7.あまったるい恋だった









 「ほらよ。」


  
  一緒に過ごした夜が明け、朝になると、マッドが紅茶を手渡してくれる事が多くなった。
 
  いつ頃からだったかはサンダウンは覚えていない。

  多分初めてのその時は、いつもの気紛れだろうと流してしまったのだろう。

  そしてその初めを流してさえしまえば、後は敏い男の事、その後はサンダウンが気付く必要がな
  
 いほどにさりげなくその行為を続けて、日常の一部としてしまった。

  今のようにサンダウンがおやと首を傾げた時には、もう初まりがいつだったかなんて分からない
  
 のだ。そうなってしまった以上、これがどんな意味を持つのかなんて聞いても、何を今更と呆れた

 ような表情が返ってくるだけだ。

  

  手渡されたカップを傾けながら、マッドの淹れる紅茶は普通に美味いと思う。

  銘柄なんぞついぞ気にした事がないサンダウンには、紅茶の匂いを楽しむ気など全くないが、し
  
 かしそれでも今朝、マッドが淹れた紅茶はいつもよりもほんの少し甘い匂いが混ざっていた。

  だからどうだという事はない。

  その甘い香りは本当にごく僅かなもので、紅茶の味自体が甘くなったわけではなく、いつもの通
  
 り美味いと感じるものだった。


  
  微かな差をサンダウンが忘れ紅茶を啜っていると、紅茶を淹れた本人がやはり同じく紅茶の入っ

 たカップを持ってこちらへやってきた。

  その様子を特に気にする事もなく気配だけで追っていると、マッドはまるでそれが当然であるよ
  
 うにサンダウンの隣へと腰を下ろし、ぴたりと身を寄せてきた。

  思わずそちらに顔を向けてみたが、紅茶を飲もうと顔を俯けているマッドの表情は分からない。

  彼の気配自体は酷く落ち着いたもので、特に何があったというわけでもなさそうだ。

  サンダウン自身、唐突な行動に驚きはしたものの、それは決して不愉快なものではなかったので
  
 放っておく事にした。


 
  しかし微かに居心地の悪いというか、くすぐったいような気分にはなった。
  
  それ以上の事をしておいて何を今更と思われるかもしれないが、しかしその行為には何とでも名
  
 前が付けられる。

  だが、今のマッドの行動は甘えるようで、そこに名前を付ける事は自分達の関係を思い浮かべる
  
 に酷く難しいように思えた。

  どう考えても、非現実的な事に思えて。

  そして結局、いつもの気紛れだと思う事にする。


  
  そこまで考えて、今、手の中にある紅茶についても最初はそんなふうに思った事を思い出した。

  差し出されたカップの温もりがかつて自分が失ってしまったもので、そこにある甘やかさが幻に
  
 見えた。

  それは今や、日常の一部と化してしまったけれど。

  

  という事は、今、ぴったりと身を寄せるマッドも日常の一部となるのか。

 

  恋人同士がするように身を寄せてくるマッドのそれは、けれども一夜を共にしたならば当然おか
  
 しくない行為だ。

  その意図までもは読み取れないが、ほんの僅かな逢瀬にマッドが何らかの色を添えようというの
  
 なら、その色の甘さにどんな名前をつけようというのか。


  
  結局、やはり答えは見つからず、ただサンダウンはもう一度マッドを腕の中に囲い込もうかと思
  
 案するに留まった。