4.湿った路地裏



 
 
 


 遠くで太鼓の音が聞こえる。

 何処かで祝い事でもあったのだろうか。

 曇天だというのに、軽快に太鼓を叩く音が聞こえる。

 
 灰色の、所々苔むした冷たい石畳の上で、子供は猫のように身を丸くした。

 擦り切れた着衣には泥がついており、いつ洗ったのかも定かではない。

 にも関わらず白く色褪せており、また白く細い子供の手足に対して服の裾が足りていない。

 あまりにも長く、着古した所為だ。

 
 子供は太鼓の音に惹かれるように、その顔を上げた。

 白い痩せた顔の中に、あちこち茶色に汚れている。

 そこに、鳶色の大きな眼が震えている。

 痩せた顔はそれだけでは少年とも少女ともつかない。

 ただ、背まで伸びた、瞳と同じ茶色の髪が、辛うじて子供が少女である事を示している。


 本来ならば、まだ親の保護下にいるべき身体。

 髪を梳き、余裕があれば花飾りの一つでも貰えるはずだった。

 けれども少女はそんな事は知らない。

 少女が知るのは、生きる為に奪う事。

 保護の名も、与えられる事も知らない。

 ただ、生きる為に奪った、盗んだ。

 
 膝の上に置いた、少し泥の付いた饅頭を見下ろす。

 一人の老婆が、供え物として持ってきたもの。

 それを盗んだ。 
 
 突き飛ばした老婆の呪詛の言葉だけが、妙に耳にこびりついている。

 
『この泥棒猫!』


 ああ、そうだ。

 これは泥棒だ。

 でも、神様は、困っている人を助けてくれるという。

 ならば、空腹で死にそうな少女の為に、供え物の一つである饅頭を与えてくれる事も許してくれる
 
 だろう。

 もしも神様が許してくれないのならば、そんな神様はきっといないも同然なのだ。

 そして、事実、神様なんて本当はいないのだろう。


 少女は冷めた饅頭にかぶりつく。

 口の中に、ぱさついた肉の塊と味が広がる。
 
 これが、現実だ。

 内側も外側も、どこまでも冷たい。


 本当に神様がいるのなら、もっと、世界は温かいはず。
 
 少女が、温かさを知るのは、まだ、先の話。