2.真夜中の公園





 広い池の縁に座り込んで、アキラは自分の顔を水面に映していた。

 薄暗い、街灯だけが灯りとしてぽつんとある闇の中、覗きこんだ水の中は昼間以上に澱んでいて、

 そこに映る自分の顔も歪んでいた。

 けれどそれは、夜だからとかそんな理由ではない。

 アキラの顔は、事実今にも泣き出しそうに歪んでいたのだ。


 きっかけは、ただの一言だった。


「お兄ちゃんなんだから。」 


 アキラはお兄ちゃんだ。

 確かにそうだ。

 カオリは間違いなくたった一人の妹で、たった一人の血を分けた家族だ。

 そして間違いなくアキラが守るべき存在だ。

 お兄ちゃんなんだから、カオリを守らなくちゃいけない。

 お兄ちゃんなんだから、カオリの面倒をみなくちゃいけない。

 お兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんなんだから。

 ずっとずっと言われてきて、心に刷り込まれてきた言葉。

 それはアキラの中では絶対不可侵のものであると同時に、飛び越えたい柵のようなものになっていた。

 そして、飛び越える日が、今日だった。


 粉々に壊れたアキラが大切にしていたロボット。

 カオリが壊してしまった。

 でも、お兄ちゃんなんだから、我慢しなきゃいけない。

 でも、このロボットは、お父さんが買ってくれた大事なものだった。

 お父さんが、残してくれた大切な大切な。

 なのに、どうして怒るのを我慢しなくちゃいけない?


 歪んだ顔が震える。

 どうして自分ばっかりが。

 他の皆は我がままばっかり言ってるのに、どうして。

 どうしてカオリばっかり。


「そんな所で何してるの!」


 聞こえた声に、びくりと背中を震わせた。

 振り返ると、そこには腰に手を当てた妙子が立っていた。


「こんな時間に!心配したのよ!園長さんも、ケンイチさんも、カオリも!カオリなんか、ずっと泣

 いてたんだから!お兄ちゃんが何処かに行っちゃったって!お兄ちゃんがカオリの事嫌いになっち

 ゃったって!もう戻って来ないって!」


 いっつもカオリを守るんだって言ってるくせに、自分で泣かせてどうするの!
 

 妙子の声に、カオリのお兄ちゃんと呼ぶ声が重なる。

 
 ああ、知っている知っている。

 カオリはいつだってアキラの事だけを考えていてくれた。

 アキラがそうだったように、カオリだってアキラの事を考えてくれた。

 アキラは他人の心を読むけれど、カオリだけはアキラの心底を汲み取ってくれる。

 だって、たった一人の血を分けた家族なんだから。


 帰るわよ、という妙子の声が背後で聞こえた。