ひとまず、一番最初の狩りで命を狙われる羽目になった青年は、なんとか危機を脱した。更に西
 部一の賞金稼ぎと謳われる老人と顔見知りになったのは、不幸中の幸いだろう。自分が盾にされた
 と知り、僅かに仏頂面を作る老人に、ただで仕事をさせるつもりはないと言って、純金の指輪を投
 げつけたのも、老人の興味を惹かせる事に一役買った。

 「お前は、何者だ?」

  金の指輪と青年の顔を怪訝そうに交互に見比べる老人に、青年はカラカラと笑った。

 「大したもんじゃねぇよ。少なくとも、今はまだ、な。駆け出しの賞金稼ぎだとでも思えば良い。」
 「駆け出しの賞金稼ぎは、金の指輪なんぞ平気で他人にやったりしねぇな。」

  しわがれた老人の声は、青年から何かを読み取ろうとするかのようであったが、すうに老人の視
 線は青年から離れた。

 「まあ良い。金の指輪を持った奴が、西部に全くいないわけでもない。お前は、そういう身分だっ
  たんだろう。」
 「俺の身分なんざ、この場所じゃどうだっていい事だろ?だから俺は此処に来たんだぜ?」
 「自分の力で成り上がりたい、か。確かにお前は、荒野の生き方が似合っているだろうよ。」

  それは賞金稼ぎとしての、という意味だったのだろうか。
  少なくとも青年はそう受け止めた。口角を持ち上げて笑い、成り上がってみせるさ、と言った。
 それは、ある意味老人に対する挑戦状でもあったのだが、それに対しては老人も鼻先で笑っただけ
 だった。
  ただ、老人は青年の事を嫌っているふうではなく、むしろ気に入っているようであった。
  それはそうかもしれない。賞金稼ぎとしての美徳は、正義に滾る事でも卑屈に身を隠す事でも、
 武勇に長ける事でもない。
  只管に自分の立ち位置を見越した上で立ち回る事だ。弱いなら弱いなりに、策を弄して相手を陥
 れれば良い。それが出来る者が、腕の立つ賞金稼ぎだ。だが、そうした立ち振る舞いは一朝一夕で
 培われるものではない。賞金稼ぎとして働いていくうちに身に付くものだ。
  だが、目の前の青年は、まだ荒野にやって来たばかりである。
  にも拘らず、この振る舞い。
  青年の過去は垣間見える程度で深くは分からないが、自分達が考えるよりも壮絶であるのかもし
 れない。
  だから、老人は自分よりも妙に混沌とした眼をした青年が、いつか自分を踏み台にしていくだろ
 う事を、容易に予見した。年齢の事を考えても、それは当然の結末だ。老人とて、己の未来がそう
 長くない事は知っている。
  かといって、簡単に西部一の賞金稼ぎの座を明け渡せないのも事実だった。
  ただ、青年が現れたのを見て、もしかしたらその時期が近づいているのかもしれないとは思った。
 青年を後継者にしようだとかそんな事は全く考えはしなかったが。
  しかし、それでも周囲の目から見れば老人が青年を認めたように見えるのは当然と言えば当然だ
 った。それに青年は、少なくとも最初の狩りで保安官と癒着している賞金首を打ち取ったという危
 機を乗り切るだけの機転を持っていたのだから、噂になる事は致し方ない。
  けれども、それだけでは済まないのが、西部だった。

 「よお。」

  青年が黒い髪を揺らしながら葉巻を選んでいる時、背後から妙に親しげに声をかけてくる者があ
 った。
  まだ若い男の声に、青年が眼を瞬かせながら振り返ると、そこには声の通りまだ若い男が立って
 いた。妙い人懐っこそうな笑みを浮かべてこちらに向かってくる男は、むしろ青年よりも若いので
 はないだろうか。少年と言っても差し支えなさそうな笑みを見てそんな事を思っていると、その少
 年は――ただ、身体つきはがっしりしている――武骨な手を親しげに掲げた。

 「俺、あんたの事知ってるぜ。保安官の飼い犬を撃ち落した上に、その保安官にも一泡吹かせたん
  だろ。」

  青年の初めての狩りは、青年が思っている以上に広まっているようだ。それを良しとするかどう
 かは、未だ判断はつきかねるが。
  少年の笑みを、注意深く、同時に気だるそうに葉巻が並んでいるカウンターに凭れながら眺めた
 青年は、やがて白い指先で一本の葉巻を摘まみ上げると、それを滑らかに自分の口元に運んだ。

