「旦那、良い情報が入りましたぜ。」

  次の獲物を見つけて、それを仕留める瞬間を思い描きながら眠った夢が覚めた朝、黒髪の青年は、
 喧しい呼び鈴の音で眼を覚ました。
  眼を擦りながら、誰だこんな朝っぱらから、と六時になったばかりの時計を睨みつけ、銃を持っ
 てパジャマのまま玄関に向かう。銃を持っていったのは護衛の為だ。この場所がもし一等地のマン
 ションだと言うのなら、そんなもの持っていきはしなかったかもしれないが、大通りからちょっと
 脇に逸れたオンボロアパートとなると、治安に些か不安がある。だから、誰もが銃を持つ事に戸惑
 いがない。
  けれども、彼が銃を持っていったのは治安云々以外に、やや機嫌の悪くなる様な予感がしたから
 だった。そして悪い予感ほど、的中する。
  うっすらと開いた玄関のドアの隙間から見えた顔は、いかついおっさんのものだったからだ。し
 かもそれが見慣れたものである事がまた余計に腹立たしい。

 「旦那ぁ。」

  彼がドアの隙間から顔を覗かせた瞬間、いかつい顔をほころばせる、むさくるしいおっさん。
  以前、彼が叩き潰したギャングのリーダーだった男だ。ギャング、なんてものが今時流行るのか
 と聞かれると、流行るも何もいるんだから仕方ない、と言うしかない。彼としては、ギャングなん
 てどうやればなれるのか、全く分からないのだが。
  とにかく、後から後から湧いて出てくるギャングの中の、とある一味を彼は叩き潰した。叩き潰
 す気なんてなかった。たまたま、そのギャングの一因が、彼が追いかけている指名手配犯と麻薬で
 繋がっていただけの事。その結果、ギャング丸ごと潰す羽目になっただけだ。
  だが、それなら、恨まれそうなものだ。
  彼は、この男が率いるギャングを丸ごと破壊したのだ。元に戻ろうにも、仲間達はちりぢりだし、
 警察にも眼を付けられている。
  が、何故だか、懐かれた。
  ギャングを叩き潰したあの日、彼はその厳つい顔に銃を突き付けた。そして恨みたければ恨め、
 と言ったのだ。職業柄、恨まれる事には慣れている。命を狙われた事もある。だから、この男もま
 た、恨んで殺しに掛かってくるのだろうな、と思った。
  んが。
  この厳ついおっさんは、事もあろう事か、銃を構えていた手を両手で握り締めて、

 「あんたの従者にしてくれ。」

  と、のたまったのだ。

   「あんたに一目惚れしたんだ!あんたの手下にしてくれ!」
 「沈め。」

    撃ち抜かずに、銃把で殴りつけたのは、褒めるに値するだろう。
  そして、何だか幸せそうな顔で倒れ伏した男を、そのまま放置して家に帰ったのだが。

 「旦那、旦那!」

  何故か家を見つけられ、こうして襲撃を稀に受けている。
  どうやらこの男、かつての仲間達を駆使して情報を集めて売りつけるという仕事に鞍替えしたら
 しい。つまり、人海戦術で、この家も見つけたわけだ。そして、彼に情報を売りつけようと、こう
 して家を襲撃しているのである。

 「売りつけるだなんて!俺は旦那には情報を優先してただでお渡ししている!」
 「それ、商売になってねぇだろ。手下に何か言われるんじゃねぇのか。」

  自分に惚れているとかほざいている事も含めて。
  しかし、リーダーがリーダーなら、手下も手下だった。

 「大丈夫!俺の手下は皆あんたに惚れてる!あんたに惚れない奴は、俺の手下じゃねぇ!」

  素直に、嬉しくない。
  惚れている、の意味は恐らく非常に純朴な意味で、性的な意味合いはないのだろうけれど、男に
 惚れられても、普通に嬉しくない。それは、彼が普段そういう性的な意味合いで見られる事が多い
 所為かもしれないが。 
  取り合えず、これ以上その手の話をしても意味がないと思った彼は、それで、と扉の隙間から男
 の顔を睨みつける。

 「朝っぱらから何の用だ?」

  これで、あんたの顔を見にきた、とか言ったら、本気で殴り飛ばすのだが。
  しかしそういった冗談を口にする事はなく、男は身体をくねらせながら、分かってる癖に、と言
 う。薄気味悪いから、やめい。

 「旦那だって、昨日の新聞見たんでしょうが。」

  声が、唐突にねっとりとしたものに変貌する。その変貌は、肉食獣が獲物を見つけた時の変化に
 近しい。そして男が何を言っているのか、勿論彼には分かった。
  昨日の新聞で、彼が心を躍らせる記事など、たった一つしかないからだ。勿論、他の記事も情報
 としての価値に変わりはないけれども、心躍らせるとなると、また別の話。

 「カーター・アーネスト。十二件の婦女暴行殺人犯。そいつが大々的に指名手配された。これに喰
  いつかねぇなんて、旦那じゃねぇ。」

  この男も、自分が根っからの猟犬である事を知っている。恐らく、自分が指名手配犯に舌舐めず
 りしているのを予想し、それに見合う情報を持ってきたのだろう。
  人海戦術。
  不正アクセス。
  どちらでも構いはしない。重要なのは、情報の質だ。この仕事は、何よりも情報を尊ぶ。

