5.午後の陽射し




 眼を開いてから、自分が眠っていた事に気付いた。

 開いたままの本が、眠る前に見たページのまま、膝の上でうつ伏せになっている。

 寝椅子から身を起こし、サンダウンは軽く伸びをした。

 そして、窓から差し込む光を見て、珍しい事だと思う。

 いつもなら砂塵混じりで、ぼやけている空気が、今日はすっきりと澄み渡っている。
 
 大きく息を吸い込んでも、口の中に砂が入り込む事もない。

 そういえば不思議な事に、茶と黄と白が大部分を占める大地に、幾つもの緑が生き生きと生い茂っ
 
 ている。

 その木陰が、サンダウンの顔の上に落ちてきた。

 
 ふらふらと眼の前を揺れる青陰に、薄く遠い昔に住んでいた家の事を思い出した。

 誰もいないあの家は、誰が住まう人を見つけたのだろうか。

 そんな事を考えて視線を巡らせると、部屋の中の調度品に、幾つか見知った物が紛れ込んでいる。

 おや、と思えば思うほど、それらは西部に来る時に家と一緒に捨ててきた物だと気付く。

 棚に置いてある客を迎える時にだけ出すカップも、長椅子の上に並べられた素朴ながらのクッショ
 
 ンも、全て此処にはないものだ。

 それらが、窓からの日差しを受けて濃い影を幾つも描いている。

 奇妙なその光景に立ち上がろうとした時、棚に挟まれた扉の向こうから硬質な足音が聞こえてきた。

 誰もいるはずがないのに。

 いや、その前に、この家は?


 その疑問に気付く前に、扉が開く。
 
 そこから覗いた顔に、サンダウンは妙に納得した。


「お、やっと眼が覚めたのかよ。」


 寝椅子から起き上がったサンダウンを見て、彼は黒髪を揺らして笑う。

 その手にいっぱいに抱え込んでいるのは、朝干していた洗濯物だろう。

 いい天気だから、もう乾いてもおかしくない。

 日向の匂いがする洗濯物を抱えてサンダウンの前を通り過ぎながら、彼は今までにないくらい穏や
 
 かな声で言った。


「昼飯なら出来てるぜ。」

「お前は…………?」

「俺はもう食ったんだよ。」


 あんたと違って忙しいからな。

 いつもの皮肉のような台詞だが、笑みが柔らかいのでただの軽口だと知れる。

 サンダウンに背を向け、洗濯物を適当な場所に置いてから、彼は再びサンダウンに向き直った。


「まあ、あんたが食うのに付き合ってやらなくもないけどな。」
 
「ああ………そうしてくれ。」 
 

 答えながらサンダウンは、これが現実でない事に気付き始めていた。

 これは、眠りと現実の境で見る、夢の一つだ。

 サンダウンにとって心地良いものだけを映し出す。


「キッド?」


 動きを止めたサンダウンに、彼が淡い笑みを湛えたまま不思議そうに首を傾げる。

 彼が、こんなふうに笑うところは知らない。


「………いいや、何でもない。」


 知らない顔をする彼にそれだけ答える。

 此処にあるものは全て、サンダウンの手には入らないものだ。

 現実の世界にあるものの対極ばかりが集結している。

 その最たるものが眼の前で笑っている男で、それこそサンダウンの腕の中に転がり落ちてくる事は
 
 ない。

 ああ、だから、だから。

 
「マッド。」


 名前を呼んだ。

 振り返った黒瞳が、うっとりと微笑む。

 それを腕の中に引き寄せながら、サンダウンは今しばらく、一瞬の夢の中を彷徨った。