「いいか?いつの時代にだって、人気のある奴ってのはいるだろ?そいつが人気者になる要素っていうのを萌え
 要素って言うんだよ。」


 色のない世界で、力強い声がそう叫ぶ。


「だから、男にとっちゃ胸とか尻は萌え要素の一つであって、それを持ってる奴は人気者なんだよ!分かったか!」


 ルクレチア。


 悲しき魔王を生み出し人々の命を刈り取った悲しみに満ちた世界で、20XX年からやってきた東洋人の少年は、
 握り拳さえ作ってみせて、そう言った。

 それはもう、揺るぎない信念に満ち溢れた声で。




 君の影は永遠に続く




 何故そんな話になったのかといえば、東洋人の少年――アキラと、同じく東洋人である日勝の猥談が原因だった。

 そこに、ちょこちょこと更に同じく東洋人である朧丸が参加していた。

 まるで中学生のような性的な話に、血腥い戦場を生き抜いた朧丸の生々しい話が混じり始めた時、やはり同じ
 東洋人であるレイの怒りの鉄拳が繰り出された。

 

「あんたら、いい加減にしないかい!」



 この地に巣食う異形に向けられるものと同じような蹴りが、日本男児三人をふっ飛ばす。

 男勝りとはいえ年頃であるレイにしてみれば、きゃっきゃと冗談交じりに繰り広げられる猥談は、恥ずかしい
 という以上に何だか言い様のない汚らしさを感じてしまう。

 因みに、レイの隣ではキューブが『セクハラ』という信号を日本男児に向かって出している。

 

「べ、別にレイの事を言ったわけじゃ………。」

「当たり前だろっ!」



 咄嗟に弁明しようとしたアキラに、己の名前を出され、レイは更に逆上する。

 再び繰り出されようとしていた奥義に、ひぃぃぃお助け!という悲鳴が上がる。

 それでも容赦なく発動しかけた技を止めたのは、西洋人でこの猥談に混ざっていなかったサンダウンだった。

 

