「おい。」

  賞金首を撃ち取った後の余韻の残る青年を、一人の賞金稼ぎが呼び止めた。
  青年が黒髪を揺らして振り返ると、青年とそう歳も変わらない賞金稼ぎが厳しい顔をしている。

 「お前、好い気になってんじゃねぇぞ。」

  あからさまな敵意を見せてきた賞金稼ぎは、工夫が着るような汚れたシャツを身に着けていた。
 どうやら、食うに困って賞金稼ぎをしている手合いらしい。
  だから、食うに困っているわけでもないのに賞金稼ぎをしている青年が気に入らないのか。そう
 思ったが、どうやらそれだけではないようだ。
  賞金稼ぎから迸る敵意は、青年が以前振り払った少年と、同じ匂いを持っている。
  咥えていた葉巻を口から離し、青年は口に刷いた笑みを消さずに賞金稼ぎを見やった。何か用か
 と表情を崩さずに問うと、賞金稼ぎは先程と同じ台詞を吐いた。 

 「好い気になってんじゃねぇ。」 
 「それだけじゃ分からねぇな。俺にどうして欲しいんだ?」

  青年に構って欲しいのか、それとも青年を蹴散らしたいのか、
  この荒野に来て、少しばかり自分がどういう眼で見られているのかは理解してきた。
  突然出てきた駆け出しのけれども凄腕の賞金稼ぎ、荒野では毛色の違う優男、身を持ち崩した貴
 族か何か、そして恰好の欲望の対象。
  自信に向けられる欲望が、例えば単純に銃の腕を嫉妬するもの、或いは何としてでも味方に引き
 入れようとするものである場合もあれば、完全に女の代わりとして性欲を満たすだけのものもあっ
 た。
  それらの欲望が理解できないわけではないが、好んで受け入れるつもりもない。近寄れば叩き落
 すだけだ。
  そして目の前の賞金稼ぎからは、少年が持っていた嫉妬と、しかしそれ以外の何かも噴き上げて
 いる。

 「けっ、すかしやがって。てめぇの都合通りに俺達が動くと思ったら大間違いだからな。俺達はて
  めぇの言いなりになんかならねぇぞ。」 
 「俺だって、質問に対して答えにならねぇ答えを返してくる奴なんざ、言いなりにしたかねぇよ。
  これまでも、これからも。」

  何気に一生かかっても与さないと言い放った青年に、賞金稼ぎは歯を剥き出しにして敵意を示す。

 「うるせぇ!てめぇが俺達賞金稼ぎを、気に入らねぇからって撃ち落してる事は知ってんだぞ!」

  喚かれた言葉に、青年が一瞬眉を顰めたが、すぐに、ああと気が付くところがあって頷いた。 
  青年が眼にする賞金稼ぎという代物は、まあ想像してはいたがならず者と紙一重の連中が多い。
 むろん青年とてその中の一人に属するわけだが、正直、青年としては賞金稼ぎだと喚いて銃を振り
 回し、誰彼かまわず脅し、女と見るや犯そうとする連中と一緒にされては堪らなかった。 
  賞金稼ぎと言う職種である以上、多少の乱暴者には眼を瞑るが、流石に街中で銃を持たない市民
 に対して銃を向けるのはどうかと思う。
  だから、そういう手合いの連中に、わざと絡むように嗾けて、決闘で撃ち落すのが最近の日課だ
 った。
  その事を、この賞金稼ぎは言っているのか。
  口出しするという事は、目の前の男もその手の連中と同系列か、それとも青年が撃ち落した中に
 知り合いでもいたか。尤も、知り合いが何をしているのか知っていて止めなかったのだとしたら、
 やはり最低の手合いである事に間違いはないし、何も知らずに喚いているのだとしたら、愚かの極
 みであった。
  何も知らずに、もしかしたら無辜の賞金首を撃ち落した事だって、あるんじゃないかと思うほど、
 愚かな無知だ。