 「それなりのもんを、持ってきたんだろうな。」
 「勿論。」

  満面の笑みを浮かべる男に、彼は渋々チェーンを外し、中へと招き入れた。玄関入口まで。

 「なんでさ!」
 「何がだ!」

  玄関で吠える男に、吠え返す。

 「何で俺が、てめぇを部屋に入れなきゃならねぇんだ!情報なら、今この場で聞いてやる!」

  ぐりぐりと銃口で頭を抉りながら吠えると、流石に銃をぶっ放されては敵わないと思ったのか、
 大人しくなる。それでもまだ、何かぶつぶつと言っていたが。
  それを無視して情報の話を振ると、そこはプロなのか、声をねっとりとさせて仕事仕様に切り替
 わる。

 「そうそう、昨日新聞で指名手配犯になったって報道されてたカーター・アーネスト。まあ前々か
  ら、そろそろ手配されるんじゃないかって俺らも思ってたよ。」

  連続婦女暴行殺人犯。犯罪大国アメリカでは、時にこうしたシリアル・キラーが現れる。有名な
 のは、一番最初のシリアル・キラーであるデッド・バンディだ。

 「カーターが十三件目の殺しに失敗して、その被害者の口からカーターの人相が出てきた時から、
  俺達情報屋は全員こうなると思ってたさ。そんで、旦那みたいな賞金稼ぎが動き出す事もさ。」
 「前置きは良いんだ。カーター・アーネストって野郎の情報を売りにきたんじゃねぇのか、てめぇ
  は。」
 「そんな急かしなさんな。」

  先程までくねくねと気持ち悪かった男は、今ではきっちりと裏の商売人の顔をしている。

 「俺達だって、カーターの野郎には腹が立ってんのさ。なんせあの野郎、売春婦ばかり狙って殺し
  てやがる。」

  売春婦は、裏の世界ではどちらかと言えば花形だ。もしかしたら被害者の中に、情報屋の誰かが
 惚れていた娘が入っていたのかもしれない。
  けれども、彼はそんな感傷は無視して、素っ気ない声のまま言った。

 「言っとくけどな、俺は弁護士でも検事でもねぇんだ。カーターが女に憎悪を抱いてたとか言う、
  明らかに人生を無駄にしてるような性格だったみたいなプロファイリングはいらねぇぜ。いくら
  俺でも全米の売春婦を見張るわけにゃいかねぇんだからな。」
 「分かってるよ。そんなんじゃねぇさ。俺が持ってる情報はもっと画期的な奴だ。カーターの奴に
  は、きちんとした女がいたっていうな。」

  男が語るには、こういう事らしい。
  女に嫌悪を抱いているカーターだが、どうやら惚れている女がいるらしいのだ。とあるクラブで
 DJをしている女らしい。

 「けどさ。カーターの奴はその女には指一本触れちゃいねぇんだとさ。それこそ聖女のように崇め
  奉ってたらしいぜ。」
 「警察も、知ってんじゃねぇのか、それくらい。」
 「まあね。でも、クラブのDJがそんな簡単に警察にべらべら全部話すと思うかい?どっちかと言
  うと、俺達に近い側の人間だぜ?」
 「で、てめぇの手下を近付けて、情報を引き出したってのか。」
 「察しが良いねぇ、旦那。旦那ほどじゃねぇが、ちょっと見てくれの良いガキを近付けて優しくし
  てやったら、すぐにぽろぽろ零してくれたぜ、あの女。」

  あの女とカーターは、去年、二人きりで旅行に行ったらしい。湖の畔にあるコテージ。そこで、
 仲睦まじい時間を潰したらしい。

 「ま、金は全部カーター持ちなんだろうけどな。」
 「そこに、カーターがいるってか?」
 「可能性としちゃ低くねぇだろ?旦那としちゃどうよ。俺よりも旦那のほうが、猟犬としての鼻は
  利くんじゃねぇの?」
 「俺にプロファイリングしろってか?大体、プロファイリングしようにも情報が少なすぎるぜ。」
 「何言ってんのさ。俺達よりも凶悪事件を捌いてきた数は多いじゃねぇか。」

  それはそうだが。
  しかしそれだと、携わってきた事件以上の事件は取り扱えないという、プロファイリングの一番
 の弱点を曝した結果しか出ないではないか。
  だが、湖畔のコテージは此処からそう遠くない場所らしく、行くだけ行ってみても良いかもしれ
 ない。

   「それで。」

  男がそわそわし始めた。

 「いつ、行くのさ。」
 「なんでてめぇに言う必要があるんだ。」
 「そんな!あんた一人で凶悪犯の元に行かせろってのか!これまでは街中だったから良かったもの
  の今回は人里離れた湖畔だぞ!」
 「やかましい!」

  保護者のような事を言い始めた元ギャングを一喝し、その尻を蹴飛ばして玄関先から追い出した。