「……もう許してやれ。」



 低く落ち着いた声に腕を掴まれ、頭に血が上っていたレイも僅かではあるが、血の気を落とす。

 戦々恐々としていた日本人に、ふんっとそっぽを向いて、だが収まらない腹の虫を零す。



「表でそんな話をするなんて、信じられないね。もうちょっと考えたらどうなんだい。」


 
 むろん、レイとて猥談を聞いた事がなかったわけではない。

 老師と出会うまではぎりぎりと生活をしてきたのだ。

 どうしようもない男達に襲われそうになったことだってあるのだ。

 むしろ、それ故に、こうした猥談が苦手だという事もあるのだろう。
 
 だが、そんな事はとてもでは口に出せない。

 喉の奥で言葉を噛みしめたレイに気付いたのはサンダウンだ。

 宥めるようにその肩を軽く叩き、先程まで猥談で盛り上がっていた三人の若者に向き直る。



「………お前達も少しは考えて喋れ。」



 寡黙な最年長者からの敢えての言及に、日勝と朧丸はしゅん、と項垂れる。

 その隣でアキラも一瞬だけ、しゅんとなったがすぐに復活し、何故かそのままサンダウンに食ってかかる。



「でもよ!あんただって男だったら分かるだろ!胸とか尻に萌えるこの気持ち!」

「……………。」



 私に振るな、と言いかけてサンダウンはぐっと堪える。

 なんだか、一言でも口にしたら、話がややこしくなりそうな気がする。

 大体、萌えってなんだ、萌えって。

 黙り込んだサンダウンに、アキラは更に畳みかけるように言う。



「渋い顔してたって欲求はあるだろ!抱き締めたいだとかキスしたいだとか喘がしたいだとか!」

「止めな!」


 
 サンダウンが危うく、そういった欲求を持っている相手を思い浮かべそうになった時、アキラの頭上から踵が
 降り落ちてきた。

 再び怒りを爆発させたレイが、背後から踵落としを仕掛けたのだ。

 ふぎょっという何とも形容しがたい声を上げて潰れるアキラ。



「どうしてそう厭らしい事しか考えられないのかね!あんたら、女をそういう眼でしか見れないのかい!」


 
 腰に手を当てて苦々しく吐き出すレイに、遠巻きに様子を見ていた日勝と朧丸が口を挟む。



「ちげぇよ!俺らは厭らしい眼で見てんじゃねぇ!」

「そうでござる!拙者達は『萌え要素』について語っていただけでござる!」

「なんだい、その『萌え要素』ってのは?!」



 般若の如き表情で二人の言葉を切り返すレイに、日勝と朧丸は首を傾げる。



「さあ……?」

「知らないんなら言うんじゃないよっ!」



 だんっと地面を踏みならしたレイに、再び身を竦ませる日本人二人。

 そんな二人を尻目に、ふっふっふっという不気味な笑い声と共にアキラが復活する。

 その眼には、なんだかどうしようもない狂気が宿っているように見えるのは気の所為か。

 サンダウンは何となく眼を逸らしたくなった。

 だが、耳は塞げないので声は嫌でも入ってくる。



「これだから時代遅れの人間は仕方ねぇな………。俺がみっちりと萌え要素について教えてやるよ!」



 そして、冒頭の言葉に戻るわけである。

 因みに、キューブにとってはアキラも『時代遅れ』の一人であるが、心優しい機械はそんな突っ込みはしなか
 った。



  
  


 
「でもそれじゃあ別に胸や尻である必要はないじゃないかい!」



 アキラの言に、レイは反論のような反論でないような言葉を吐く。

 だがその言葉に反応したのは朧丸だ。



「しかし、胸や尻は古今東西、男にとってはやはり耐え難い魅力に満ちているでござるよ。

 淀君の肢体など、もはや例えようもなかった………。」


 
 薄らと恍惚の表情を浮かべ始めた朧丸に、薄気味の悪いものを感じないものはいないだろう。

 レイも少し朧丸から距離を置き始めた。

 その横で日勝は、邪気のない笑みを浮かべる。



「ああ、でも確かにそうだな。俺らん時はさ、ボディコン姿のねぇちゃん達がさ渋谷の街をうろついてたんだぜ。

 やっぱ胸とか尻に眼が行くよな。」

「おお!ディスコだな!松からそんな話を聞いた事があるぜ!」

 

 異なる時代に微かな一致が見られた時、レイが口を挟む。



「結局は厭らしい話にしかならないじゃないか!」

「違う違う。」



 ちちち、とアキラは指を振る。



「日勝や朧丸ん時とは、俺の時代は違うぜ。胸や尻以外にも萌え要素を見つけ出してる。

 幼女であったり熟女だったり………。」

「変態ってことかい?」

「ちげぇ!これはただの例えだ!」



 アキラの例えはレイでなくとも醒めた目で見たくなるようなものだ。

 現にレイだけでなく、サンダウンも冷えた眼をしてしまった。

 その眼差しに、ぶんぶんと首を振り、アキラは例えだって、と叫ぶ。

 

「分かったよ!じゃあ、俺らの時代で一番有名な萌え要素を教えてやる!それは『ツンデレ』だ!」



 堂々と叫ばれた言葉は、やはりキューブ以外の者には、聞いた事もない言葉だった。

 誰もが、つんでれ、と繰り返すしかない。

 その様子に、アキラは再び悪魔的な笑みを浮かべる。



「そうだよ、『ツンデレ』だ。俺の時代で一番ポピュラーな萌え要素だな。」

「どんななんだい?」


 
 怪訝な声で問うレイに、アキラは指を一本立てて見せる。



「まず、『ツンデレ』の名前の由来だ。これは最初はツンツンしているけど、後々デレデレしてくるという事か
 ら付いたんだ。」



 何て名前の由来だ。

 いや、そもそも擬態語だらけの言葉はそれで良いのだろうか。

 いらぬ心配をするサンダウンの事など歯牙にもかけず、アキラは着々と説明を続けていく。



「具体的に言うと、こんな感じだな。『別にあんたの為にやったわけじゃないんだからね!』っていう台詞を言
 うような奴。」

「ほう、素直じゃないのが萌えでござるか。」

「そう!『勘違いしないでよね、これは残り物で作っただけなんだから!』とか言って弁当を作ってくれたりす
 るような奴!それが『ツンデレ』!」


 
 背後に荒波を背負っていそうな気配を醸し出して叫ぶアキラは、戦闘でももっとそれくらいの男気を見せたら
 どうなんだと言ってやりたくなるくらい、男らしい。

 叫んでいる内容は、ともかくとして。

 
 
「しかし、それならレイ殿も『つんでれ』なのではござらんか?」

「なっ!?アタイの何処が!」



 朧丸の言葉に、かっと顔を赤くして叫ぶレイを、アキラは検分するような眼差しで見て顎に手を当てる。



「うーん。確かにレイもツンデレ要素はあると思うんだけどな。ただ、なんっつーか、ツン要素のほうが多いよな。

 こっちにデレてくれる事がすくないっつーか。」



 それにさぁ、と手をひらひらさせながら続ける。



「レイって結構素直なとこが多いよ。ほら、結構俺らに気を使って言葉にしてくれるじゃん?

