「何処に行くんだ?」
 
  てっきり、そのまますんなりと大学に連れて行かれるとでも思っていたのだろうか。明らかにそ
 ちらとは違う道を走るベンツの中で、カリフォルニア大学の学生は遂に疑問を口にした。その口調
 に不安こそなかったが、しかし懐疑の色が濃く出ている。
  それに対してハンドルを握る賞金稼ぎは、横目で学生の鈍色の髪を追いかけると、ふん、と鼻を
 鳴らす。

 「てめぇは昨日自分が人質にされたって事忘れたのか。そんな人間が、ほいほいと日常生活に戻れ
  るなんざ思うなんて大間違いだぜ。」

  ハイウェイをひた走りながら、彼は黒い眼を長く続く道に戻す。

 「てめぇは今から俺と一緒に連邦保安局に行くんだ。そこで、昨日あった事を洗いざらいぶちまけ
  るんだ。」
 「随分と悠長な事を言ってるんだな。」

  賞金稼ぎの言葉を聞いた学生は皮肉げに言った。
  指名手配犯を逃した挙句、その犯人に人質に取られていた人物の事を今から告げに行くなんて、
 随分と悠長な話ではないか。本来ならば、その時すぐに警察に駆けこんで然るべきだろう。
  けれども、そんな皮肉を賞金稼ぎはあっさりと弾いた。

 「連絡なんざ、とうの昔に入れてる。カーターが殺された時には、あの周辺は警察官でごった返
  してただろうよ。ま、それでもその包囲網に引っ掛からずに、カーターの野郎は誰かに殺され
  たわけだけどな。」

  きっと、あの場に留まり続けていても、なんの進展も望めなかっただろうし、カーターの死を
 止める事は出来なかっただろう。賞金稼ぎや情報屋の脚よりも早い電子の波によって届けられた
 情報は、すぐさまあの辺り一帯を覆い尽くしたはずだ。にも拘らず、カーターはそれをすり抜け
 た。そしてカーターを殺した人間も。

 「それに、だ。てめぇもあの後すぐに、事情聴取なんかできるような状態だったか?ええ?言っ
  とくけどな。嘘だろうと本当だろうと、自分に関わる人間は皆死んでいくなんて台詞ほざけば、
  誰だって神経衰弱してると思うんだからな。」
 「俺は嘘は言っていないし、それに事情聴取の時にそんな事言うわけが。」
 「はん、初対面の俺には言った癖にか。だったら、やっぱり昨日はお前も動揺してたんだろうよ。」

     普通の人間は、いくら自意識が過剰であっても、自分の周囲の人間が次々に死んでいく事を口に
 したりはしない。例え、それが事実であって、それによる犠牲を恐れていたとしても、自分の過去
 に関わる事は、簡単に口にしないものだ。
  それに、本当に自意識過剰な人間ならば、あの時もっと喚き立てていたはず。自分の命を守ろう
 躍起になって喚き立て、救われた時はしばし呆然とするだろう。自分の事をアピールし始めるのは、
 完全な安全圏に連れて行かれたその後だ。
  ならば、まるで呪いのように、冷静に吐き出されたあの言葉は。動揺の証を置いて他ならない。
 冷静に、自虐的に吐き捨てたつもりかもしれないが、しかし自虐と言うには、他人の死が絡み過ぎ
 ている。

 「錯乱状態の被害者の相手なんか、警察もしたくねぇだろうよ。だから、俺が今日は引き取るっつ
  っても何も言わなかったのさ。ま、普通の一般人がそんな事言ったら、流石に頷きはしねぇだろ
  うが、俺はそれなりに顔が売れてる。だから警察も納得したんだろう。まあ、褒められた話じゃ
  ねぇ事は確かだが。でも、てめぇだって錯乱認定されるよりも良かっただろうが。」

  畳みかけるように言うと、勝ち目はないと悟ったのか、或いは何か言う気も失せたのか、学生は
 黙った。
  大人しく黙りこんだ学生を横目で見て、彼は後で大学にまで送って行ってやると言う。そして、
 それでそれっきりにするつもりだ。
  この学生も、そうなる事を望んでいるだろう。
  あれほどまでに、自分の周りの人間は死ぬのだと、動揺していたとは言え喚いたのだ。しかもそ
 れは紛れもなく真実で、犯人の目星さえ分からぬ状況だという。情報屋が口にした心配を真に受け
 るわけではないが、それにしても確かに、この学生の頭上には不吉な星が瞬いているとしか思えな
 いような確率で、その身の周りで殺人が起こっている。
  FBIが、わざわざこの学生の身元を隠すほどに。
  それについて首を突っ込むべきではないと、賞金稼ぎとしての本能が囁いている。これは、明ら
 かに賞金稼ぎ個人の手に負えるものではないと。FBIの知り合いを当たってみても構わないが、
 けれどもこれはただの殺人と言うよりも、どこかオカルトめいた臭いがする。
  なにせ、この学生が子供だった頃からずっと続いているのだ。それだけの長い間、犯人は何処で
 何をしているのか。そもそも、一体今、どれくらいの年齢なのか。切り刻まれた死体を鑑みるに、
 女子供ではまず反抗は無理だ。男、それも、青年から壮年の間の年齢でなくては不可能に近い。そ
 うすると、犯人は絞られるはずなのに。
  なのに、何故、捕まらないのか。
  二十年近く、一人の青年の周りのみで立て続けに行われている、同じような犯行が防げないのは、
 何故か。
  考えても仕方がない。
  少なくとも、これは賞金稼ぎの仕事ではない。懸賞も掛けられていないのだ。依頼もなければ、
 動く必要もない。
  賞金稼ぎがそう思って、自分の仕事のほうに思いを馳せようとした時、助手席で黙りこんでいた
 学生が、唐突に動いた。突然カーラジオにしがみ付くように前かがみになった学生は、カーラジオ
 の音量を上げようと四苦八苦している。
  何をしてるんだと思いながら、学生を下がらせて右手でラジオの音量を上げるや、ちょうどニュ
 ースを流していたところだったのか、ナレーターのまるで何かの教材のような口調の声が聞こえて
 きた。
  しかし、その内容に、思わずはっとした。

 『本日未明、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授が、自宅で血を流して倒れているところを
  発見されました。この教授は同学校の人文科学部にてヨーロッパの研究をしており……。』

  見れば、学生は真っ青になっている。
  カリフォルニア大学の人文科学部の教授と言えば、紛れもなく彼の知り合いになるのだろう。
  そして、

 『教授は、自宅にて、何者かに鋭い刃物で何度も切りつけられており、死因は出血性ショック死と
  見られて……。』