    「じゃあ、何か?俺がした事が気に入らなくって、俺をこの場でてめぇが撃ち落すか?決闘でもす
  るってか?」

  そんな気概はないだろう。
  青年の勝負強さは既に誰もが知るところだ。それが分かっていて、正面から挑んでくるような輩
 は最近はとんと見かけない。この賞金稼ぎにしたところで、どうせ喚きたかっただけだろう。もし
 も決闘する気概があるなら、既に銃を抜いているはずだ。
  だが、賞金稼ぎは銃も抜かず、あろう事か青年の口から決闘という言葉が出てきた瞬間に狼狽え
 始めた。明らかに、決闘なんて夢にも思わなかったと言わんばかりの様子だ。
  賞金稼ぎの腑抜けた様子に、青年は鼻先で嗤い飛ばし、そのまま脚に砂を掛ける気にもなれずに 
 背を向けて再び歩き出す。背後から撃ち抜かれる可能性もあったが、流石にそこまでは仕掛けてこ
 なかった。
  賢明な判断に寄るものか、それともただの臆病者なのか、判断は付きかねるが。
  しかし後者である事を示すかのように、賞金稼ぎは青年の背中に向けて再び吠え立て始めた。

 「お前みたいに仲間殺しばかりしてる奴は、そのうち碌でもない死に方をするだろうよ!ああそう
  さ!どうせ、西部一の賞金稼ぎにはてめぇだって敵いっこねぇんだからな!」

  さっさと撃ち落されちまえ。
  そんな捨て台詞に、青年は最低の捨て台詞だと失笑する。
  誰かに後始末を頼むなんて、どうやら本当に負け犬らしい。おまけに、と喉の奥だけで笑う。も
 はや誰が敵なのかをはっきりとさせるようなものではないか。
  むろん、薄々感じ取ってはいたが。
  青年が銃の腕を閃かせるたびに、高額の賞金首を撃ち落すたびに、そして娼婦達と絡み合うたび
 に、誰かが自分を疎ましく感じている。賞金稼ぎとしての地位を確立させていく青年が、自分の地
 位を脅かす脅威と見てとるのは、別に一人だけではないだろう。
  銃の腕や、撃ち取った賞金首の数が多いだけならば、もしかしたら脅威も小さく感じられたかも
 しれない。
  だが、青年にとっては自分の為であっても、青年が一般人が疎ましく感じる賞金稼ぎまで始末し
 始めたから。
  例えば誰かの庇護の元で大手を振っていた賞金稼ぎや賞金首、一般的に無法者と呼ばれる連中達
 を、外から現れた新しい風が切り落として全く別の、新しい砦を築き上げたとしたら。
  娼婦や、サルーンの管理者などの、ならず者連中に頭を悩ませていた連中は、皆一様に、新しい
 ほうへと靡くだろう。人としてはそれが当然だ。動かない古臭い組織など、実害を蒙っている人間
 にしてみれば燃やし尽くしても問題ないものだろう。
  それを、恐れる輩がいる。
  賞金稼ぎという名前に胡坐をかいている、対して実力もないのに銃の力に味を占めた連中。それ
 を操って利益を得ている有力者。
  そして連中を纏め上げている輩。
  いや、野放しにして、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる、自称、賞金稼ぎの王、か。下手をすれば、
 連中と一緒に暴れていた可能性だってある。老いてからは、そうする事でしか、地位を確立できな
 かったのかもしれない。西部に轟いた自分の名前で暴利を貪る連中を囲う事で、自分の地位を確保
 しようとしていたのか。
  別に、それを悪い事だとは思わない。使えるものは過去の栄光であれ何であれ、使えば良い。女
 が犯されるのを横目で見て、男としての誇りが崩れ去るのが問題ないと言うのなら、荒れ狂う獣を
 野放しにしておけば良い。結局のところ、自分の力がもはや誰にも及んでいないのを自覚するだけ
 だろうが。
  そして青年はそんな腰抜けに成り下がるつもりは、さらさらない。老いた男の地位など知った事
 ではないし、それにしがみ付く様も見習うつもりはない。
  もちろん、老人に押し潰される気も。
  狙うべき相手がはっきりと分かった以上、青年とて容赦するつもりはなかった。襲ってきたなら
 問答無用で撃ち払う。
  遠巻きに見ていた方が無難だろう。
  だが、それをするほど、豪胆でも臆病でもないだろう。意地汚く誇りにしがみ付いて、自分の地
 位にしがみ付いているから、近いうちに襲い掛かってくるはずだった。
  その時、一切の躊躇いはない。