「どういう事だよ!」

  酒場に入るなり背後で聞こえた少年の声に、青年は黒い眼を肩越しに向けただけだった。そして
 大声出さなくても聞こえる、とつまらなさそうに告げた。
  それが、少年の癇にますます触ったようだ。

 「なんで勝手に狩りに行ったり、賞金首を撃ち取りに行ったりしてんだよ!あんたは俺の相棒だろ!」

  酒場の入り口で堂々と叫んだ少年に、酒場の中にいた人間の眼が一斉に向いた。
  ただし、少年が言葉を聞かせたかったであろう青年は、ひんやりとした眼で一瞥しただけだった。
 やはり、酷くくだらなさそうな表情で。

 「俺はてめえの相棒になった記憶はねぇよ。」

  明日の天気を話しているかのような口調で、少年を一刀両断する。
  絶句した少年に、それ以上の発言を繰り返すつもりはないのか、青年はそのまま酒場の中に入り
 込む。いつもと変わらない後姿に、少年はようやく再び叫ぶ事が出来た。

 「な……!俺と組むって言ったじゃないか!」
 「気が向いたら、って言っただろうが。気が向かねぇ時は、俺は一人で好き勝手に動くさ。一人で
  賞金首を撃ち取りに行くし、他の誰かと狩りに行ったりもする。それだけの話じゃねぇか。何を
  一人で大騒ぎしてんだ。」
 「俺も誘えば良いだろ!」
 「ああ、気が向いたらな。」

  本当にどうでも良さそうな口ぶりだった。
  もはや少年の事など眼中にない青年は、ひらりひらりと蝶のように人と人の間を通り抜けては、
 その度に誰彼かまわず言葉を交わしている。

 「そうやって……っ!」

  酒場の波に入れば、すぐにもみくちゃにされて泳げない少年は、入り口で立ち尽くしたまま拳を
 握って青年の後ろ姿を睨み付ける。

 「そうやって、誰にでも尻尾降るのかよ、てめぇは!」

    それは至極侮辱的な発言であった。もしも相手が相手だったなら、此処で決闘になっていてもお
 かしくなかった。
  しかしそんな事は少年にも分からなかったし、青年もそんなしょうもない事に首を突っ込むつも
 りもなかった。
  だから、青年は黒い髪を微かに揺らして首を竦めたのだ。

 「尻尾も触れずに行き倒れるよりもましだろ。少なくとも、俺はまだ死にたいとも思ってねぇしな。」

    何処か呆れたような青年の口調は、周囲の人間の苦笑を齎した。
  青年の言葉は確かに正論であり、少年の台詞は荒野では失笑物だったからだ。確かに相棒だ何だ
 という輩はいるが、それはよほどの事がなければ有り得ないし、現に裏切りも横行している。その
 事実を鑑みれば、青年がいとも容易く相棒なんてものを作らなかったのも頷ける。
  けれども、容易く相棒が――生涯を貫けるほどの相棒が見つかると思っていた少年にとっては、
 青年の行為が裏切りに見えたようだ。
  
 「てめぇも、一人で狩りに行けば良いだろうが。俺はてめぇが何処で何しようが構いやしねぇよ。
  俺のものじゃねぇんだからな。」 
  
  それができねぇ理由でもあるのか。
  青年は、当然の疑問を口にしたまでだった。だが、それが一方で少年を馬鹿にする声でもあった。
 何せ、世間一般的に見れば青年と少年――実はそう年齢的には変わらないのかもしれないが――の
 実力の差は歴然としていたのだ。
  青年の一番最初の狩りが、青年にとっては手痛い、ただしその始末の着け方は他の駆け出しの賞
 金稼ぎにそう簡単には真似出来ない結果に終わった為、青年の評価はある一定以上のものとなって
 いる感は否めない。
  だが、それを抜きにしても、例えば賞金首一人に対する処置などは、どう考えても青年のほうが
 正しい。
  それに、なんと言ってもたとえ最後に撃ち抜くのが少年であっても、銃の腕前は青年のほうが秀
 でていた。だから賞金稼ぎとしての立ち位置について少年が理解できなくとも、銃の腕という歴然
 とした事実は分かっているだろう。それについて、少年が何も思わないはずがない。気が付いてい
 ないはずがない。
  故に、青年の一人で勝手にしろという言い方は、少年にはそれが出来ないだろうという嘲笑が含
 まれていると、少年が深読みしても仕方がない事だった。
  実際のところ、青年にはそこまで考えて少年に口を利いたつもりはなかったのだが。
    一瞬にして劣等感の塊になった少年が、唇をわなわなと震わせて、唐突に青年から眼を背けた事
 も想定されていた事象ではあった。
  
