歳!万歳!



 敵を倒す度に、歓喜の声が上がる。

 彼らの死が喜びなのだと言うように。

 酒精が弾けて、金銭が舞い踊って、大地が赤く染まった事を喜ぶ。

 後に残るのは、墓標ばかりなのに。



 だが、サンダウンにも分かっているのだ。

 戦争の熱が覚めて、残った傷跡を疎ましく思い、良識ぶって歓喜の声に顔を顰めて見ても、結局は
 
 自分も戦争で生きる事を許された人間の一人なのだ。

 そして、その恩恵に縋って生きるのだ。

 きっと、人を殺す事に慣れた身体は、二度と昔のように動物を撃って生きるなんてのどかな暮らし
 
 は出来ないだろう。

 死が訪れるその瞬間まで、人を殺す為に銃を持って生きるのだ。



 それでも。

 どうか、あの時のように、血に酔う事はないように。

 もしも、また、銃を引く指に見境がなくなった時は。

 

 その時は、誰かが喉笛を噛み千切ってくれたなら良い。

















 歓声が遠くで聞こえる。

 白いが埃っぽい光が窓硝子から差し込んで、その光の向こう側からその声は聞こえてくるようだっ
 
 た。

 その声に混じって、罵声と、破壊音が聞こえる。

 それらが掻き消すのは、踏み躙られる人の悲鳴と、弾劾の声だ。

 戦争が終わった事と、自分達が勝者である事を傘に、奴らは敗者を踏み躙って笑うのだ。

 

 万歳!万歳!万歳!



 光が白く床を刳り抜いたその場所に、少年は身を投げ出してその声を聞く。

 その声が自分の周りを取り囲めば取り囲むほど、少年の母親の嘆きは深まるのだ。

 

 父親は結局、帰ってこなかった。

 生も死も、分からない。

 広い屋敷にただ二人取り残され、今にも暴漢に翻りそうな戦争の英雄達に屋敷のまわりを取り囲ま
 
 れている。

 その中心で少年は倒れ、母親は嘆いている。



 少年は幼い。

 母親の手を引いて、屋敷を取り囲む兵士達の間を横切るには、幼すぎた。

 けれど、自分と母親が兵士達の餌食になる人種である事が分からぬほど、幼いわけでもなかった。

 何もかもを失った母親は、最後に残った少年を失わないようにと、屋敷の中の厳重に鍵の掛けられ
 
 た部屋に閉じ込めた理由も、分からぬわけでもない。



 けれど。


  
 差し込む光の粒子を、黒い瞳で追いかける。



 ああ、誰か。



 万歳!万歳!万歳!



 あの、忌々しい、自分を閉じ込める声を閉ざしてくれ。

 そして、此処から、連れ出して。



 外に待ち受ける血の匂いも、獣の牙も知っている。

 それら全てに襲われる因子が自分にある事も、承知している。
 
 奴らはきっと、この身体を奪いたくて堪らないんだろう。
 
 
 
 それでも、硝子越しでない青い空が見たいんだ。