少年の顔が強張り、何かに救いを求めるように周囲を見回した。
  けれども、当然の事ながら助けに入ってくる賞金稼ぎは誰もない。皆が一様に、少年と、黒髪の
 青年の姿を交互に見ているだけだ。

 「なんでだよ。」

  訴える少年の唇は震えていた。

 「なんで人殺しのお前と、決闘なんかしなくちゃならないんだ!」
 「なんだよ、相棒の仇を打つんじゃねぇのか。」

    少年の考えていた筋書きは想像出来る。自分に罪を着せ――誰も知らないだろうが相棒を撃ち殺
 したのは確かに事実ではあるが――それを告発して賞金稼ぎ達に捕まえさせ、そのまま自動的に縛
 り首になるのを待とうという魂胆だったのだろう。
  しかし青年にはその思惑通りに動いてやる謂れはないし、こんなところで死ぬつもりもなかった。
  この荒野に来た以上、何を踏み台にしても成り上がるつもりだった。

 「これは、てめぇと俺の問題だろ?なら、俺達二人で蹴りを着けようぜ。」
  賞金稼ぎ達はこんなものに関わっていたくないだろう。
  青年自身、こんな痴話喧嘩じみたものに時間を取られたくなかった。さっさと町に戻って金を受
 け取り、柔らかい女の膝で眠りたかった。
  思惑通りに事が運ばず、それどころか今此処で青年と決闘しなくてはならなくなった少年は、逃
 げ場を捜す小動物のように辺りを見回している。青年との銃の腕は歴然とした差がある。即ち、少
 年は今から死ななくてはならない。
  そんな未来予想からどうにかして逃げようというのだろう。辺りを見回して、青年を見やり、
 唐突に背中を向けて何か意味不明の事を喚きながら、走り出した。無防備な背中を見せつけられた
 青年は、少年が慌てふためいて不恰好に馬に乗っているのを見て、逃げるのか、と思った。
  だが、逃げてどうするつもりなのだろう。
  案外、受け入れてくれる者もいるのかもしれない。偽善者ぶった連中とか、正義の味方を評する
 連中なら、少年の言い分を聞き入れて、仲間に入れてくれるのかもしれない。青年にはとてもでは
 ないが、仕事以外でそんな連中と関わり合いにはなりたくないが。
  馬で走り去っていく少年の薄い影法師に、銃を向ける気にもならず、青年は黒い髪に帽子を被せ
   て、他の賞金稼ぎ達と同じように自分の馬に近づいた。





 「ガキを一人、見逃したそうじゃねぇか。」

  青年がサルーンの一画にある高級娼婦を取り扱う酒場で、娼婦の膝の上で寝転がっていると、見
 下ろしてくる鋭い眼光があった。
  老賞金稼ぎの眼差しに、青年は黒い眼を気だるげに持ち上げて、微かに笑う。

 「噂が回るのがはえぇな。」
 「俺から見りゃあお前もまだまだガキだが、それ以上のガキが狩りの直後に騒ぎ始めたって、賞金
  稼ぎ共がこそこそ言い合ってやがる。」
 「そのガキが戻ってきて俺を撃ち殺すんじゃねぇかって?」

  復讐されるかもしれないという事は考えている。今回の事は復讐と言うべきかどうかは分からな
 いが、あの少年があれだけで引き下がるかどうか、分からない。
  だが、賞金稼ぎになるという事は、一般のその他の市民に比べると遥かに人から恨まれる人間に
 なるという事だ。だから、それが例えこれまで味方であった者からの恨みであっても、別に驚くよ
 うな事は何もない。

 「でも、それじゃあ、あんたならあの場で撃ち殺したか?」

  決闘に勝てる見込みがなく逃げ出した少年の行く末を、この老賞金稼ぎならどのように決めただ
 ろうか。

 「俺なら、狩りの場で一緒に殺してるな。」

  言い放たれた台詞に、青年は眠たげであった眼を一瞬大きく見開き、そしてややしてから、喉の
 奥で笑った。

   「ああ、そうだな。それが一番良かったかもしれねぇ。けど、今の俺にはそれは出来なかった。」

  もしもあの時、それが誰かに見られていたら。
  西部の王者である、この老賞金稼ぎなら良いだろう。誰も口出しはしまい。口出ししたとしても、
 最後には黙るだろう。
  だが、まだ駆け出しである自分なら。きっと誰も助けてくれるわけがない。
  気だるげに、娼婦を侍らせてソファに転がっている姿は、もしかしたら名の知れた賞金稼ぎに見
 えるかもしれないが、実はまだ駆け出しであり、他の賞金稼ぎよりも少しばかり金銭に余裕がある
 だけだ。

 「お前が何でこんな場所に来たのかは知らねぇが、もといた場所に帰った方が良いんじゃねぇのか。」

  老賞金稼ぎの忠告に、青年はただ首を竦めただけだった。
  だが、老人は言い募る。  

 「お前は俺達と違って食うに困って賞金稼ぎをやってるわけじゃねぇ。そういうのは他の賞金稼ぎ
  からしてみりゃ、腹立たしく見える。てめぇみたいな賞金稼ぎを俺は何度も見てきたが、その度
  に面倒事を起こして、最後はどうにも立ちいかなくなって、どっかに行っちまうのさ。」

  青年は、娼婦の膝の上で寝そべっていたが、ゆっくりと身を起こし、老人を黒い眼で真正面から
 見据えた。

 「そりゃあ……。」

  自分の行く末を暗示する賞金稼ぎの言葉に、何かを言い掛けたが青年は何かを思いついたように
 口を閉ざした。ふっと微かに遠くを見るような眼差しをして、だがすぐに、口元に笑みを刷く。

 「ああ、言いたい事は良く分かった。で、それだけか?」

  駆け出しの何処か不遜な笑みに、老人はゆっくりと頷いた。そして重い腰をゆるりと持ち上げる。
 これ以上言うべき事はないのだろう。それとも何を言っても無駄だと思ったのか、どうなのか。

 「俺が言うべき事は言った。悪い事は言わねぇ、さっさと帰るんだな。」

  老人の台詞に、青年はひらりと手を振る。
  老人の砂だらけの汚いブーツが、去り際に床に足跡を付けていくのを、ちらりと眼で追いかけて、
 やがてウエスタン・ドアが開閉する音が聞こえてきたのを機に、青年はふらりと立ち上がる。娼婦 
 達が何か物憂げな眼差しを見ているのを、小さく笑って見下ろし、だが娼婦から顔を背けた瞬間に
 その笑みは消える。
  老人の忠告の意味が分からぬほど、愚かではない。 
  だが、それを無暗に聞き入れるほど、惰弱でもなかった。
  自分の命が危険に近づいている事は薄々感付いていたが、それが老人の忠告という名の警告では
 っきりしただけの事。
  つまり、自分の少年に対する処遇は、丸きり間違っているというわけではなかったのだ。青年の
 立場を考えれば、最善の方法であった事が分かった。
  そして、そんな自分を今、一番危険に思っているのは誰だろうか。
  考えて、しばらく様子を見よう、と思う。
  先手必勝が通じる相手ではない。先手を取れば、逆にこちらが犯罪者呼ばわりされかねない。そ
 れまでの間、幾分か尻尾でも振っていれば良い。
  老いた王者の怯えを少しばかり少なくするために。