 「どうせ、俺なんて……!」 
  
  ぎり、と歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど振り絞った声に、青年はけれども心動かされはし
 なかった。むしろ、青年にしてみれば一体何を言っているのかという感覚だった。
  青年は、少年だけとつるむつもりなどなかったし、勿論誰かと長くつるむつもりもなかった。だ
 から、いきなり自分を相棒だと言い始めた少年を見ても、何を言っているんだくらいにしか思わな
 い。何を勝手に期待して、勝手に裏切られているのか、と。
  最初から言っていたではないか。
  気が向いたら、と。
  青年は気紛れだ。
  だから、最初に言っておいたのだ。
  一人足音高く去っていく少年を眺めやって、青年は心底つまらなさそうに酒場のカウンター席に
 座った。追いかけるつもりなど毛頭ない。少年一人いなくなったところで、青年には困らない。誘
 う賞金稼ぎ仲間は、他にもいる。
  もしかしたら、少年がある事ない事吹聴して回るかもしれないな、と少しだけ考えたが、しかし
 それも大した脅威にはならない。少し頭の回る輩なら、少年の言いたい事などすぐに分かるからだ。
  ただし、少年は別の形で青年の邪魔をしようと考えたようだった。
  次に少年を見た時、少年は別の――少年の言い方をすれば相棒――を見つけていた。少年よりも
 少しばかり頭の良さそうな、しかし同時に人の好さそうな賞金稼ぎだった。どうやら、同じように
 まだ駆け出しであるらしい。
  連れ立ってやってきた二人を見た青年は、しかし特に何も思わなかった。

 「よお……。俺は今後はこいつと組む事にする。あんたの引き立て役なんざ、うんざりだからな。」

  少年の言い分にも、青年は特に心動かされず、黒い眼で二つの影を見比べただけだった。強いて
 言うなら、少年の言い分に失笑しかけたが。つまり、少年は気が付いていないのかしれないが、少
 年は自分の新たな相棒とやらを、自分自身でけなしているのだ。
  新たな相棒は、自分を引き立て役とはしないない――それだけの力がない、と。
  勝手にしろよ、という気分だった。
  けれども、少年が青年の前に再び現れたのは、青年が参加している狩りの集まりの場だった。狩
 りに参加するのだという少年に、何か不吉な予感がしたが、しかしいざとなれば蹴り倒せば良いだ
 けだったので、特にそれ以上は気にしない事にしたのだが。
  だが、流石に青年の顔が引き攣ったのは、狩りの真っ最中に、青年の弾道のど真ん中に、相棒と
 やらがいきなり突っ込んできた時だった。
  ちょうど、乱戦の真っ只中で、青年が賞金首の頭と思われる男に粗点を定めた時だった。何故い
 きなり青年の前に飛び出してきたのか、それは分からない。顔は見えなかったから、何か考えがあ
 って飛び出してきたのか、それとも誰かに押されたのか、それも判然としない。
  ただ、青年が、飛びだしてきた少年の相棒を撃ち落した事だけは事実だった。
  そして、乱戦の後、少年が相棒の死体を引き摺って、青年を指差して怒鳴り散らした。
  
 「こいつが殺したんだ!」

  ぼろぼろの相棒の死体を見せつけながら、少年が地団太踏みながら喚く。
  
 「こいつが俺の相棒を殺したんだ!乱闘のどさくさに紛れて!」

  殺したんだ、殺したんだ。
  喚く少年を、他の賞金稼ぎ達は困惑したように見て、そして青年の様子を窺った。
  賞金稼ぎ達が少年の言葉をまともに取り合っているとは思わなかった。何せ、少年の言葉が真実
 であれ、乱闘の最中の流れ弾に当たるなど、運が悪いとしか言いようがなかったからだ。そもそも、
 相棒を撃ち殺した瞬間は、青年くらいしか見ていない。あの乱戦の中、何処で誰が撃たれたかまで、
 完全に把握している人間はいないだろう。
  それに、何より、少年が言っているように、どさくさに紛れて殺したと言っても、相する事に青
 年には旨みがない。
  いや、大体さっきも述べたように。
  どうしてこの少年は、相棒が青年に撃ち殺された事を、そこまで知っているのだろうか。
  こいつを捕まえろ、縛り首にしろ、と喚く少年が、一瞬だけ奇妙に歪んだ人間に見えた。もしか
 したら、この少年は縛り首するに値する事を、たった今やってのけたのかもしれない。

 「まあ待てまあ待て。」

  喚く少年に、もしも本当にこの少年が相棒を突き飛ばしたのだとしたら、その豪胆さは感嘆に値
 するが、一方で激しい嫌悪を生み出す。ただ、その事実が真か非かは分からない。
  それは、青年が果たして少年の相棒を撃ち殺したのか、第三者には分からないのと同じだ。

 「てめぇは俺が、てめぇの相棒を殺したって言う。でも、俺にはその自覚がねぇ。まあ、仮に俺が
  相棒を撃ち殺したとしても事故にしかならねぇ。」

  むろん、青年は自分が殺した事は分かっている。だが、それを口にするほど愚かではない。

 「けど、てめぇは俺が殺したと思い込んでる。俺に復讐したい。そんでもって俺は公衆の面前で人
  殺し呼ばわりされた。つまり名誉をけなされたんだ。互いに、腹に一物持ってるって事だ。じゃ   あ、それをいっそ此処で、ケリを着けようぜ。」

  復讐の術。そして名誉の回復。
  それらを果たす手段が、荒野では確かに日常的に行われている。
  何を言っているのか分からないという顔の少年は、けれども確かに銃を持っている。だから、手
 加減する必要もない。
  青年は、少年のふざけた顔に白い手袋を投げつけた。

 「決闘だ。」