 ツンデレってのはそういうのも口にできないんだよなぁ。だから、レイはツンデレとはちょっと違うような気
 がするんだ。」



 真顔でそんな事を言っている少年は、自分がレイにとって相当こっぱずかしい事を言っている事を分かってい
 るのかどうなのか。

 レイをしっかりと見る余裕があるならば――というかそんな事を熱く語っている暇があるのなら、もっとちゃ
 んと周囲を見ろ――気付くはずなのだが。

 しかもその横ではもはや馬鹿の代名詞となりつつある日勝が、何だか物凄く感心したように頷いている。



「へえ、萌えってのは奥が深いんだな。」

「おうよ。特にツンデレってのは、ツンとデレの絶妙なバランスが肝心なんだぜ。だから、難しいんだ。

 ツン要素が多けりゃ憎たらしくなっちまうし、デレが多けりゃ鬱陶しい。この配合具合がな、萌え要素の一番
 の鍵だ。」

「ふむ、なかなか難しいでござるな………。」



 顔を突き合わせて語り合う日本人三人は――やはりオタク文化に理解が深いのか――見ていて奇怪だ。

 いや、その前に。

 サンダウンは僅かに首を傾げる。
 
 さっきから何かが頭の中に引っかかっている。

 アキラの先程からの発言の何かに引っかかっているので、それほど重要ではないと思うのだが。

 その間もアキラの言葉は続いていく。

 しかも、正しいのかどうかもわからない、微妙な表現を孕みながら。



「そうだな、ツンデレの一番最初の段階は、やっぱりこっちに反発してるような感じだな。

 『いい加減にしてよ!なんであたしに構うのよ!』とか、『あんたとは親が友達どうしだから一緒にいるんだ
 から、本当はあんたなんかいなくたっていいのよ!』とか、

 だたし、適度な辛辣さで。強すぎちゃあ駄目だ。こう、ほろ苦い感じ。」



 ―――馬鹿にしやがって!なんでいつも俺を殺らねぇ!
 
 ―――そうか俺達の関係もこれまでと思うと寂しいか。でもいい加減、ケリを付けようぜ!

 

「でも、こっちが喜ぶような事や、手伝ってくれるような事をするんだよな。素直じゃない感じで。

 さっきも言ったけど『あんたの為にしてるんじゃないのよ!』っていう。

 『あたしが困るんだからやってるんだからね!』って。」


 
 ―――仕方ねぇ……女に頼まれちゃあ断れねぇ。

 ―――俺は無駄死にはごめんだぜ。奴らについて聞かなきゃよ。



「で、最終的にデレるんだよ!素直になるんだよ!くっそ、いいなぁ!」



 ばんばんと地面を叩いて、悶絶するように喚くアキラは、いっそ何かに取りつかれたんじゃないかと思うくら
 いだ。



 と言うか。


 
 ―――空きビンとオイルで火炎瓶が作れるけど、どうする?

 ―――ああ……ディオの面をおがみにな!

 ―――へへ……また会おうぜ。
 

  
 物凄く、脳裏で、アキラのいう人物像に、シンクロする人物を思い浮かべる事ができた。

 しかも、過去の人物とか話に聞いた人物とかではなく、自分の身近な人間で。 

 そして、サンダウンは心の中で頷く。

 なるほど、あれが『萌え要素』か。

 確かに、アキラが言うように、男女に限らず相手をそそる存在ではある。

 何故だか、不気味なほどに頭が理解した。



 おそらく、この瞬間、アキラが超能力を使っていないくらい自分の言葉に酔っていた事は、サンダウンにとっ
 ても、そしてサンダウンに思い浮かべられている相手にとっても、『変態』の称号を回避できたという意味でも、
 そしてそのとばっちりを受けなかったという意味でも、幸いだったのだろう。









 後日。


「……お前のような人間の事を『ツンデレ』というらしいぞ。」

「は?」

 
 寡黙な賞金首が突然口にした意味不明な言葉に、西部一の賞金稼ぎは銃を構える事も忘れて怪訝な表情を作った。