サンダウンを見据えるマッドの眼を、サンダウンは見つめ返して、一思いに告げた。

 「お前がそれを、望むなら。」

  もしも、マッドがサンダウンの想いが呪いの所為でないという事を証明せよと言うのならば、サ
 ンダウンは何としてでもそれを為すつもりだった。その方法が、呪いを解く事なのだと言うならば、
 呪いを解く方法を探し出して、呪いを解き、靄がかったサンダウンの想いをはっきりさせるつもり
 だった。
  しかし、サンダウンの言葉を聞いたマッドは、黒い眼を微動だにせずに、サンダウンを見ただけ
 だった。
  それどころか、微かに皮肉めいた笑みさえ浮かべている。
  その表情に、サンダウンは眉を顰める。

 「……マッド?」

  マッドの表情は、サンダウンはいつだって気に入っていた。笑う時も怒る時も、くるくると良く
 動く顔立ちは、美麗であるとかそういった事を抜きにしても、魅力的だった。
  だが、今のマッドの表情は、サンダウンは気に入らない。
  気に入らないのだ。
  皮肉めいた表情は、これまでだって何度も見てきた。だが、今のマッドの顔は、皮肉以外に何か
 見ているこちらを不安にさせる要素がある。
  それがなんなのか、サンダウンには咄嗟には分からなかった。
  苛立ちよりも、何かひどい不安に襲われたサンダウンに、マッドはサンダウンの気に入らない表
 情を隠しもせず、そのままの顔で言い放った。

 「てめぇが何かをする必要はねぇよ。呪いを解こうとする必要も、何も。」

  強いて言うなら、と細い指が伸びて、サンダウンのかさついた頬を微かになぞる。

 「死んでくれるか?なあ?」

  死を望まれた。
  それは生まれて初めての事ではなかったが、やはり、確かに衝撃はあった。他ならぬマッドが改
 めて口にしたという所為もあるだろう。
  だが、サンダウンには死を望まれる理由が分からなかった。
  サンダウンはマッドに危害を加えるつもりも、そもそもマッドが言い続けているように、いざと
 なればマッドはサンダウンから逃げ出す事が出来るのだ。
  サンダウンを殺してまで得るものとは、一体なんなのか。

 「あんたが死んでくれたら、」

  言い掛けて、マッドは不意に口を閉ざす。
  サンダウンが死んだら何だと言うのか。そう言えば、マッドの歌に呪いが宿らなくなったのは、
 サンダウンの所為だと言っていたが、サンダウンが死ねば呪いが戻ってくるのだろうか。しかし、
 その理屈も良く分からない。
  分からない事ばかりのマッドの様子に、サンダウンは徐々に悲しくなってきた。
  もしもサンダウンが死んだとして、それでマッドの表情がいつもと同じように戻ると言うのなら
 サンダウンは勿論それを叶えてやりたいが、しかしマッドの感情が不在であるままの状態で死んで
 しまったら、もしも何も解決しなければ、サンダウンは今後一切マッドの魂に触れる事が出来なく
 なってしまう。望んでも、マッドを助ける事が出来なくなってしまう。
  途方に暮れてマッドを見ると、マッドはもう笑っていなかった。表情を消して、黒い眼でサンダ
 ウンを見ているだけだった。
  遠くを見ているようなマッドの視線の方向に、サンダウンはふと思いつく。

 「……マッド。」
 「……なんだよ。」
 「マッド。」
 「だからなんだよ。」

  少し茫洋としていたマッドの視線が、今度こそはっきりとマッドを見た。黒い眼の真ん中にサン
 ダウンの情けなさそうな顔が映っている。サンダウンの眼には、マッドが常に映りこんでいる。
  なのに。

 「……何か、不安なのか?」

  頬を掠めさったマッドの指を掴み、サンダウンはマッドに問うた。
  すると、マッドは微かに首を傾げ、途端に黒い眼が揺れる。

 「あんたがいなくなりゃあ、少しは楽になるかもな。」
 「……何故?」

  マッドの不安と、サンダウンが存在する事と。その間を繋ぐ線がサンダウンには見えない。
  マッドの言うとおり、サンダウンが呪いに罹っているのだとしたら、それは基本的には解けない
 のだから、サンダウンにはマッドに危害を加えようがない。サンダウンとしては呪い云々がなくと
 もマッドに危害を加える気にはなれないのだが。
  それとも、呪いをかけた事自体が何か問題なのだろうか。マッドは先程から呪いなどかけなくて
 も良かったと言っている。それは、どういう意味なのか。
  どうも、呪いをかけた所為でサンダウンの想いに霧がかかっているとか、そういう風情の話では
 ない。
  もっと何か、根本的な話だ。
  サンダウンが呪いに罹っていると言う事そのものが、何か問題となっているかのようだ。
  呪いをかけたのはマッドなのに。
  それとも、呪いをかけた事自体が、マッドにとっては決して望ましいものではなかったのだろう
 か。これまでも、そうやって人間を骨抜きにしたはずなのに。
  むろん、サンダウンはマッドが呪いによって骨抜きにした人間を見た事がない。呪いに罹った人
 間は、悉くが海の藻屑と化したからだ。
  ふと気づく。
  サンダウンだけだ。呪いが掛けられて、生きているのは。
  それが、マッドにとっては不安なのか。普通ならば死んでいるはずの存在が生きている事が。

 「マッド。」

  サンダウンはマッドの繊細な指を取り、その指先に軽く口付た。
  マッドは黒い眼でサンダウンを見据え続けている。それが、マッドなりの不安の対処の仕方なの
 だと言うように。

 「どうすれば良い……。」

  マッドの中にある蟠りを解くには、サンダウンが死ねば良いのだろうか。そうすれば、不安は解
 消されるのだろうか。
  或いは、マッドが口に出したように、呪いが解ければ。

   「マッド……。」

  サンダウンは、マッドの耳元で囁いた。

 「呪いは、どうすれば、解く事が出来る?」

  それで、不安が薄れるというのなら。
  けれども、その瞬間に、マッドの眼が暗く濁った。