「見ろよ。だから言ったんだ。」

  俺に関わった人間は、皆殺されるって。
  一晩経って眼を覚ました学生は、広げられた新聞を指差して勝ち誇ったように言った。自分の近
 しい者は、皆切り刻まれて奪われていくのだと告げた彼は、自分を殺そうとした逃亡犯の死さえ、
 その死の中に数えているのだ。
  確かに、そうなのかもしれないが、生憎と逃亡者逮捕連行捜査官という仕事をしている青年にし
 てみれば、そんなのはただの偶然という可能性がある事を捨てきれないのだ。そもそもこのアメリ
 カ大陸で、一日に何人の殺人が行われていると思っているのか。近しい人間だけに災いが降りかか
 るという事も、それを考えれば絶対にないとは言い切れないのだ。
  大体、

 「でも、これは切り刻まれて死んだわけじゃねぇな。」

  学生の言う、切り刻まれて殺されたわけではない。
  眉間に、銃弾を一発。非常に近代的な殺し方ではないか。そう事実を指摘してやると、何故か学
 生はその剃刀色の眼を忌々しそうに歪めた。

 「殺し方なんて、同じ事だろう。」
 「いいや。もしもお前が言うように、これがお前を狙った――命じゃなくて精神的に追い詰めると
  いう意味では嫌がらせだって言うんなら、そしてそれが長年に渡って刃物で殺人を犯してきたっ
  て言うんなら、今回も凶器は刃物じゃないとおかしい。」

  偏執的な人間というのは、殺し方を固定している場合は、よほどの事がない限り、それを変更す
 る事はない。そういう事例がほとんどだ。

 「それは、プロファイリングか?」
 「いいや、ただの統計学だ。」

  尤も、プロファイリングも統計学のようなものだけれども。
  学生の問いにそう答えてから、彼はカーターの死を告げる新聞を一瞥する。その様子を見て、学
 生が馬鹿にしたような口調で言った。

 「悔しいのか?獲物を奪われて。」
 「いや………。」

  悔しい事は悔しい。何せ、これまでこんなふうに獲物を横取りされた事はないのだから。しかも、
 これはどう考えても殺人だった。自分と同じ賞金稼ぎが、賞金の為にカーターを撃ち殺したのでは
 ない――というか昔ならいざ知らず、今は生け捕りが基本だ。こんなふうに殺してしまっては、賞
 金も貰えないだろう。
  だから、これは、別の何者かによる殺人だ。
  ただ。
  眉間に一発。
  それが気になるのだ。眉間に一発叩きこんだという事は、真正面から撃ちこんだという事だ。し
 かも新聞によると、ごく至近距離から撃たれたとある。それは、一体どういう状況だ。
  カーターに襲われた人間が、カーターを撃ち殺したのか。いや、それならば正当防衛なのだから、
 その場に留まって警察に事情を説明すれば良い。姿をくらます必要もない。それに、銃を持ってい
 そうな人間を、カーターが襲うだろうか。大体、カーターだって銃を持っている。襲うつもりなら、
 相手よりも先に銃を抜いて打ち払うだろう。
  にも拘らず、カーターは近距離で真正面から、即ち相手の姿、動作が分かる状態で、殺されてい
 る。
  奇妙なのだ。
  一体、殺した人間は、何者だ。
  最初から、カーターを殺すつもりだったのか。けれどもカーターが殺されたのは夜のハイウェイ
 だ。車で通りがかった際に、それが人間であると分かっても、カーターであると分かるはずもない。 
  では、誰でも良かったのか。
  殺す事が出来れば。
  思って、形の良い眉を顰めた。そういう殺人犯も少なくないが、だとしたら、また厄介な事では
 ないか。別に正義感ぶるつもりはないが、しかし胸糞の悪い連中とは、出来れば付き合いたくない。
 それは、こんな職業に就いている以上、無理な話ではあるのだが。
  カーターを殺した相手の事を考えながら、彼は学生のほうにサンドイッチを差し出す。

 「まあ、とりあえず食えよ。朝飯食ったら、お前を大学まで連れてってやるさ。」
 「あんたが作ったのか。」
 「他に、誰が作るんだよ。」
 「別に……普通、一人暮らししてたら、これくらい出来るようになるか。」

  何かと比較するような口ぶりだったが、それが誰とは学生は告げなかったし、それを追求する気
 もなかった。
  学生が、もそもそとタマゴサンドを口にしているのを横目で見ながら、彼はひとまず今日の予定
 を頭の中で組み立てる。学生をカリフォルニア大学まで連れて行ったら、その後カーターの死体を
 収容した警察に行くべきだろう。何せ、連続強姦殺人犯が何者かに殺されたのだから、警察だって
 更なる凶悪犯の事を考えていないわけではないだろう。もちろん、まだ幾許の情報も集まっていな
 いかもしれないが。
  まあ、情報については、もう一つのほうを当たってみれば良い。昨日は大いに役立たずだった、
 あの情報屋なら、昨日の代償として何か掴んでいるかもしれない。
  それに。
  ちらりと学生を見る。
  近しい者が次々と殺されていくという、あの学生の言がどうというわけではないのだが、不気味
 な言葉について裏付けを取っておいても問題はないだろう。
  そんな心を呼んだわけではないだろうが、学生がハムサンドに手を伸ばしながら、ぽつりと呟い
 た。

 「俺にこんなふうに構ってたら、多分、あんたも殺されるだろうな。」
 「生憎と、そんな簡単に殺されたりしねぇよ。狙撃でもされねぇ限りは。」

  銃は常に携帯しているし、いきなり切りかかってくる人間には、それなりの予備動作や、刃物を
 持っている痕跡があるものだ。近距離では銃のほうがナイフよりも強いと言うが、要するに、そこ
 まで接近を許さねば良いだけの話。
  相手が、銃で撃ち抜いても、向かってこない限りは。
  そう告げて、彼は軽く笑った。