荒野は広い。街と街との間は遠く離れ、移動する為に何日もかかる事はざらだ。

 旅芸人や商人、そして一つの所に留まる事が出来ない犯罪者とそれを追う賞金稼ぎ達は、大抵は野
 
 宿で夜を明かす。それか、あちこちに点々とある牧場に泊めて貰うか。或いは、人の消えたゴース
 
 トタウンや、手放された小屋を塒として使うか。

  特に、荒野を縦横無尽に駆け巡る賞金首や賞金稼ぎは、あちこちに塒を持っている。

  それはマッドも例外ではない。





 Soy Soup










  西部一の賞金稼ぎの名を冠する彼はあちこちに塒を持っている。

  それはならず者を追い払った後のゴーストタウンであったり、崩れかけた小屋であったり、その
  
 種類は様々だ。
 


  そんな彼には、お気に入りの塒がある。

  荒野のど真ん中に忘れ去られた、小さな家だ。

  しっかりとした造りの家にはちゃんと厩が付いており、家の中も台所から風呂までちゃんと備え
  
 付けられている。

  前の持ち主がどんな理由で手放したのかと首を傾げるくらい、ちゃんとした家だった。


 
  勿論、荒野を横行するのは自分だけではない。

  他の誰かもこの家を使用している可能性があるが、それは荒野を生きる者としての暗黙の了解だ。


 
  しかし、最近この家に訪れるたびに、いつの間にか増えている品々にマッドは顔を顰める事が多
  
 くなった。

 

  厩には何故か飼葉桶が一つ増えていた。

  備蓄を入れる倉庫に知らない酒が置かれていた。

 

  このあたりまでは誰か使っているんだろうな、くらいだった。



  しかし最近では引き出しを開けると、自分が吸わない銘柄の葉巻が増殖している。

  食器棚には揃いのマグカップが鎮座していた。

  そして、洗面台には歯ブラシが二つ並んでいた。



  ここにきて、何かがおかしい事に気付いた。

  というか、葉巻の銘柄が良く知った人間が好んでいる物と同じだった時点で、嫌な予感はした。



  そして今日、がっしりした一人用のベッドが、どういう業を使ったのか知らないが、大の大人二
  
 人が寝ても十分余裕があるようなベッドに変貌しているのを見て、我慢の限界がきた。

 
 
  マッドは台所で平然と大鍋を掻き混ぜている5000ドルの賞金首を振り返ると、吠えた。



 「てめぇ!キッド!人の家に巣を作るんじゃねぇ!」



  しかし、吠えたてられた男はびくともせずに、鍋の中を覗きこんでいる。



 「此処は別にお前の家と言うわけではないだろう。」



  他にも使用している者はいるのではないか、と。

  荒野での暗黙の了解を口にするサンダウンに、しかしマッドは猛然と腹を立てた。

 
 
  マッドとて、そんな事は了解している。現に、床に見知らぬ足跡が残っている事だって何度かあ
  
 ったし、知らないうちに残しておいた葉巻が消えた事もある。だが、それは仕方ない事として眼を
 
 つぶってきた。

  此処は荒野で、この家は誰の物でもない。

 

  だが、眼の前で堂々と鍋を掻き混ぜている男を見ていると、全て承知ていた事が許せなくなるの
  
 は何故だ。



  確かに、サンダウンをこの塒に連れてきてしまったのは自分だ。浮かれて後々の事を考えずに、
  
 この塒に足を踏み入れる事を許してしまった。マッドも、自分に落ち度があったのは認める。サン
 
 ダウンがこの家を使用するのも仕方ない。

  しかし、これ幸いとばかりに居座ってこの家を満喫し、更にリフォームまで企てるサンダウンは、

 暗黙の了解の意味を履き違えているのではないか。

  しかもマッドがこの塒を使用している時に、平然と入ってきて鍋を煮込み始めた時点で、既にお
  
 かしい。

  此処は黙って別の塒を捜すのが普通ではないのか、違うのか。

 

  ふるふると拳を震わせているマッドに、ちょうど煮込みが終わったのか、鍋の中身を揃いの深皿
  
 に移したサンダウンは、食べないのかと問う。

  怒り心頭でありながらも空腹であったマッドの腹の虫は、治まらない怒りよりも食事の方を優先
  
 させた。
 
  だが、皿を満たしている豆スープに、再び眉間に皺が寄った。


 
  確か、此処に来る少し前、とある街でサンダウンを見かけた。

  その時、露天商で色んな種類の豆を買いこんでいた。

  その様子が一種異様なものに見え、身の危険やら眼を合わせてはいけないだとかそういう本能に
  
 従って、決闘を申し込むところを素通りしたのだが。



  これは、もしかしなくても、あの時の豆か。


 
  あの時はあれだけの種類の豆を何に使うのかと思ったのだが、まさか料理の為だとは思わなかっ
  
 た。

  いや普通に考えれば料理の為なのだろうが、このおっさんと料理がまず結びつかなかった。

  せいぜい、酒の肴が良いところだ。

  ピーナッツ的なノリで。
 

 
  もしかしたら、あの時、この豆の入った袋を撃ち抜いてやっていたのなら、今日、このおっさん
  
 が此処に来る事はなかったのかもしれない。

  勝手に夫婦茶碗を食器棚に並べられる事も、ベッドがダブルベッドに変貌する事もなかったのか
  
 もしれない。

  そう考えると、あの豆の入った袋を撃ち抜かなかった事が、今更ながら悔やまれる。



  豆スープを掻き込みながら、マッドはぶつぶつとそんな事を考える。

  その考えは、如何にしてサンダウンをこの塒から追い払うかという事へと徐々にシフトしていっ
  
 た。

  遂には小屋の周りにダイナマイトでも仕掛けようかなどと物騒な事を思い浮かべるマッドに、サ
  
 ンダウンはいつもと変わらぬ抑揚のない声で、さも当然のように言い放った。

  
  
  

 「次はお前が食事を作る番だな。」