飲み直しと称して、賞金首がいる酒場を背にする。けれども、果たして先程のような穴場のよう
 な酒場が他にあるだろうか。もしかしたら、宿に酒を持ちこんで飲むしかないかもしれない。そん
 な事を考えながら、マッドは闇の中で明かりが落ちているところだけ白い砂地が見えているのを見
 つめ、ふらりふらりと歩いていく。
  考え事をしながら歩いていた所為かもしれない。いつもはすぐに気付くはずの気配に、今度も気
 付かなかった。
  背後についてくる気配に気がついたのは、さくさくと砂地を踏みしめてから、随分と経った後だ
 った。横目で酒場を探しながらも、足取りは既に宿へと向かっている。そんな時に、ようやく背後
 にいる見知った気配に気がついた。
  つけられているとはまた別の意味でぎょっとして振り返ると、果たしてそこには、普段追いかけ
 て、いつも銃を向けては叩き落とされている、賞金首がぬっと立ち上がっていた。

  


   Tequila Sunset





 「な、んだよ……。」

  自分の後をついてきているサンダウンを見て、マッドは少し上擦った声で呟いた。だが、声は上
 擦っていても、問い掛けの内容は間違っていないはずだ。サンダウンとマッドは賞金首と賞金稼ぎ
 で、追われる者と追う者だ。その、本来追われる者が、何故追う者の後をつけているのか。
  勿論、そこに何らかの打算がないとは言い切れない。賞金首の中にも狡猾で、賞金稼ぎを罠に掛
 ける者だっている。しかし、サンダウンに限っては、その手の連中には分類されないとマッドは勝
 手に思っていた。
  だから、こうして意味ありげに追いかけてくるサンダウンに、少しばかり動揺したのだ。
  けれど、追いかけてきたサンダウンも、何か少し戸惑っているようだ。僅かにうろたえたような
 表情で、マッドを見ている。
  もしかしたら、追いかけていると思ったのは、マッドの勘違いだったのかもしれない。サンダウ
 ンも、単にマッドと同じ方向に用事があるだけなのかもしれない。マッドが酒場を出てすぐにサン
 ダウンも出てきたというのが少し引っ掛かるが。
  思い直して、なんでもない、と告げて、再びサンダウンに背を向ける。すると、今度は背後で慌
 てたような気配がした。
  なんだろうと思って、もう一度振り返る。すると今度はさっきよりもずっと近くでサンダウンが
 立っていた。マッドがその状態に、もう一度ぎょっとしていると、サンダウンはサンダウンで、持
 ち上げた手の所在を何処に落ち付けるか悩んでいるようだった。
  が、最終的に、その手はマッドの腕を掴んだ。
  何故に。

 「おい……。」

  なんだよ、こりゃあ。
  マッドがそれを口にするよりも先に、サンダウンが口を不器用そうに開いた。

 「……何故、逃げる。」
 「はあ?」

  唐突に賞金首が口にした台詞に、マッドは素っ頓狂な声を出した。
  逃げるって、何が何から。
  全く以て意味不明のサンダウンの台詞に、マッドがぽかんとしていると、サンダウンは苦虫を噛
 み潰したような表情になった。サンダウンにしては珍しい表情の変調の多さだ。
  そして、声の変調も。

 「……私が酒場にいると、すぐに逃げるな。」
 「ああ?別に逃げてるわけじゃねぇ。」

  単に、サンダウンがいると飲みにくいのだ。居心地が悪いというか。だが、別にそれがなんだと
 いうのか。賞金首と賞金稼ぎが同じ酒場にいた場合、乱闘になる場合だってあるのだ。居心地が悪
 いのは当然で、そこからマッドが出て行っても別に変ではない。むしろ乱闘にならずに良かったく
 らいのものだ。
  だが、何故かサンダウンの表情は納得していない。荒野の空のような眼が、曇っている。