 「で、俺になんか用か?」

  絶妙の角度で小首を傾げて訊いてやると、少年はそれを待っていたと言わんばかりに、俄然食い
 ついてきた。

 「ああ、俺はフェンリって言うんだ。あんたと同じ、駆け出しの賞金稼ぎさ。ちょこちょこ賞金首
  を撃ち取ったりしてんだけど、そろそろ大物も狙いたくってさ。でも一人じゃちょっと不安でさ。
  一緒に組む奴を捜してたんだ。」
 「つまり、俺と組もうってか?」

  青年は葉巻を指先で弄び、匂いを嗅ぎながら少年の言いたい事を、一言で終わらせる。  
  まあそうなんだけど、と言葉を詰まらせた少年から、青年はふと目を逸らし、つまらなさそうに
 答えた。

 「ま、気が向いたらな。」

  けんもほろろな言い草に、少年はむっとしたようだ。口を尖らせて、未だ葉巻の味も酒の味も知
 らないような表情で、青年に背を向ける。
  その背中に、青年は呆れたような声を上げた。

 「何勝手に怒ってんだ、てめぇは。俺は気が向いたらって言ったんだぜ。」

  カウンターに金色のコインを一枚投げて、気に入った匂いの葉巻を掴むと、少年の背中に追いつ
 く。でかい割には頼りない少年の背中を叩いて、

 「今が気が向いた時じゃないだなんて、どうしててめぇに分かるんだ。」

  そうして少年の手にあった賞金首のポスターをひらりと摘み上げた。
  驚いたような顔をした少年を無視して、青年はポスターに書いてある金額を見て、とりあえずは
 山わけだな、とだけ言った。





  山分け、とは言ったが、実際に傍目から見て、青年と少年の取り分を山分けというのは少々不公
 平な気がした。
  実際のところ、少年よりも青年のほうが目端が利いて、立ち回りも上手い事は明白であったから
 だ。

 「その賞金首がいる町はもう分かってるんだ。」

  自慢げに言う少年に、青年はだからと言ってすぐに動き出そうとはしなかった。
  既に一度、下調べをしなかった事で痛い眼を見ていた青年は、もっと慎重だった。少年の言う町
 に本当に賞金首がいるのかを確認した後も、すぐに攻め込まずに町内に賞金首と繋がっている連中
 が何人いるのかを丁寧に調べていった。
  あとは、賞金首の経歴。一体どんな犯罪を犯したのか。
  そんな事は検事や保安官に任せればいいのに、と思う少年を置き去りに、青年は細かく調べて、
 ようやく納得できたのか、賞金首を撃ち取った。
  最期の瞬間追い詰めたのは、少年だったし、撃ち取ったのも少年だった。
  けれども、周囲の賞金稼ぎ達の評価が、少年に向かうかと言えばそうではなかった。
  その事に、少年は直ぐには気が付かなかった。それよりも、一緒に仕事ができる相手がいた事が
 嬉しかったのだ。とにかく二人で仕事をして、それで二人で名を馳せるのだと思っていたのだ。
  だから、仕事を終えて青年と二人で歩いていた時に、他の賞金稼ぎに呼び止められた時も、自分
 達が有名になったのだと思ったのだ。

 「おい、すげぇな。」

  まだ若い賞金稼ぎ達が群れて、話しかけてきたのだ。
  ちょうど仕事を終えて大金を稼いだばかりだったから、少年はてっきり自分達の仕事ぶりの事を
 言っているのだと思った。

 「いやあ、別に大した事じゃねぇよ。」

  言い掛けた少年の言葉を、賞金稼ぎ達が遮った。

 「お前、あれだろ。この前、一人で1000ドルの賞金首を捕まえた奴だろ。」
 「しかも生け捕りだってな。見たぜ、絞首刑にされたの。」
 「あと、この前の狩りでも大物を撃ち取ったって言うじゃねぇか。」

  少年には全く身に覚えのない事だった。少年は、一人で1000ドルの賞金首を捕まえた事などない。
 勿論、狩りに参加した事も。
  しかしその隣にいる青年は涼しげな顔で頷いている。黒い眼は誇るでもなく、飄々として賞金稼
 ぎ達の言葉が真実であると言っている。

    「まあ、俺はやりてぇようにやっただけだからな。賞金首のほうは生け捕りにするって決めてたし、
  狩りのほうは……あれが大物だとは思っちゃいなかったな。とりあえず手近にいた奴を撃っただ
  けなんだけどよ。」
 「おいおい、謙遜なんかされたら腹立つぜ。そんな事より、次の狩りの計画もあるみたいだから、
  また参加しろよ。」
 「ああ、気が向いたらな。」

  少年に告げた言葉をそっくり返し、青年は口元に笑みを湛えたまま、ひらりと手を振った。