閉ざされていた扉が開く音がした。その音に、マッドは毛布の中でびくりとする。
  うじうじと毛布の中で色んな事を考えているうちに、うとうとしたりしていた所為で、マッドは
 今の時間帯が一体いつ頃に当たるのか、検討もつかない。しかし、硬質な長靴の足音が澱みない足
 取りでマッドのほうに近づいてくるのを考えれば、今は夕方頃なのだろうなと思う。
  サンダウンは、確か夕方には戻ると言っていた。だから、きっと今は夕方だ。
  つまり、マッドは一日のほとんどを毛布の中で過ごしていた事になる。そんな怠惰な状況に陥っ
 ている自分を恥ずかしく思うと同時に、そんな自分を見て、サンダウンはだらしない自分の事を嫌
 になるんじゃないだろうかと思う。毛布に包まったマッドを見て、呆れたように溜め息でも吐くん
 じゃないのか。
  だったら、きっと今すぐにでも毛布から抜け出して、さも今まで普通に起きていたという素振り
 をすれば良いのだろうが、しかし自分を放り出して何処かに行ってしまったサンダウンと顔を合わ
 るのもなんだか癪な気がしたし、それに起きぬけの顔を見られるのも今更だとは思うがやはり恥ず
 かしい。
  そんなわけで、打つ手なくふるふると毛布の中で動いていると、サンダウンの足音がすぐ近くま
 で歩み寄って来た。

 「……マッド。」

  微かな笑みを孕んだ低い声。それを毛布越しに聞いて、マッドはびくりと震える。サンダウンの
 声には、マッドの予想していたような呆れや苦笑いめいたものはなく、とことん穏やかなものだっ
 た。

 「……ずっと、そうしていたのか?」

  笑みを含みながらサンダウンの気配がすぐに腰を降ろすのが、ベッドの軋みから分かる。そして
 マッドの頭らしき部分に、大きな広い手を置くのも。

 「予定よりも少し早く帰ってこれたが……もうすぐ夕方だ。」
 「うるせぇ。俺がどんなふうに一日過ごそうが俺の勝手だろ。」

  可愛げのない言葉を吐いてから、マッドは後悔する。そんな事ばかり言っていたら、そのうち本
 当にサンダウンが何処かに行ってしまうと思ったばかりなのに。それに、それを言うなら、今日サ
 ンダウンが何処かに出かけたのだってサンダウンの勝手だ。マッドに口を挟む余地などない。
  ずん、と落ち込んだ気分になっていると、サンダウンがマッドの頭を包んでいるであろう毛布を
 ぽんぽんと叩く。そして、声に微かな不安を滲ませて囁いた。

 「……具合でも悪いのか?」

  どうやったら、そんなふうに優しく出来るのか。サンダウンに問えばきっと好きだからという返
 事が返って来るのだろうが。だが、それを一抹も疑うなというのはマッドには無理な話だ。だから
 マッドは、毛布の中でうぞうぞと動くしかない。
  とりあえず、毛布の中で首を横に振ると、サンダウンが少し安堵したように思えた。だが、すぐ
 に声が低くなる。

 「それで、お前は食事をどうしたんだ?」

  まさか食べていないのか。
  少し厳しい声だ。その声に、マッドは再びふるふると震える。実を言えば、食事などしていない。
 マッドはずっと毛布に埋もれていたのだ。だから、食事をとる暇などなかった。
  しかし、どう考えても無精なマッドの状態を、口にできるはずもない。自分がそんな無精な人間
 だとサンダウンには思われたくなかった。けれどもふるふると震えているマッドの状態から、マッ
 ドが食事を取っていない事などサンダウンにはすぐに知れたのだろう。毛布の向こう側で、サンダ
 ウンが小さく溜め息を吐いたのが聞こえた。
  呆れてしまったのだろうか。
  可愛くない上に、無精な男など、いくら好きでも嫌になるんじゃないだろうか。或いは、好きで
 はなくとも単にからかっているだけだとしても、関わり合いになりたくないと思うのではないだろ
 うか。
  毛布の中でマッドが眼を潤ませそうになっていると、サンダウンはまさかそれに気が付いたわけ
 ではないだろうが、マッドの頭を優しく撫でる。

   「ちゃんと食べないと、体調を崩すぞ。」

  それでは仕事が出来ないだろう。
  先程の厳しさを薄れさせて宥めるように言うと、サンダウンはゆっくりと腰掛けているベッドか
 ら立ち上がった。ベッドの軋みを受けたマッドは、サンダウンが離れて行くのだと思う。まだ多分
 家の中にはいるのだろうが、マッドの傍を離れて行くのだ。
  が、そんなマッドの予想を無視して、サンダウンは毛布に包まってまるで芋虫のように身じろぎ
 しているマッドの身体の下に腕を通すと、そのまま抱え上げた。
  突然身体が宙に浮いて、マッドはきゃあと声を上げてしまった。

 「な、何すんだ急に!」

  しかし毛布に包まっている所為で、うぞうぞとしか動く事が出来ない。
  そんなマッドの耳元に毛布越しに口付けると、サンダウンは囁いた。

 「………何も食べていないんだろう?食事にしよう。」

  ちゃんと食料も買ってきたというサンダウンは、もしかしたらその為に出かけたのだろうか。し
 かし、食料なら別にまだまだ残っているし、わざわざ買いに行かなくても良い。だったら、一体何
 をしにサンダウンは出かけたのか。
  自分には関係ない事なのだと思いながらも、マッドはサンダウンが何の為に出かけたのかが再び
 気になり始めている。

 「マッド。」

  毛布の中で大人しくなったマッドに、サンダウンは声を掛ける。

 「そろそろ出てきたらどうだ。」
 「………うるせぇ。」
 「そんな事を言うな。せっかく、お前の為に買ってきたんだ。」

  買ってきたって、何を。
  食糧を買って来たんじゃないのか。 
  マッドが毛布の中でサンダウンの台詞に怪訝な顔を作っていると、その隙にサンダウンがマッド
 を覆っていた毛布を剥ぎ取る。

 「あ!」

    いきなり毛布を剥ぎ取られてマッドは声を上げた。何をするんだ、と怒鳴ろうとした鼻先に、濃
 厚な香りのする赤が突き付けられて、視界が真っ赤に染まる。何事かと思って顔を降れば、赤が視
 界に飛び散った。
  ひらりひらりと舞い落ちるそれが、花弁であると分かったのは、一呼吸置いた後だった。

 「……ああ、やはりお前には赤が似合うな。」

  サンダウンが満足げに囁きながらマッドの腕に持たせたのは、大輪の薔薇の花束だった。