9.全てを捧げた恋だった





  蒼褪めた闇が蹲る薄暗い闇の中は、その色相まってか酷く寒々しく見えた。その中に、ぼんやりと浮かび上
  
 がる白い背も、まるで人形のようで、けれども先程までその身体は激しい熱の中にいたはず。

  ぴくりとも動かない白い背中に、幾つも残る鬱血と噛み痕、そして赤く腫れ上がった部分を見やりながら、

 サンダウンはそこに漂う苦い精の臭いに顔を顰める。すらりと床に投げ出された脚の間から、こぽりと再びそ
 
 れが吐き出されたが、けれどもサンダウンはそこに手出しする事なく背を向けた。

  一目見れば、何が起きたのか分かるだろう現場。

  良心的な者が見れば手当の一つはするだろうが、逆ならば、もしかしたらその身体はまた蹂躙されるかもし
  
 れない。そう思ったけれど、やはり後始末をするという選択肢はなく、サンダウンは凌辱の跡も生々しい小屋
 
 を背にした。



  後悔がないわけではなかった。

  何度も何度も自分に追い縋る若い賞金稼ぎの手を払いのける手段としては、もっと別の方法もあったのかも
  
 しれない。

  だが、無為に時間を過ごすなとどれだけ言い聞かせても、己を追いかける事を止めない彼には何を言っても
  
 無駄である事は知れていたし、多少の痛みなどはあっさりと堪えるくらいに死線を潜り抜けた身体は、痛めつ
 
 けたところでやはりあっさりと耐えてしまうのだろう。

  そう考えると、残された手段はほとんど残っていない。

  大抵の事をその感情の激しさで乗り越えてしまう男に、絶望を与える方法は、もはやそのプライドが根底か
  
 ら砕け散るような行為を行うしかない。



  いつものように突っ掛かってくる身体を押え込み、両腕を縛って首にも荒縄を掛けて、身に纏うものを引き
  
 裂いて。見上げてきた黒い眼には、確かにはっきりと驚愕と恐怖が浮かべられていた。そして与えられる快感
 
 と苦痛に泣き叫んで、身を捩って逃げようとする身体を無理やり開かせた。

  ぐったりと人形のようになった姿は確かにサンダウンの意図通りのものだった。



  けれど。



  仰け反る身体に、喘ぐ唇に、むしろ自分の欲望を煽られて、意識していたそれ以上に手酷く扱った。

  激しさについていく事が出来ずに、途中で意識を失った身体のその瞬間に、血の気が失せた顔に、その涙の
  
 跡に思わず口付けようとしてようやく我に返った。

  熱を帯びた、けれども何処か冷えた空気の中、死体のように力のない身体を見て自分がした行いを振り返り、

 そしてそれに確かに夢中になっていた自分がいた事に嫌悪を覚えながらも、とりあえず目的は達成したと思っ
 
 た。

  痛々しい跡が残る身体は、回復に時間を要するだろう。そしてその後に残るのは、サンダウンに対する嫌悪
  
 と怯えと憎しみだろうし、また、そうでなくてはならない。

  その姿を二度と見る事がないだろう事に、一抹の痛みを覚えたが、それはサンダウンの身勝手だ。

  若い命の時間と天秤にかければ、どちらに傾くかなど知れている。



  だが、数日後、荒野で自分の前に現れた姿に、サンダウンはぎょっとした。

  少し蒼褪めて見えるがいつもと変わらぬ笑みでバントラインを掲げる姿は、確かに自分が犯した身体で。ま
  
 だ蹂躙の痕が消えぬうちに再び以前と同じく笑う姿に、もしや何かを壊してしまったのではと恐怖に駆られた。

  しかし、その黒い眼にあるのは何処までも冷静な正気で、それが更にサンダウンを混乱させる。

  混乱した頭を抱えたまま、もう一度、その身体を組み敷き――やはりその背には痕が残っていた――今度は
  
 彼が気絶した後も犯し続けた。

  なのに、どれだけ傷つけて、涙を流させても、彼は変わらない。

  いつものように追い縋ってきては、感情を爆発させて、瞳には正気だけを灯して。


 
  何度も何度も組み敷いて蹂躙していくうちに、突き上げるたびに苦痛ばかりを訴えていた身体は艶めいた色
  
 を浮かべるようになった。喘ぐ声にも快楽の兆しが見え、零れる涙の意味合いも変わり始める。柔らかく解け
 
 て絡みつく身体は、その深さを増すたびに、サンダウンも行為そのものに意識を奪われる事が多くなった。

  当初の目的がなんだったのか、自分から引き離す為なのか、それとも彼を抱きたいだけなのか、それさえも
  
 挿げ変わりそうになる。
 
  そして彼が何故、こんな目に会っても自分を追うのかにも答えが出ていない。



  ただ、腕の中に収めた身体の熱が、どうしようもなく心地良くて。



 「………何故だ?」



  幾度目かの、もはや凌辱とは言えぬ行為の後、とうとう訊いてみた。
 
  男に組み敷かれ突き上げられて、それでも怯えも憎みもせずに、こうして追い続ける事ができるのか。どう
  
 して、この腕の中で、笑っていられるのか。犯して辱めた男の手の中で。

  問い掛けると、黒い眼が瞬いた。

  そして問い掛けの意味が分かったのか、淡い笑みがその形の良い口元に広がった。

 

 「あんたを捕まえるのが、この俺だからだよ。」

 

  腕の中で身じろぎする、彼の肌の擦れが心地良い。 柔らかい肌の匂いに顔を埋めていると、囁きが続けら
  
 れる。



 「もう、ずっと、そう決めてるんだよ、俺は。犯されたくらいで、止められるかよ。あんたを他の奴に渡すく
 
  らいなら、諦めるくらいなら、自分で自分の脳天を撃ち抜くほうが良い。本気で俺を止めたいのなら、それ
  
  こそ前から言ってるように、さっさと撃ち殺せ。」



  言葉だけならば何処にも甘さはないのに、なのに、その囁きはくらくらと酩酊するほどに甘ったるい。

  それはまるで、愛の告白なんて生やさしいものではなく、
  
  
  
 「………あんたを捕まえる為なら、なんだって差し出すぜ?」