「随分と妙な依頼だ。」
「俺もそうは思ったんだけどな。」
「それを引き受けたお前も妙だ。」

 サンダウンが少し厳しい口調で言えば、マッドは立ちどころに萎れた。少し厳し過ぎるか、とサン
ダウンは思ったが、厳しくしておかなくてはマッドは懲りないだろうと思い、顰め面を崩さない。

「良く知りもしない相手の言う事をそんなふうに信用して、もしも何かの罠だったらどうするつもり
だ。」

 もちろん、賞金稼ぎとして働く以上、良く知りもしない相手から依頼を受ける事はままある事だ。
しかし賞金稼ぎとしての依頼は、概ね保安官から手渡される手配書に載っていたりする事が多いので、
裏取りもしやすい者が多い――無辜の市民が騙されて賞金を懸けられていた、何て事も時折あるのだ
が、そこを見極めるのが賞金稼ぎだ。
 けれども、個々に引き受けた依頼というのは、きな臭いものが多い。大体は、復讐の名を纏ってい
るが、皮を剥げば個人的に邪魔な相手を殺すだけのものであったり、或いはこちらを罠にかけて殺す
ものであったりもする。尤も、これらの依頼も綿密に裏を取っていけば、事を起こす前に真意に辿り
つくことだってあるのだが。

「人捜しと銘打たれた依頼だ。殺しの依頼よりも悪意の所在が分かりにくい以上、裏取りも面倒だ。」
「そんな事は分かってるぜ。」

 ちょっと肩を落としたまま、それでもマッドは口を尖らせて言い返す。だが、サンダウンが一睨み
すると、再び萎れてしまった。

「断ってしまえば良かったんだ。」

 確かにマッドを昔の名前で呼んだ、というところは気になる。マッドの昔の名を知っているという
事は、依頼人の僧侶はマッドの過去を少なからずとも知っているのだろう。しかし、マッドに語って
みせた自身の経歴が正しいとは限らない。
 
「覚えはなかったんだろう、その僧侶に。」
「なかったんだよな。何せガキの頃の話だし。ウィリアムなんて名前、別に珍しくもねぇ。俺の親戚
にだって、同じ名前の奴がいるくらいだ。金髪碧眼だって、他にも大勢いたし。」
「なら人違いだと言い張って撒いてしまえば良かった。」

 マッドから零れたマッドの血筋に関する情報には気づかないふりをして、サンダウンは厳しい口調
を崩さずに言った。そして言ってから、その通りだ、と思う。
 一人違いと言い張れば良かったのだ。
 子供の頃に一度会ったきりのマッドを、その僧侶は何故、幼い頃に会ったことがある子供と断定で
きたのか。そこに横たわるのは、仄暗い疑惑だ。何処かで、マッドの過去と現在を結びつける何かが
蠢き、人に囁いているのではないか。

「俺は目立つんだと。」

 だから分かったんだと。
 あっけらかんとして言うマッドに、何故疑問を持たないんだ、とサンダウンは責めたくなる。これ
までに何度か、その経歴に手繰り寄せられてやって来る亡霊がいただろうに。

「それにその僧侶は、人違いであっても、俺に――マッド・ドッグには依頼をするつもりだったんだ
と。過去に会った事がある云々は、別にどうでも良いらしい。」
「どうだかな。」

 そもそも、本当に過去に会ったかどうかも疑わしいのに。過去の経歴をマッドに振り翳し、何を搾
取しようとしているのか分かったものではない。

「でも、エインズワースっていう家は知ってるんだよな。」

 何処にも存在しない家の名前ではない。むろん、スチュワート家やハノーヴァ家のような有名中の
有名な貴族の家ではないが、古くからあり、司教を多く輩出した家系だ。嫡子が神学校に通い、神父
になっていたとしても不思議ではない。

「有名じゃねぇが、堅実な家系だ。正直、騙りに使おうと思う名前じゃねぇ。」

 アメリカの詐欺師が、ぱっと思い浮かぶ家柄ではないのだ。

「イギリス生まれの詐欺師なら、思い浮かぶかもしれんだろう。」
「詐欺師が好んで使う家柄じゃねぇよ。堅実すぎて、おかしな金の流れのない家なんだから。信用を
得る為に使っても、少し探りを入れたならすぐにばれちまう。」

 どうして貴族として生き残っていられるのか。それが不思議に思われるくらい、堅実な家柄なのだ。
まあ、教会に出資しているからこそ生き残っているのかもしれないし、それこそがエインズワース家
が持つ貴族らしい――腹黒い一面であるのかもしれないが。しかしそれは公けにされているから、や
はり健全であるのだ。

「だから、イギリス本土に連絡を取ってみれば、もしもあの男の言う事が嘘だったなら、一瞬でばれ
るだろうよ。そして俺がそれが出来る立場である事を知っていて、エインズワースの名を語っている
のなら、やっぱり奴の家柄に関しては本当の事なんだろう。」

 マッドが本国に確認を取ろうが、本物のエインズワース家に連なるものならば、痛くも痒くもない。
 だからといって、マッドへの依頼内容まで信用できるかと言われれば、そうではない。

「エインズワース家とやらが、お前に何かをしでかす可能性もあるだろう。」
「俺の家とそんなに関係があったようには思わねぇんだが。」

 マッドは首を傾げて、記憶の底を地引網している。

「というか、関係があったなら、もっと覚えてるはずなんだ。それがねぇって事は、たぶん大した関
係はなかったんだろう。奴自身も、俺に頼んだのは昔の知り合いだからと言うよりも、俺の賞金稼ぎ
としての手腕を見込んでって言ってたし。」
「人捜しに賞金稼ぎの手腕が関係するのか。」
「関係しなくもねぇよ。賞金首を捜すのは、結局のところ人捜しなんだから。」

 僧侶からの依頼も、捜した相手を撃ち殺したいのだという一文が最後についていたなら、十分にマ
ッドの仕事になっただろう。だが、僧侶の依頼は殺したいのではなく、

「保護したい、のなら本当にただの人捜しだな。賞金稼ぎが出る間でもない。自警団の仕事だ。」
「行方不明なのは、その自警団の団長なんだけどな。」

 呑気そうに聞こえるマッドの台詞に、サンダウンは再び睨み付ける。マッドが少し竦んだ事で溜飲
は下がった。そもそもマッドに危機意識を持たせる事が目的で、マッドを怯えさせるつもりは毛頭な
い。

「引き受けた以上、お前は行くつもりだろう。」
「ああ。」

 自警団の団長が行方不明となった街とやらに、マッドは行くつもりなのだ。跳ね除けてしまっても
良いはずなのだが、マッドはそれをしない。
 それは、仕事を引き受けた以上はやり遂げるというプロ意識の所為か、それとも自分の過去を知っ
ている人間についてやはり放っておけないからか。

「私も行くからな。」

 いずれであっても、サンダウンはマッドを一人で行かせるつもりはなかった。仕事に口出される事
は好まないマッドも、この時ばかりは文句を言わず、ゆっくりと頷いた。

「ああ、分かってる。」