 「……普段は、そんなふうに逃げたりしないだろう。」

  普段、というのは一体いつの事だろうか。決闘の時の事か、それともそれ以外の事を指している
 のか。 
  確かに、普段は酒場にいようが何をしていようが、サンダウンを見つければ決闘を申し込む。だ
 が、マッドとて人間だ。いつだってそんな気分になるわけではない。一人で酒を飲みたい時もあれ
 ば、サンダウンとの決闘よりも酒を飲む事を優先させる場合だってある。
  けれども、サンダウンは納得していないような表情をしている。そんなに、決闘を申し込むマッ
 ドの印象が強すぎるのだろうか。だから、そうではないマッドに戸惑っているのか。だが、何を戸
 惑う必要があるのかマッドには分からない。例え戸惑ったとしても、それをマッドに言う必要もな
 ければ、マッドを追いかけてくる必要もない。

 「放せよ。」

  未だにサンダウンに掴まれたままである腕を指して、マッドが言えば、サンダウンの表情が微か
 に歪んだような気がした。そして腕は放さない。

 「あのな、俺だってあんたに構いたくない時だってあるんだよ。あんただってそうだろ。」

  毎回毎回、マッドに決闘を申し込まれて嫌気が差さないはずがない。それなら、別にマッドが構
 わないのは、むしろ良い事ではないのか。
  すると、サンダウンの青い眼に、何やら不可思議な色が灯った。それが傷ついた色だと判断する
 のに時間が掛かったのは、サンダウンがそういう感情を持つ理由が分からなかった所為だ。
  傷ついた眼をしたサンダウンは、やはり不器用そうに口を開く。

 「……そんな事は、ない。」

  もごもごと告げられた言葉に、マッドは眉根を寄せる。何が、そんな事はないのか。思って、普
 通にマッドの先程の台詞に対する答えだと思い至る。だが、それは逆にマッドの混乱を招くだけだ。
  サンダウンは、マッドがやって来て決闘を挑みにかかるのを、別に嫌ではないと返答しているの
 だ。しかしそれが良い事なのかどうなのか、マッドには判断できない。
  サンダウンの思いもかけない返答に、マッドは何と返すべきか分からず、まずはサンダウンから
 視線を逸らした。青い空のような眼から離れた事で、少しだけ舌先が軽くなったような気がした。

 「へぇ。じゃあ、俺があんたを撃ち取る事に何の問題もねぇって事だな。」

  顔を背けて笑ってやると、むっとした気配が伝わってきた。何が、気に入らなかったのか。いや、
 そもそもマッドにはサンダウンの琴線など分からないのだ。それさえも、サンダウンには気に入ら
 ないのだろうか。だとしたら、やはり、何故、だ。

 「……マッド。何故、だ。」

  マッドが問い掛けたい言葉を、サンダウンが口にする。そして何が何故なのか分からないマッド
 は、ゆっくりとサンダウンに視線を戻し、サンダウンの眼の色に息が詰まりそうになりながらも問
 う。

 「何がだよ。」
 「お前は、私を追いかけたくない時があると言ったが、それは、何故だ。」
 「別に特に理由なんてねぇよ。人間なら、そういう事だってあるだろ。」
 「……私は、ない。」

  お前を疎んじた事など。
  もぞもぞと呟かれた台詞に、マッドは眼を丸くした。それは丸っきり、賞金首が賞金稼ぎに言う
 台詞ではなかった。

 「何言ってんだ、あんた?」
 「マッド、こっちに来い。」

  マッドが呆れたような声を上げるのと、サンダウンが腕を引くのは同時だった。腕を引かれたマ
 ッドは、よろめきそうになる。

 「何すんだ!」
 「………別に、酒を飲むくらいは、構わないだろう。」

     怒鳴ったが、サンダウンと同時だった上に、サンダウンのほうが珍しく言葉数が多かった所為で、
 マッドの声は掻き消されてしまう。
  それでも、マッドは果敢に眉を顰めてサンダウンの言葉のおかしさを指摘する。

 「ああん?なんだって、あんたと酒なんか。」
 「……怖いのか?」
 「ああ!?」

  ますます聞き捨てならない言葉を落としていく賞金首。

 「私と一緒に酒を飲むと、酔った時に寝首をかかれそうで、怖いのか?」
 「ああ?!なんだって俺があんたなんかを怖がらなきゃなんねぇんだ!大体、俺はてめぇよりも酒
  は飲めるぞ!」

  サンダウンがどれだけ飲めるかなんか、分からないけど。

 「それなら、別に構わないだろう。」

  サンダウンは、怒鳴ったばかりのマッドの腕を、もう一度引く。

 「来い。」